小指は契約の香り-秘密の二人編-

弥都 史誠(ヤツ フミタカ)

文字の大きさ
2 / 52
第一章

『悪友』#1

しおりを挟む
 春──学園都市、マレニア・シティ。
 ようやく身を切るような寒さから解放され、草花が芽吹き、硬かった蕾を開き花を咲かせる華やかな季節。
 薄いピンク色の小花を一斉に咲かせた大木が並び作るトンネルを、一台の黒塗りの高級車が通って行く。
 そして、立派な校門の前で停まった。
 運転手は車から降りて後ろのドアを開けると、恭しく頭を下げたまま主人が降りるのを待つ。
「いってらっしゃいませ。ロイス様」
 車から降りて来たのは、襟足までに整えられたゆるふわ金髪にアレキサンドライトを思わせる碧眼の美少年だ。
「うん、ご苦労」
 ロイス・リチャードソン。
 この学院の理事長の孫で、学長の一人息子。十六歳の若さで、既に名家リチャードソン家に相応しい風貌と気品に溢れている。
 金糸の髪を揺らして、ボルドーのブレザーにグレーのスラックスの制服を着たロイスは、校門へ向かう。
 今日は私立セント・リチャードソン学院高等部の入学式兼始業式。
 学校名が彫られた銅板が嵌め込まれた校門横に立てられた、『入学式』の看板と共に新入生と保護者が次々と写真を撮っている。
 学内の新入生、在学生全ての生徒が新しい学校生活に心踊らせていた。
 ロイスはその脇を通ると、新入生達が集まって、談笑している。中等部から制服も変わり、初々しくも期待に満ちた姿を見て、ロイスはふっと口元を緩める。
 そんなロイスが纏う春の香りに誘われて、一匹の大きな白い蝶がその右肩に舞い降りる。
 ゆっくりと開閉する丸みを帯びたはねが太陽に照らされて、その鱗粉が七色に控え目に光っている。
 大量の小輪の白バラを咲かせた、薮のような木の植った角を左に曲がる。甘めの清々《すがすが》しい香りがほんのり立ち込め、春の香りに彩りを添える。
 掲示板に貼り出された、自分の新しいクラスを探している在校生の群衆が見えて来る。
「おっと‼︎」
 ロイスは掲示板まで、あと少しの所で足を止める。
 掲示板前の人混みを掻き分け、中から一人の少年が飛び出して来た。
「──おぉっ! 坊ちゃん、やっと現れたな」
 ロイスに気付いて声をかけてきたのは、青色に染めて、白いメッシュを所々に入れた髪を所々跳ねさせた少年だった。
 しかも、ブレザーもベストもボタンは全て外されている。ネクタイは首に引っ掛けてある程度。白いシャツはスラックスに仕舞われておらず、ボタンも下半分しか留められていない。
 幼年部から大学院まで一貫のエリート校には似つかわしくない風貌だ。
 突然の喧騒に驚いたのか、ロイスの肩に止まっていた蝶がふわりと飛び立ち、元来た道を戻るように離れて行く。
 その様子を問題児風の少年は、見たことのない蝶だな、と思いながら見送る。
「レイモンド、その呼び方、今年も止めるつもりはないみたいだな」
 ロイスの静かな怒気を孕んだ言葉に、レイモンドが彼に視線を移すと、無表情にナイトブルーの瞳が光っていた。
 そんなロイスの心情など、レイモンドは頓着しない。
「坊ちゃんは坊ちゃんだろ?」
 レイモンドにとって、ロイスはただの“坊ちゃん”でしかない。
 彼はチェック柄のスラックスのポケットに両手を突っ込むと、ニカッと白い歯を見せて笑う。
「それに今日は式の日だ。無地の制服という規則だったと記憶しているが…違うか?」
 ロイスは黙ってギロリと、アイスブルーの瞳でレイモンドを睨み付ける。
「あー、そうだっけ?」
 レイモンド・ルーニー。
 性格は極めて明るく社交的。いつも飄々として軽薄に見える。だが、誰に対しても決して媚びたりせず、タメ口をきく事すら厭わない。
「──それよりさ、俺とロドルフ、今年も坊ちゃんとおんなじクラス。また一年よろしくな!」
 ロイスの怒りの視線など全く気にせず、レイモンドは笑いながら彼の肩をポンポンと叩いた。
 その瞬間、横に咲くバラの香りよりも強く、フローラルな香りが漂って来る。
「──坊ちゃん、今日も良い匂いだな~。蝶も引き寄せちゃうって、どんな良い柔軟剤使ってんだよっての!」
 レイモンドは少し屈んで、蝶が止まっていた辺りの肩に鼻を近づけて、香りを嗅ぐ仕草をする。
「蝶? 何の話だ?」
 ロイスは眉間を寄せると、少し引き気味にレイモンドに問う。
「あー、良いの良いの。知らなきゃ知らなかったで」
 レイモンドは鼻から香りを取り込むと、大きく息を吐く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

期待の名探偵の頭脳は、俺に全振りされている。

さんから
BL
高校生探偵後輩×漫画描き先輩 部活の後輩・後生掛 清志郎は、数々の難事件を解決してきた期待の名探偵だ。……だけど高校に入学してから探偵の活動を控えているらしく、本人いわくその理由は俺・指宿 春都にあると言う。 「俺はイブ先輩だけに頼られたいし、そのために可能な限りあなたの傍にいたいんですっ」 いつもそう言って、しょうもないことばかりに推理力を使う後生掛。頭も見た目も良いコイツがどうして俺に執着してるのかが分からなくて──。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

あなたの王子様になりたい_1

しお
BL
歌舞伎町の外れにある小さなバーで働く元ホスト・ゆみと。 平穏な夜になるはずだった店に、場違いなほど美しく、自信に満ちた大学生・直央が女性と共に現れる。 女性の好意を巧みにかわしながら、なぜかゆみとにだけ興味を示す直央。軽口と挑発を織り交ぜた距離の詰め方に、経験豊富なはずのゆみとは次第にペースを崩されていく。 甘くて危うい「王子様」との出会いが、ゆみとの退屈な夜を静かに狂わせ始めた――。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!

はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。 まったり書いていきます。 2024.05.14 閲覧ありがとうございます。 午後4時に更新します。 よろしくお願いします。 栞、お気に入り嬉しいです。 いつもありがとうございます。 2024.05.29 閲覧ありがとうございます。 m(_ _)m 明日のおまけで完結します。 反応ありがとうございます。 とても嬉しいです。 明後日より新作が始まります。 良かったら覗いてみてください。 (^O^)

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

隣の席のイケメンに懐かれた

しょうがやき
BL
隣の席のイケメンに懐かれた平凡男子の話

雪色のラブレター

hamapito
BL
俺が遠くに行っても、圭は圭のまま、何も変わらないから。――それでよかった、のに。 そばにいられればいい。 想いは口にすることなく消えるはずだった。 高校卒業まであと三か月。 幼馴染である圭への気持ちを隠したまま、今日も変わらず隣を歩く翔。 そばにいられればいい。幼馴染のままでいい。 そう思っていたはずなのに、圭のひとことに抑えていた気持ちがこぼれてしまう。 翔は、圭の戸惑う声に、「忘れて」と逃げてしまい……。

処理中です...