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第六章
11.ゆらゆらと揺れる想いは、
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市場に隣接する屋台通りは、夕飯を買い求める客で賑わっていた。
数ある屋台の中で、ランギは蒸し料理の屋台を見つける。
「ここが良い!」
その一言で、店は決まった。
それぞれが好きな蒸し料理を選び、屋台に併設された簡易テーブルの席に着く。
マオランに包まれた蒸し料理を前に、子供たちは落ち着かない。
屋台で出来上がったばかりのマオランの包みからは、湯気とともに少し葉の青臭い香りがする。そして調理された時の燻された肉や野菜、香草の香り。
それに鼻を近付けて、思い切り息を吸う。
「お肉の香りがする~~‼︎」
「ハリアカのは、ホロピトの香りもするね」
「うん、私たちのはホロピト、入っていないもんね」
「ハリアカ、ホロピト一口だけ頂戴」
子供たちは初めての外食に、興奮が止まらない。
「皆んな、落ち着いて。ちゃんと椅子に座って」
ハリアカは他の客の迷惑にならないように、子供たちを注意をする。
ふと、ワイルアが慌てて肩掛けバッグの中を引っ掻き回しているのが目に入った。
「無い‼︎」
ワイルアが叫んだ。
「──午前中は確かにあったんだ!」
ワイルアの焦りに、ハリアカは首を傾げる。
「──本当なんだ‼︎ 昼飯も食べた。ショールも買った! その時には確実にあったんだよ‼︎」
屋台の店主が、必死に訴えるワイルアを訝しげに見ている。その手にはトングが握られ、肩をトントンと叩いている。明らかに苛立っていた。
「どうしたの?」
ハリアカは心配して、ワイルアの横に立つ。
「財布が無いんだ。確かにあったのに」
ワイルアと目が合い、彼の額には汗が吹き出していた。
「え?」
ハリアカは小さく声を上げた。そして吹き出しそうになるのを、拳で口元を隠す事で堪える。
「──気を付けて、って言ったのに」
そう言って、民族衣装の上着のスリットに手を入れると、財布代わりの巾着を取り出した。
「──ご主人、お幾らになりますか?」
店主が不機嫌そうに値段を伝える。
ハリアカは巾着の中身を手の平に出す。小銭を数えると、何とか払えるだけのお金は入っていた。
子供たちの少ないお小遣いを借りなければならない事態を避ける事が出来て、ハリアカは内心ホッとする。
ハリアカが料理代を支払うと、ワイルアが悔しそうに、額に手を当てていた。
「マジかよ…」
「お金、払ったから、もう大丈夫。皆んな待っているから。冷めないうちに食べましょう」
落ち込むワイルアの顔を覗き込むようにして、ハリアカはワイルアの肩に手を置く。
「あぁ…すまない。ご馳走するって言ったのに」
「気にしないで」
ハリアカはワイルアを席へと導く。そして彼の左側の席に着いた。
持っていたショールは、汚れないようにそっと横に置いた。
「ワイルア! お財布、盗《と》られちゃったの⁉︎」
フイがテーブルに乗り出して、ワイルアを揶揄《からか》う。
「──昨日、ハリアカが『気を付けて』って言ったじゃない」
「フイ!」
ハリアカが人差し指を口に立てる。
「あーぁ、モデル料貰えると思ったのに」
そう言って、フイは悪戯っぽく笑う。
ハリアカはフイに向かって、眉間を寄せる。
そのハリアカの表情を見て、フイは一瞬、舌を出して肩を竦《すく》めて椅子に座った。
「思い出したよ、あの時だ。ロケーションを探している時に、ぶつかられたんだ。あの笑い…やられたよ」
心理的になかなか立ち直れず、料理に手を付けれないワイルアに、ハリアカは何とか料理だけでも食べて貰おうと、蒸し料理のマオランを開く。
「はい、もう過ぎた事は忘れて」
子供たちも次々と葉を広げて行く。
「──さぁ、皆んな、お食事前のお祈りをしましょう」
