『影武者・粟井義道』

粟井義道

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第一部

第4章:浪人としての彷徨

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1

 天正十年六月——明智家滅亡。

 粟井義道は、坂本城の焼け跡を後にし、琵琶湖沿いの道を南へと進んでいた。

 京には戻れない。

 いや、戻る理由がなかった。

 秀吉はすでに"天下人"として動き出している。
 明智の残党を探し出し、根絶やしにするつもりだろう。

 「……俺は、生き延びるべきなのか?」

 主を失った今、何のために剣を握るのか——その答えはまだ見つからなかった。

 だが、一つだけ分かることがあった。

 このままでは、ただ死を待つだけだということ。

 「ならば、どこまでも彷徨ってやるさ」

 義道は、流浪の旅を決意した。
2

 琵琶湖を南下し、奈良へ向かう途中。

 義道は、ある村に立ち寄った。

 村人たちは、どこか怯えた様子で周囲を伺っている。

 「どうした?」

 義道が尋ねると、一人の老人が答えた。

 「……最近、山賊が出るのです。夜な夜な、村を襲い、食料を奪っていく……」

 「ならば、討ってしまえばいい」

 義道はそう言ったが、村人たちは首を振る。

 「とても敵う相手ではありません。剣の腕が立つ者がおり、並の武士では歯が立たぬと……」

 その言葉に、義道の目が細くなった。

 「剣の腕が立つ、だと?」

 村人たちが恐れるほどの剣士——ただの山賊とは思えなかった。

 「……少し、様子を見てみるか」

 義道は、村の近くの森へと足を向けた。
3

 夜、森の中。

 義道は、気配を殺して草陰に潜んでいた。

 すると——

 シュッ——!

 矢が飛び、義道のすぐ横の木に突き刺さった。

 「ほう……察しがいいな」

 低い声とともに、闇の中から一人の男が現れた。

 黒い装束に身を包み、背には二本の刀を背負っている。

 義道は、直感的に分かった。

 ——この男、ただの山賊ではない。

 「何者だ?」

 義道が問いかけると、男はニヤリと笑った。

 「俺か? 名乗るほどの者じゃねぇが……まあ、忍びの端くれってところだ」

 忍び——つまり、伊賀者か。

 「貴様が、この村を荒らしているという山賊か?」

 義道が剣を抜くと、男は軽く肩をすくめた。

 「山賊? 違うな。俺はただ、生きるために動いているだけよ」

 その言葉に、義道の眉が動く。

 「生きるため……?」

 「そうさ。お前もそうだろ? "戦国の残り火"ってやつだ」

 男は、鞘から刀をゆっくりと抜いた。

 ——カチリ。

 静寂の中、剣を交える気配が満ちていく。

 「さて、俺の生き方を邪魔するなら、容赦はしねぇぜ?」

 義道は、ふっと笑った。

 「それは、こっちの台詞だ」

 次の瞬間——

 二人の剣が交差した。
4

 ガキンッ!

 火花が散る。

 義道の剣は、相手の刀を弾き、素早く反撃に出る。

 しかし——

 ——スッ。

 男は、まるで風のように後退し、すれ違いざまに義道の袖を切り裂いた。

 「……やるな」

 義道は、僅かに口元を歪めた。

 「お前もな……」

 男もまた、左腕に浅い傷を負っていた。

 二人は距離を取り、静かに息を整える。

 「俺は粟井義道。元・明智の家臣だ」

 義道は、相手の名を問うつもりで名乗った。

 すると、男はニヤリと笑い——

 「服部半蔵の名を知ってるか?」

 「……服部半蔵?」

 伊賀の忍びを束ねる影の存在。

 「俺は、そいつの手の者よ」

 「つまり、お前は——徳川方の者か」

 「どうかな?」

 男はそう言うと、再び構えた。

 「このまま決着をつけるか?」

 義道は、一瞬だけ考え——

 「……いや、今は無益な戦だ」

 剣を収めた。

 男は少し驚いた様子だったが、すぐに笑った。

 「ほう、賢い判断だな」

 「お前のような剣士が、なぜ山賊まがいのことをしている?」

 義道が尋ねると、男は答えた。

 「戦が終われば、俺たちの居場所もなくなる」

 「だが、徳川はこの戦乱を終わらせるつもりだ」

 「お前も、どうだ? 徳川のために剣を振るう気はねぇか?」

 義道は、ゆっくりと目を閉じ——

 そして、首を振った。

 「……俺はまだ、自分の道を決められない」

 男は肩をすくめた。

 「そうか。なら、お前の旅が終わる頃に、また会おうぜ」

 そう言い残し、男は森の闇に消えた。
5

 夜明け。

 義道は村へ戻り、老人に告げた。

 「もう、山賊は来ないだろう」

 「……そ、そうですか!」

 村人たちは歓喜し、義道をもてなそうとした。

 だが、義道は静かに首を振った。

 「俺は、まだ旅の途中だ」

 彼は再び、馬に跨る。

 この旅の果てに、己の答えを見つけるために——。

(第4章・了)
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