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第七章
14.天《てん》の川の一つ星。
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ようやく子供たちと合流する。
門を潜《くぐ》り、寺院の敷地へと入る。
一歩足を踏み入れただけで、空気が澄んだものに変わった気がした。
ワイルアは一旦立ち止まって、ぐるりと目の前に現れた景色を見渡す。
右側に決して大きくはない──この国では標準的な大きさの白壁の寺院があった。その軒から吊り下げられた無数の蝋燭の灯りが、荘厳さを演出していた。
既に参拝者はおらず、寺院の奥の方から人の気配が微かに感じられた。
「あっちはお寺、こっちが私たちの家」
フイが指差しながら説明する。
「みんなは先にお家《うち》へ戻ってて。私は先生と管長の所に行って来るから」
ハリアカはそっとフイの肩に触れて、鍵を渡す。
「ワイルア、こっちよ」
フイは鍵を受け取ると左側にある、寺院より小さな建物へ向かう。
寺院と同じ白い石壁が、蝋燭の灯りに浮かび上がっていた。寺院と違うのは、玄関の扉に特徴的な模様が描かれている。
住民の暮らす家は豊かな色彩で塗られていたのに対し、朱と黒と白の三色のみで描かれている。その独特な模様は、ただの装飾に見えた。
だが、この何日かの滞在で、ここでは伝統的で、重要な意味が込められている事は分かった。
フイの案内で石畳を辿って、彼らの家へ向かう。
厳かな空気の中、そんな物は関係無いかのように、子供たちがふざけ合っている。その声と、ランギが持つスーツケースの車輪のガラガラという音が、星空へと消えて行く。
ワイルアは癖で、良い被写体は無いかと、あちこち見渡す。
ふと、夜空を見上げる。
世俗と切り離された、この空間から見るアラ・ウェトゥは、南の島で見たものより畏怖の念を抱かせた。
「さあ、入って!」
フイが扉を開けて、小さな灯りの裸電球が灯される。
「お邪魔…しま…す」
ワイルアはどんな声色で足を踏み入れれば良いのか戸惑う。
学生時代に、初めて異性の家へ行った時の気分に似ていた。
中は板貼りの床に、古い絨毯が数枚敷かれた広い部屋があった。
家具は小さなサイドボードが一つ。壁に装飾などは無く、彼らの生活の厳しさを物語っていた。
左側に更に部屋があるようだった。
「好きな所に座って!」
フイとアタアフアが定位置に座る。
「ワイルア。これ、ここに置くよ」
ランギがワイルアのスーツケースをサイドボードの横に置いた。
「あぁ、ありがとう。重たくなかったか?」
ワイルアは肩の三脚を降ろして、スーツケースの横に立て掛けた。
「これくらい平気だよ‼︎」
そう言って、跳ねるように仲間が座る輪に加わった。
ワイルアはまずカメラを首から外して、サイドボードの上に置かせて貰う。次にレンズの入った肩掛けバッグを丁寧に首から外す。
「ねえ! 写真見せて‼︎」
背後から誰が叫んだ。
「あ! そうじゃん、写真見せてよ」
それを皮切りに、次々と子供たちの合唱が始まる。
「ちょっと待ってくれ」
ワイルアは思わず苦笑いを浮かべる。
好奇心の塊となった子供たちのパワーを背中に感じる。
肩掛けバッグを床に置くか、サイドボードに置くか一瞬迷う。
中には少し無理をして買った、高価な望遠レンズが入っている。
ここには行動が予測出来ない子供たちがいる。
もし何かの拍子にサイドボードから落とされたら?
もし何かの拍子に蹴られたり、上に乗られたりしたら?
