『影武者・粟井義道』

粟井義道

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第一部

第3章:主君の死

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1

 天正十年六月十四日——明智光秀、討死。

 敗走を続けた光秀は、坂本城に辿り着くことなく、小栗栖の竹藪で落ち武者狩りに襲われた。

 📡 「明智光秀、小栗栖にて非業の死を遂げる!」

 その報せが京へ広まると、人々は口々にこう囁いた。

 「三日天下の果て……」

 粟井義道は、洛外の廃寺に身を潜めながら、静かに空を見上げた。

 「……殿……」

 光秀を見捨てたわけではない。

 だが、義道には分かっていた。

 あのとき、主君についていったところで、何も変わらなかったのだと。

 すべては終わった。

 では、己は何のために生きるのか?
2

 義道は、京を離れようと考えた。

 秀吉の追及を逃れるためにも、生き延びるためにも。

 だが、その前に——

 坂本城を見届けねばならない。

 そこは、光秀がすべてを託した城だった。

 「最後に……主君の残したものを見ておくか」

 そう呟き、義道は馬を走らせた。
3

 坂本城——そこにあったのは、灰燼に帰した光景だった。

 城門は破られ、燃え落ちた櫓が瓦礫となって転がっている。

 すでに城主なき城は、明智の残党たちの自刃の場となっていた。

 「……無残なものよ」

 義道は馬を降り、焼け跡を歩いた。

 すると、瓦礫の中から、かすかに呻き声が聞こえた。

 「……た、助け……て……」

 血に染まった若い武士が、地面を這っていた。

 「お前は……?」

 義道が駆け寄ると、男は朦朧とした意識の中で言った。

 「光秀様の……お子……様を……お守り……」

 光秀の遺児——生きているのか?

 その言葉に、義道の中で失われていた"忠義"が、僅かに疼いた。

 だが——

 「……もう、遅い」

 義道は、男の息が途絶えるのを見届けると、剣を鞘に収めた。

 明智家は、完全に滅びたのだ。
4

 義道は、もう一度だけ坂本城を振り返った。

 「これで、俺も自由か……」

 主を失い、何のしがらみもなくなった。

 それでも、胸の奥には妙な"喪失感"があった。

 何かを失ったまま生きるということが、こんなにも空虚なものだったとは。

 だが、ここで死ぬつもりはなかった。

 「……ならば、"生きる意味"を探すまでよ」

 そう決意し、義道は西へと馬を走らせた。

 戦国の世が終わる前に——

 己の生きる道を見つけるために。

(第3章・了)
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