小指は契約の香り-秘密の二人編-

弥都 史誠(ヤツ フミタカ)

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第九章

『情火』#1

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「ロドルフ、今日もご苦労だったな」
 生徒会室に行く為に、ロイスは教材をスクールバッグに入れながら、護衛のロドルフにそう告げた。
「…では、部活が終わり次第、生徒会室にお迎えに行きます」
 四年前の繰り返しが無いよう、ロドルフは出来る限り、ロイスがリチャードソン家の迎えの車に乗り込むまで付いているようになっていた。
「いや、良い。夏の大会まで、ひと月くらいだろう。今年こそ優勝してくれ」
 ロドルフは、今日のロイスは迎えが来るまで校内で待つ、と判断する。
 ロドルフの部活が強化期間に入り、見送りが難しくなると、ロイスは迎えの車が到着してから、校門に向かうようにする、と決めたのだった。だが、実際はレイモンドが代役を務めていた。
「判りました。ありがとうございます。では、失礼します」
 ロドルフは一礼すると、自分のスクールバッグを持って教室から出て行った。
 周りのクラスメイトも帰宅や部活へ行く準備をして者や、未だにお喋りに興じている者もいる。
 レイモンドは早々に教室から出て行って居ない。多分、また先に生徒会室に行ったのだろう。
 ロイスは二人が居なくなったのを、改めて確認すると、地理のノートをバッグから取り出す。
 そして授業中にシエンから受け取り、隠した手紙を素早く制服の上着のポケットに入れた。
 何食わぬ顔で教室を去ろうとすると、クラスメイト達が口々に、ロイスに挨拶をする。
「ロイス様、お疲れ様でした」
「お気を付けて、ロイス様」
 ロイスはいつものポーカーフェイスで、それに応える。
「あぁ、ありがとう。では、明日《あした》」
 右手を軽く上げて、返事をすると、足早に生徒会室とは違う方角の廊下を進む。
 行き交う生徒達からも下校の挨拶をされ、それに応えて行く。
 そして一部の生徒が話し込んでいる、教師の個室を通り過ぎる。
(──シエンに他の生徒が会いに来ていたら面倒だな)
 そう思っていると、案の定、シエンは個室の扉の所で女生徒三人と立ち話をしていた。
(──チッ…仕方無い。また次の機会を狙おう)
 ロイスはそのまま通り過ぎようと、真っ直ぐ前を向いたまま歩いていると、シエンの方から声を掛けて来た。
「あぁ、ロイス様。お待ちしていましたよ。きみ達、すまない。ロイス様と次の授業について話があるんだ。続きはまた今度」
 シエンは申し訳なさそうに、眉尻を下げて微笑む。
 そのシエンを見たロイスは、「その表情《顔》が誤解を生むんだ」と、平静を装いながらも僅かに眉間を寄せる。
「えーー! 残念」
「シエン先生、またね。さようなら」
 女生徒達はシエンに挨拶をすると、振り返りロイスを見付ける。
「あ! ロイス様! さようなら」
「あぁ、さようなら」
 女生徒三人は、「ロイス様と喋っちゃった」と、嬉々として話し合いながら去って行った。
 ロイスはシエンの個室の前で立ち止まり、三人を見送りながら、生徒会室でずっとシエンの話を続けるアマンシアを思い出す。
「──新任教師殿は今日も人気者だな」
 少し嫉妬を覚え、不機嫌に嫌味を言ってみる。
「たまたまですよ。いつもは静かなものです。どうぞ、私に会いに来たのに間違いが無ければですが」
 その言葉に、ロイスは目を見開いて、シエンに視線を移す。
 微笑みの奥にある、シエンの特別な感情を読み取ると、一気に顔を紅潮させる。
「…間違いは、無い」
「それは良かった」
 シエンは目を細めると、ロイスを部屋に招き入れる。
「──あなたの方のが人気者じゃないですか」
 ロイスがシエンの前を通り、部屋に足を踏み入れる瞬間、耳元で囁かれた。
「──私が嫉妬してしまう程に」
 シエンの甘く艶のある声に、ドキリと心臓が弾んだ。と、同時に足も止まる。
 瞬きも忘れ、ゆっくりとシエンへと顔を向ける。
 視線が合うと、シエンはニコリと笑った。
「──それだけあなたが魅力的だということですよ。さぁ、どうぞ」
 部屋に招き入れられると、扉が閉められて、密室になった。
「俺は人気者なんかじゃない。ただ、学長の息子だってだけだ」
 ロイスは作業机にスクールバッグを置くと、パイプ椅子に座った。
 シエンは給湯室に向かうと、ロイスと自分のお茶の用意をする。
「そうですか?」
 給湯室から食器を扱う音と、湯を沸かしている音と共に、シエンの大きな声が聞こえて来た。
「──少なくとも、私はあなたみたいに学院中から注目される存在ではありませんよ」
 それは全てが好意的に見ている訳では無いだろう。
 ロイスもそれを分かっているはずだ。だから、信用出来る者を護衛に付けているのだから。
 シエンはロイスの為に用意した、アールグレイの茶葉の缶の封を切る。海外の王室御用達の高級茶葉だ。
 それをティーポットに入れる。
(──そういえば…)
 ロイスがまだ初等部に入ったばかりの頃、リチャードソン家のサンルームで、こうしてロイスの為に紅茶を淹れていたのを思い出す。
 そう、あの時のロイスは既に自分にとって、特別な存在だった。
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