ハリアカの言葉に、騒いでいた子供たちがきちんと椅子に座り直す。そして胸の前で手を合わせた。
ワイルアはその慣習に戸惑って、慌てて真似をする。
「──…お食事を与えて下さいました、ワイルアに感謝致します」
ハリアカに続いて、子供たちも声を揃える。
「神に感謝致します」
「えー? ワイルア?」
いつものお祈りの言葉と違って、ランギが驚いて、ハリアカを見る。
他の子もハリアカに注目する。
「うん、今日のお食事はこの人が居なかったら、食べれなかったから」
ハリアカは自分の蒸し料理の包みを開く。
燻されたラム肉とホロピトの、苦味の中にも果物のような甘い香りが解き放たれる。
「え…いや、結局俺…」
未だ心に言いしれぬ気不味《きまず》さを抱えたワイルアは、何と言って良いのか口籠る。
「──はああぁぁーーーっ」
ワイルアは頭を抱えて、大きな溜め息を吐く。
しばらく立ち直れない。
クレジットカードやパスポートの類はゲストハウスのセキュリティーボックスに入れてあるから、被害に遭ったのは市場で使う分の現金のみだ。バッグの中に一緒に入っていた高価なレンズや予備のバッテリー、メモリカードは無事だった。
しかし、物理的な被害より──。
「ご馳走する」と言っておいて、結局支払いをさせてしまった。
「気を付けて」と言われていたのに、撮影に夢中になって、財布をスられてしまった。
精神的なショックが大き過ぎる。
「気にしないで食べて」
ハリアカはテーブルに両肘を付いて、頭を抱えているワイルアを、下から覗き込むように上体を傾げる。
「──私も楽しかったから」
ワイルアは少し頭を上げて、腕の隙間から見たハリアカを覗き見る。
「──冷めてしまわないうちに…ね?」
そこには慈愛に満ちた、聖母のような笑みのハリアカがいた。
金色の髪の後ろから夕陽が輝き、古いフレスコ画で見た聖人のようだった。
その笑みに、ワイルアは救われた気がした。
「はぁ…本当に済まない。この埋め合わせは必ずするよ。お金も返す」
ワイルアは、テーブルの上で両手の拳を握る。
「──……ふぅ」
目を閉じて、大きく深呼吸をする。
「──よし、気分を切り替えた! 食おう‼︎」
それを聞いたハリアカは、嬉しそうに目を細めた。
「あっちー‼︎ まだ熱かった!」
少年の叫びに似た大声が、二人だけの空間を裂いた。
ハリアカとワイルアは驚いて、少年を見る。
「もう、フェヌア! まだ熱いよって言ったじゃない」
フイは完全に呆れた顔をしている。
フェヌアと呼ばれた少年が、右手を振っていた。蒸されたばかりの肉を素手で触れてしまったようだった。
アタアフアは蒸し料理を、アルミの皿ごと持ち上げて、フーフーと冷ましながら笑っている。
他の子もフェヌアの慌てぶりに、楽しそうに笑っている。
「フェヌア! 火傷したの⁉︎」
ハリアカが少し腰を上げて、心配そうに声を上げる。
「…う、ん。ちょっとだけ。大丈夫だよ」
フェヌアはそう言いながら、火傷した右手の人差し指を舐めた。
「──美味《うま》い‼︎」
舐めた指に付いた、ほんの少しの肉の味に、フェヌアの目が輝く。
フェヌアの火傷が大したものではないと判ったハリアカは、椅子に腰を下ろした。
ワイルアとハリアカは、顔を見合わせて噴き出した。
「フェヌア~、フォークとスプーン貰ったでしょ? それ、使ったら?」
フイが料理と一緒に渡された、プラスチックのフォークの柄を握って振っている。その先には厚切りの芋が刺さっていた。
「あ、そうか‼︎」
フェヌアはフォークの柄を握ると、肉を崩し始める。
中から肉汁が染み出して、クレソンと肉の香りが混じる。
子供たちが嬉しそうに蒸し料理を食べ始めたのを見たハリアカは、ワイルアに話し掛ける。
「ごめんなさい。騒がしくて」
「いや、良いよ。毎日が楽しそうだ。──あ、そうだ」
ワイルアは思い出したように、カメラを取り出す。
ケースと肩掛けバッグは首から降ろして、テーブルに置いた。