フイが制御係になって、止めてくれるだろうが、それでもハリアカと比べたら心許《こころもと》ない。
一旦、肩掛けバッグは床に置いた。そしてバックパックを降ろして、スーツケースを開ける。
衣類を片側に寄せて空間を作ると、そこに大切なレンズをバッグごと入れた。
そしてバックパックからノートパソコンを取り出す。
次にカメラからメモリカードを取り出した。
それらを持って、子供たちの元に向かう。
「ここ、座って‼︎」
フイが輪の中心を叩いて、ワイルアに座るように促す。
ワイルアはそこに胡座をかいて座ると、ノートパソコンを開いて電源を入れる。
初めて見る機械に、子供たちは興味津々で覗き込む。中にはワイルアの背に乗って、覗き込んでいる者も居た。
「これで写真見れるの?」
「あぁ、そうだよ。大きな画面で、皆んな一緒に見れるぞ」
「ねぇ、まだ?」
「もうちょっと待ってくれ」
「早く見たいぃ~」
ワイルアは子供たちに全身を揺らされながら、スロットにメモリカードを差し込む。
いつもマウスを使っている為、タッチパネルでの操作が覚束《おぼつか》ない。
使い込まれた動作の遅いノートパソコンで、やっと今日撮影した写真のフォルダにカーソルを合わせた。
「良し、開けるぞ」
ワイルアの言葉に、子供たちは固唾《かたず》を飲んでにじり寄る。
フォルダを開くと、写真のアイコンが画面いっぱいに並んだ。
「何だよ~小さいじゃん」
ランギの落胆した言葉に、ワイルアは彼を見ながらニヤリと笑う。
「見てろよ…ほら!」
左上のアイコンを開くと、屋台通りで撮影した写真が画面に広がった。
構図を取った通りの写真に、ワイルアは満足する。
朝の屋台の熱気が伝わる、良い一枚だと思った。
「──どうだ?」
少し得意気に子供たちに問う。
「……」
しかし子供たちからの反応は無い。一瞬の沈黙の後、一斉に騒ぎが起こる。
「俺たち、居ないじゃん」
「違う~この写真じゃないの!」
「こんなの、いつも見てるよ‼︎」
あぁ、そうか。彼らが見たいのは日常ではない。
初めての写真撮影という体験、日常の中にある非日常が見たいのだ。
ワイルアの価値観が、再び揺らぐ。
「分かったよ、ちょっと探すから待って」
画面を下にスクロールして、タプの樹で撮影した最初の写真を探す。
何十枚…いや、百枚以上の写真をスクロールした所に、その写真を見つけた。
「──あ、これだ」
今度こそ、子供たちは喜んでくれるはずだ。
最初の一枚を開く。
そこには笑顔を爆発させたフイを中心に、少し戸惑ったようなアタアフアに、タプの樹の上で自分なりに格好つけたランギとフェヌア、恥ずかしそうに笑う子たちが写っていた。
「ランギ、格好つけ過ぎ!」
「フイだって、笑い過ぎ!」
「次、見せて」
枚数が多い為、ワイルアは次々と写真を表示させて行く。
「何⁉︎ このランギの顔‼︎」
「アタアフア、可愛い~」
「あ! この時、私の事蹴ったでしょ⁉︎」
写真を開いて行く度に、子供たちは撮影した時の思い出を興奮気味に話して行く。
ワイルアは子供たちが、写真に満足してくれた事に安堵する。
そしてハリアカの写真が、画面に表示された。
俯いて不安気なハリアカの写真は、ホワイトバランスを調整する時に、思わず撮ってしまった写真だ。
「あ! ハリアカだ‼︎」
「あー、これはダメだ、失敗作‼︎」
ワイルアは密かに撮影してしまった写真を、隠すように、素早く右矢印をクリックした。
「今のハリアカ、見たい! 戻して‼︎」
「ダメダメ‼︎」
「ハリアカがあんな顔してるの、初めて見た~」
「失敗作は見せられない‼︎」
そう言って、次々と右矢印をクリックして行くも、ぎごちない表情のハリアカの写真が続く。
ワイルアと子供たちの話し声を聞いて、ハリアカは孤児院の扉に手を置いて立ち止まる。
みんなが自分の写真を見て騒いでいる事に、戸惑い恥ずかしくなる。
顔が熱い。
「………っ」
完全に中に入るタイミングを外してしまった。
「あ! この写真良い!」
フイの声だ。
ハリアカは扉に背を預けて、中から聞こえる話声に耳を傾ける。
「このハリアカ、綺麗だねぇ」
