『影武者・粟井義道』

粟井義道

文字の大きさ
3 / 7
第一部

第2章:山崎の敗戦

しおりを挟む
1

 天正十年六月十三日——山崎の戦い、決着。

 明智光秀率いる軍勢は、羽柴秀吉の猛攻を受け、総崩れとなった。

 「退け! 退けえぇぇ!」

 武将たちの叫びもむなしく、兵たちは恐怖に駆られ、無秩序に山道を駆けていく。

 粟井義道もまた、その中にいた。

 だが、彼の目は敗走する兵たちではなく——戦場の中央に注がれていた。

 本陣が落ちたのだ。

 明智光秀が、もはや"天下人"ではなく、"敗者"となった瞬間だった。
2

 「光秀様……どこへ向かわれるのですか?」

 義道は、敗走する光秀の背中を見つめながら馬を駆った。

 光秀はわずかに振り返ると、静かに言った。

 「坂本城へ帰る……まだ終わりではない……」

 声には、まだ武将としての矜持が残っていた。

 しかし、その表情には焦りと迷いが見えた。

 義道は、その姿を見て悟った。

 光秀様は、敗北を認めていない。

 だが、現実は非情だ。

 「秀吉がこのまま引くとは思えません……」

 義道が言うと、光秀は黙ったまま馬を進めた。

 そこへ——

 「殿! お逃げください!」

 斎藤利三が駆け寄ってきた。

 「坂本城はもう持ちませぬ! このままでは討たれます!」

 光秀は険しい顔をしながらも、ついに馬の歩みを止めた。

 「……ならば、どこへ逃れよと?」

 その言葉に、義道は決断を迫られた。

 自分は、まだ光秀に忠義を尽くすべきなのか——。

 それとも——
3

 そのとき、背後から蹄の音が響いた。

 「……追手か!」

 秀吉軍の騎馬武者たちが、敗残兵を討つべく迫っていた。

 「もはやこれまで……!」

 斎藤利三は、光秀の前に立ち、剣を抜いた。

 「殿、ここはお任せを! 今のうちに、お逃げください!」

 「しかし——」

 「坂本城へ! この者たちは必ず食い止めます!」

 光秀はしばし迷ったが、やがて無言で馬を走らせた。

 義道もまた、その場に残るか迷ったが——

 剣を握る手が、止まった。

 「……俺の役目は、終わったのかもしれない」

 そして、彼は剣を鞘に収め、森の奥へと消えた。

 この瞬間——

 粟井義道は、明智家の家臣であることを捨てた。
4

 その夜——

 義道は、ある村の小屋で傷の手当をしながら、光秀の運命を案じていた。

 📡 「光秀様は、坂本城へ戻れたのか……?」

 しかし、数日後——

 📡 「明智光秀、小栗栖にて討死!」

 その報せが、彼の耳に届いた。

 義道は、ただ静かに目を閉じた。

 「……光秀様……」

 主は死んだ。

 では、自分は何のために生きるのか?

 戦乱の中で、彼の新たな旅が始まろうとしていた——。

(第2章・了)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【戦国時代小説】 甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助

蔵屋
歴史・時代
 わたしは、以前、甲斐国を観光旅行したことがある。  何故、甲斐国なのか?  それは、日本を象徴する富士山があるからだ。     さて、今回のわたしが小説の題材にした『甲斐の虎•武田信玄と軍師•山本勘助』はこの甲斐国で殆どの戦国乱世の時代を生き抜いた。そして越後の雄•上杉謙信との死闘は武田信玄、山本勘助にとっては人生そのものであったことだろう。  そんな彼らにわたしはスポットライトを当て読者の皆さんに彼らの素顔を知って頂く為に物語として執筆したものである。  なお、この小説の執筆に当たり『甲陽軍鑑』を参考にしていることを申し述べておく。  それでは、わたしが執筆した小説を最後までお楽しみ下さい。  読者の皆さんの人生において、お役に立てれば幸いです。  

甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ

朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】  戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。  永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。  信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。  この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。 *ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...