「──記念に撮っておこう」
そう言うと、子供たちの食事の様子を何枚か撮影し始めた。
数ある屋台の中で、ランギは蒸し料理の屋台を見つける。
「ここが良い!」
その一言で、店は決まった。
それぞれが好きな蒸し料理を選び、屋台に併設された簡易テーブルの席に着く。
マオランに包まれた蒸し料理を前に、子供たちは落ち着かない。
屋台で出来上がったばかりのマオランの包みからは、湯気とともに少し葉の青臭い香りがする。そして調理された時の燻された肉や野菜、香草の香り。
それに鼻を近付けて、思い切り息を吸う。
「お肉の香りがする~~‼︎」
「ハリアカのは、ホロピトの香りもするね」
「うん、私たちのはホロピト、入っていないもんね」
「ハリアカ、ホロピト一口だけ頂戴」
子供たちは初めての外食に、興奮が止まらない。
「皆んな、落ち着いて。ちゃんと椅子に座って」
ハリアカは他の客の迷惑にならないように、子供たちを注意をする。
ふと、ワイルアが慌てて肩掛けバッグの中を引っ掻き回しているのが目に入った。
「無い‼︎」
ワイルアが叫んだ。
「──午前中は確かにあったんだ!」
ワイルアの焦りに、ハリアカは首を傾げる。
「──本当なんだ‼︎ 昼飯も食べた。ショールも買った! その時には確実にあったんだよ‼︎」
屋台の店主が、必死に訴えるワイルアを訝しげに見ている。その手にはトングが握られ、肩をトントンと叩いている。明らかに苛立っていた。
「どうしたの?」
ハリアカは心配して、ワイルアの横に立つ。
「財布が無いんだ。確かにあったのに」
ワイルアと目が合い、彼の額には汗が吹き出していた。
「え?」
ハリアカは小さく声を上げた。そして吹き出しそうになるのを、拳で口元を隠す事で堪える。
「──気を付けて、って言ったのに」
そう言って、民族衣装の上着のスリットに手を入れると、財布代わりの巾着を取り出した。
「──ご主人、お幾らになりますか?」
店主が不機嫌そうに値段を伝える。
ハリアカは巾着の中身を手の平に出す。小銭を数えると、何とか払えるだけのお金は入っていた。
子供たちの少ないお小遣いを借りなければならない事態を避ける事が出来て、ハリアカは内心ホッとする。
ハリアカが料理代を支払うと、ワイルアが悔しそうに、額に手を当てていた。
「マジかよ…」
「お金、払ったから、もう大丈夫。皆んな待っているから。冷めないうちに食べましょう」
落ち込むワイルアの顔を覗き込むようにして、ハリアカはワイルアの肩に手を置く。
「あぁ…すまない。ご馳走するって言ったのに」
「気にしないで」
ハリアカはワイルアを席へと導く。そして彼の左側の席に着いた。
持っていたショールは、汚れないようにそっと横に置いた。
「ワイルア! お財布、盗《と》られちゃったの⁉︎」
フイがテーブルに乗り出して、ワイルアを揶揄《からか》う。
「──昨日、ハリアカが『気を付けて』って言ったじゃない」
「フイ!」
ハリアカが人差し指を口に立てる。
「あーぁ、モデル料貰えると思ったのに」
そう言って、フイは悪戯っぽく笑う。
ハリアカはフイに向かって、眉間を寄せる。
そのハリアカの表情を見て、フイは一瞬、舌を出して肩を竦《すく》めて椅子に座った。
「思い出したよ、あの時だ。ロケーションを探している時に、ぶつかられたんだ。あの笑い…やられたよ」
心理的になかなか立ち直れず、料理に手を付けれないワイルアに、ハリアカは何とか料理だけでも食べて貰おうと、蒸し料理のマオランを開く。
「はい、もう過ぎた事は忘れて」
子供たちも次々と葉を広げて行く。
「──さぁ、皆んな、お食事前のお祈りをしましょう」
ハリアカの言葉に、騒いでいた子供たちがきちんと椅子に座り直す。そして胸の前で手を合わせた。
ワイルアはその慣習に戸惑って、慌てて真似をする。
「──…お食事を与えて下さいました、ワイルアに感謝致します」