アタアフアの声が微かに聞こえてた。
「はっはっ! これは見せれる写真」
ワイルアの声だ。
持っていた宿坊の鍵を両手でぎゅっと抱き締める。
言葉に出来ない感情に、胸が締め付けられる。
ふと、天を仰ぎ見る。
ポーウリの中に無数の星が川の形を成し、光輝いている。
ハリアカは彼の声を背中で感じる。
『…っ、すまない。無断で撮ってしまった。その…きみの、写真を』
昨日の夕刻、突然、声を掛けられた。
少し端の曲がった、差し出された真白《ましろ》な名刺。
それには黒インクのゴシック体で、肩書きと名前、連絡先のみが書かれていた。
そして必死に謝罪をし、モデルになって欲しいと訴えてくる瞳。
その瞳のポウリウリと反射光がアラ・ウェトゥと重なる。
久し振りに見上げた夜空は、こんなにも美しかったのか…。
星が一つ流れ落ちた。
門を潜《くぐ》り、寺院の敷地へと入る。
一歩足を踏み入れただけで、空気が澄んだものに変わった気がした。
ワイルアは一旦立ち止まって、ぐるりと目の前に現れた景色を見渡す。
右側に決して大きくはない──この国では標準的な大きさの白壁の寺院があった。その軒から吊り下げられた無数の蝋燭の灯りが、荘厳さを演出していた。
既に参拝者はおらず、寺院の奥の方から人の気配が微かに感じられた。
「あっちはお寺、こっちが私たちの家」
フイが指差しながら説明する。
「みんなは先にお家《うち》へ戻ってて。私は先生と管長の所に行って来るから」
ハリアカはそっとフイの肩に触れて、鍵を渡す。
「ワイルア、こっちよ」
フイは鍵を受け取ると左側にある、寺院より小さな建物へ向かう。
寺院と同じ白い石壁が、蝋燭の灯りに浮かび上がっていた。寺院と違うのは、玄関の扉に特徴的な模様が描かれている。
住民の暮らす家は豊かな色彩で塗られていたのに対し、朱と黒と白の三色のみで描かれている。その独特な模様は、ただの装飾に見えた。
だが、この何日かの滞在で、ここでは伝統的で、重要な意味が込められている事は分かった。
フイの案内で石畳を辿って、彼らの家へ向かう。
厳かな空気の中、そんな物は関係無いかのように、子供たちがふざけ合っている。その声と、ランギが持つスーツケースの車輪のガラガラという音が、星空へと消えて行く。
ワイルアは癖で、良い被写体は無いかと、あちこち見渡す。
ふと、夜空を見上げる。
世俗と切り離された、この空間から見るアラ・ウェトゥは、南の島で見たものより畏怖の念を抱かせた。
「さあ、入って!」
フイが扉を開けて、小さな灯りの裸電球が灯される。
「お邪魔…しま…す」
ワイルアはどんな声色で足を踏み入れれば良いのか戸惑う。
学生時代に、初めて異性の家へ行った時の気分に似ていた。
中は板貼りの床に、古い絨毯が数枚敷かれた広い部屋があった。
家具は小さなサイドボードが一つ。壁に装飾などは無く、彼らの生活の厳しさを物語っていた。
左側に更に部屋があるようだった。
「好きな所に座って!」
フイとアタアフアが定位置に座る。
「ワイルア。これ、ここに置くよ」
ランギがワイルアのスーツケースをサイドボードの横に置いた。
「あぁ、ありがとう。重たくなかったか?」
ワイルアは肩の三脚を降ろして、スーツケースの横に立て掛けた。
「これくらい平気だよ‼︎」
そう言って、跳ねるように仲間が座る輪に加わった。
ワイルアはまずカメラを首から外して、サイドボードの上に置かせて貰う。次にレンズの入った肩掛けバッグを丁寧に首から外す。
「ねえ! 写真見せて‼︎」
背後から誰が叫んだ。
「あ! そうじゃん、写真見せてよ」
それを皮切りに、次々と子供たちの合唱が始まる。
「ちょっと待ってくれ」
ワイルアは思わず苦笑いを浮かべる。
好奇心の塊となった子供たちのパワーを背中に感じる。
肩掛けバッグを床に置くか、サイドボードに置くか一瞬迷う。
中には少し無理をして買った、高価な望遠レンズが入っている。
ここには行動が予測出来ない子供たちがいる。
もし何かの拍子にサイドボードから落とされたら?
もし何かの拍子に蹴られたり、上に乗られたりしたら?