ハリアカに続いて、子供たちも声を揃える。
「神に感謝致します」
「えー? ワイルア?」
いつものお祈りの言葉と違って、ランギが驚いて、ハリアカを見る。
他の子もハリアカに注目する。
「うん、今日のお食事はこの人が居なかったら、食べれなかったから」
ハリアカは自分の蒸し料理の包みを開く。
燻されたラム肉とホロピトの、苦味の中にも果物のような甘い香りが解き放たれる。
「え…いや、結局俺…」
未だ心に言いしれぬ気不味《きまず》さを抱えたワイルアは、何と言って良いのか口籠る。
「──はああぁぁーーーっ」
ワイルアは頭を抱えて、大きな溜め息を吐く。
しばらく立ち直れない。
クレジットカードやパスポートの類はゲストハウスのセキュリティーボックスに入れてあるから、被害に遭ったのは市場で使う分の現金のみだ。バッグの中に一緒に入っていた高価なレンズや予備のバッテリー、メモリカードは無事だった。
しかし、物理的な被害より──。
「ご馳走する」と言っておいて、結局支払いをさせてしまった。
「気を付けて」と言われていたのに、撮影に夢中になって、財布をスられてしまった。
精神的なショックが大き過ぎる。
「気にしないで食べて」
ハリアカはテーブルに両肘を付いて、頭を抱えているワイルアを、下から覗き込むように上体を傾げる。
「──私も楽しかったから」
ワイルアは少し頭を上げて、腕の隙間から見たハリアカを覗き見る。
「──冷めてしまわないうちに…ね?」
そこには慈愛に満ちた、聖母のような笑みのハリアカがいた。
金色の髪の後ろから夕陽が輝き、古いフレスコ画で見た聖人のようだった。
その笑みに、ワイルアは救われた気がした。
「はぁ…本当に済まない。この埋め合わせは必ずするよ。お金も返す」
ワイルアは、テーブルの上で両手の拳を握る。
「──……ふぅ」
目を閉じて、大きく深呼吸をする。
「──よし、気分を切り替えた! 食おう‼︎」
それを聞いたハリアカは、嬉しそうに目を細めた。
「あっちー‼︎ まだ熱かった!」
少年の叫びに似た大声が、二人だけの空間を裂いた。
ハリアカとワイルアは驚いて、少年を見る。
「もう、フェヌア! まだ熱いよって言ったじゃない」
フイは完全に呆れた顔をしている。
フェヌアと呼ばれた少年が、右手を振っていた。蒸されたばかりの肉を素手で触れてしまったようだった。
アタアフアは蒸し料理を、アルミの皿ごと持ち上げて、フーフーと冷ましながら笑っている。
他の子もフェヌアの慌てぶりに、楽しそうに笑っている。
「フェヌア! 火傷したの⁉︎」
ハリアカが少し腰を上げて、心配そうに声を上げる。
「…う、ん。ちょっとだけ。大丈夫だよ」
フェヌアはそう言いながら、火傷した右手の人差し指を舐めた。
「──美味《うま》い‼︎」
舐めた指に付いた、ほんの少しの肉の味に、フェヌアの目が輝く。
フェヌアの火傷が大したものではないと判ったハリアカは、椅子に腰を下ろした。
ワイルアとハリアカは、顔を見合わせて噴き出した。
「フェヌア~、フォークとスプーン貰ったでしょ? それ、使ったら?」
フイが料理と一緒に渡された、プラスチックのフォークの柄を握って振っている。その先には厚切りの芋が刺さっていた。
「あ、そうか‼︎」
フェヌアはフォークの柄を握ると、肉を崩し始める。
中から肉汁が染み出して、クレソンと肉の香りが混じる。
子供たちが嬉しそうに蒸し料理を食べ始めたのを見たハリアカは、ワイルアに話し掛ける。
「ごめんなさい。騒がしくて」
「いや、良いよ。毎日が楽しそうだ。──あ、そうだ」
ワイルアは思い出したように、カメラを取り出す。
ケースと肩掛けバッグは首から降ろして、テーブルに置いた。
「──記念に撮っておこう」
そう言うと、子供たちの食事の様子を何枚か撮影し始めた。
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