フイが制御係になって、止めてくれるだろうが、それでもハリアカと比べたら心許《こころもと》ない。
一旦、肩掛けバッグは床に置いた。そしてバックパックを降ろして、スーツケースを開ける。
衣類を片側に寄せて空間を作ると、そこに大切なレンズをバッグごと入れた。
そしてバックパックからノートパソコンを取り出す。
次にカメラからメモリカードを取り出した。
それらを持って、子供たちの元に向かう。
「ここ、座って‼︎」
フイが輪の中心を叩いて、ワイルアに座るように促す。
ワイルアはそこに胡座をかいて座ると、ノートパソコンを開いて電源を入れる。
初めて見る機械に、子供たちは興味津々で覗き込む。中にはワイルアの背に乗って、覗き込んでいる者も居た。
「これで写真見れるの?」
「あぁ、そうだよ。大きな画面で、皆んな一緒に見れるぞ」
「ねぇ、まだ?」
「もうちょっと待ってくれ」
「早く見たいぃ~」
ワイルアは子供たちに全身を揺らされながら、スロットにメモリカードを差し込む。
いつもマウスを使っている為、タッチパネルでの操作が覚束《おぼつか》ない。
使い込まれた動作の遅いノートパソコンで、やっと今日撮影した写真のフォルダにカーソルを合わせた。
「良し、開けるぞ」
ワイルアの言葉に、子供たちは固唾《かたず》を飲んでにじり寄る。
フォルダを開くと、写真のアイコンが画面いっぱいに並んだ。
「何だよ~小さいじゃん」
ランギの落胆した言葉に、ワイルアは彼を見ながらニヤリと笑う。
「見てろよ…ほら!」
左上のアイコンを開くと、屋台通りで撮影した写真が画面に広がった。
構図を取った通りの写真に、ワイルアは満足する。
朝の屋台の熱気が伝わる、良い一枚だと思った。
「──どうだ?」
少し得意気に子供たちに問う。
「……」
しかし子供たちからの反応は無い。一瞬の沈黙の後、一斉に騒ぎが起こる。
「俺たち、居ないじゃん」
「違う~この写真じゃないの!」
「こんなの、いつも見てるよ‼︎」
あぁ、そうか。彼らが見たいのは日常ではない。
初めての写真撮影という体験、日常の中にある非日常が見たいのだ。
ワイルアの価値観が、再び揺らぐ。
「分かったよ、ちょっと探すから待って」
画面を下にスクロールして、タプの樹で撮影した最初の写真を探す。
何十枚…いや、百枚以上の写真をスクロールした所に、その写真を見つけた。
「──あ、これだ」
今度こそ、子供たちは喜んでくれるはずだ。
最初の一枚を開く。
そこには笑顔を爆発させたフイを中心に、少し戸惑ったようなアタアフアに、タプの樹の上で自分なりに格好つけたランギとフェヌア、恥ずかしそうに笑う子たちが写っていた。
「ランギ、格好つけ過ぎ!」
「フイだって、笑い過ぎ!」
「次、見せて」
枚数が多い為、ワイルアは次々と写真を表示させて行く。
「何⁉︎ このランギの顔‼︎」
「アタアフア、可愛い~」
「あ! この時、私の事蹴ったでしょ⁉︎」
写真を開いて行く度に、子供たちは撮影した時の思い出を興奮気味に話して行く。
ワイルアは子供たちが、写真に満足してくれた事に安堵する。
そしてハリアカの写真が、画面に表示された。
俯いて不安気なハリアカの写真は、ホワイトバランスを調整する時に、思わず撮ってしまった写真だ。
「あ! ハリアカだ‼︎」
「あー、これはダメだ、失敗作‼︎」
ワイルアは密かに撮影してしまった写真を、隠すように、素早く右矢印をクリックした。
「今のハリアカ、見たい! 戻して‼︎」
「ダメダメ‼︎」
「ハリアカがあんな顔してるの、初めて見た~」
「失敗作は見せられない‼︎」
そう言って、次々と右矢印をクリックして行くも、ぎごちない表情のハリアカの写真が続く。
ワイルアと子供たちの話し声を聞いて、ハリアカは孤児院の扉に手を置いて立ち止まる。
みんなが自分の写真を見て騒いでいる事に、戸惑い恥ずかしくなる。
顔が熱い。
「………っ」
完全に中に入るタイミングを外してしまった。
「あ! この写真良い!」
フイの声だ。
ハリアカは扉に背を預けて、中から聞こえる話声に耳を傾ける。
「このハリアカ、綺麗だねぇ」
アタアフアの声が微かに聞こえてた。
「はっはっ! これは見せれる写真」
ワイルアの声だ。
持っていた宿坊の鍵を両手でぎゅっと抱き締める。
言葉に出来ない感情に、胸が締め付けられる。
ふと、天を仰ぎ見る。
ポーウリの中に無数の星が川の形を成し、光輝いている。
ハリアカは彼の声を背中で感じる。
『…っ、すまない。無断で撮ってしまった。その…きみの、写真を』
昨日の夕刻、突然、声を掛けられた。
少し端の曲がった、差し出された真白《ましろ》な名刺。
それには黒インクのゴシック体で、肩書きと名前、連絡先のみが書かれていた。
そして必死に謝罪をし、モデルになって欲しいと訴えてくる瞳。
その瞳のポウリウリと反射光がアラ・ウェトゥと重なる。
久し振りに見上げた夜空は、こんなにも美しかったのか…。
星が一つ流れ落ちた。
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