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不穏な婚約破棄
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「この婚約は、今この場をもって破棄する」
冷たく響いたその言葉に、舞踏会場は静まり返った。
眩いシャンデリアの下、豪華なドレスに身を包んだ貴族たちが、息を呑んでその場の空気を見守っていた。
視線のすべてが、舞踏会の中央――王太子レオンと伯爵令嬢リディアに注がれている。
リディア・グレイス・マクレインは、、この瞬間までこの国、ラグリファル王国の未来の王太子妃と目されていた。
それが、今――王城の舞踏会の場で、王太子の口から一方的に突きつけられた言葉によって、全てが崩れ去ろうとしていた。
「……理由を、お聞かせいただけますか、殿下」
リディアの声は震えていたが、努めて冷静を保とうとしていた。だがその目には、わずかな動揺が滲む。彼女の長い亜麻色の髪が、燭光に揺れて煌めいた。
「理由? お前が、公爵令嬢であるエリザベートに対して悪意ある噂を流したこと、そして侍女を使って彼女のドレスに薬品をかけたこと……すでに証拠は上がっている」
「それは……!」
「もうよい。これ以上、恥をさらすな。お前は、王太子妃たる品格に欠けると判断した。父上の許可も得てある。お前の家族にも追って文書が届くだろう」
会場がざわめき始める。
「リディア様がそんなことを……」
「でも、何を考えているか分からない方ですから」
喧騒が大きくなる中、レオンは顔を背けると後ろに控えていた美しい金髪の公爵令嬢――エリザベート・ド・セルヴァに微笑みかける。エリザベートは、少し複雑な表情でリディアを見下ろした。
「リディア様、言いたいことがあればここで申し開きなさい」
会場のざわめきが鎮まる。貴族たちはあからさまに顔を見合わせ、小さく囁き合っていた。
リディアが上品な顔立ちと冷静な物腰を持つ一方で、感情をあまり表に出さないことが「冷たい」と陰口を叩かれていたことは、彼女も知っている。
だが、彼女は決して誰かを陥れるような真似はしなかった。
「……証拠とおっしゃいましたが、それはどのようなものでしょうか」
「複数の人間の証言があり、薬品入りのビンも見つかっている。さらにエリザベートの肌には薬品をかけられたことによる炎症が出ている。そのうえ、お前の筆跡の命令書もあるんだ。言い逃れはやめろ」
「それらは簡単に捏造できるものなのでは。今一度詳細な調査をお願いします」
「言い訳は聞きたくない。お前はもう用済みだ。今後は辺境で大人しく暮らすがいい」
レオンの言葉が突き刺さる。リディアの視界がわずかに揺れる。
怒りでも、悲しみでもない。これは、呆れと虚しさだった。
ラグリファル王国の未来の王太子妃として立ち居振る舞い、言葉遣い、政務の補佐に至るまで、彼のために学び、尽くしてきた年月。
そのすべてがあらぬ疑い一つで踏みにじられたのだ。
しかし、泣き崩れることも、怒鳴り返すこともなかった。
リディアはすっと背筋を伸ばすと、一礼して静かに口を開いた。
「……承知いたしました。殿下がそのようにお望みであれば、私には逆らう権利はありません。ただ一つだけ、申し上げておきます」
リディアの瞳が、真っ直ぐにレオンを射抜いた。
「私には、後ろめたいことはございません」
その瞳の清廉さに、ほんの一瞬だけレオンの表情が揺れた。しかし、彼はすぐに目をそらし、何も言わなかった。
騎士が近づき、リディアに「退場」を促す。
彼女は礼儀正しくドレスの裾を整え、静かに歩き出す。
その後ろ姿を、貴族たちは面白半分に眺めていた。
だが、その中の何人かは彼女の毅然とした態度に心を打たれていたのも事実だ。
その筆頭が、エリザベート・ド・セルヴァだった。
「あんな立派な方が、私を陥れるような陰湿なことをするのかしら……?」
しかし、腹芸の得意な貴族など公爵令嬢のエリザベートは腐るほど見ている。
何となく腑に落ちないものを感じながら、エリザベートはリディアを見送った。
***
王城の外へ出た瞬間、冷たい夜風が彼女の頬をなでた。
「――あっけないものね」
誰にも聞こえない声でそう呟く。
レオンの命令だろうか、侍女たちの迎えもない。
馬車に乗せられ、家族の元へ別れを告げに立ち寄ることも許されず、彼女はそのまま辺境行きの馬車へと連れられることになった。
彼女の持つものは、ほんの少しの手荷物と、身の潔白、そして――
まだ名も知らぬ、誰にも侵されていない誇りだった。
(私には誓って後ろめたいことなどない。でも、お父様とお母様までひどい目に遭わないかしら)
そこまで考えた時、リディアの中に悔しさが芽生えた。
将来の王妃として冷静に、賢明に、穏やかに振る舞う癖がついている。
しかし、リディアは徐々に人間らしさを取り戻していった。
「このままで終わってたまるもんですか」
月明かりの下、リディアの瞳は静かに輝いていた。
この追放劇がラグリファル王国、そして隣国のヴァルハルゼン王国の未来に大きな影響を与えることになるのだが、そのことはまだ誰も知らない。
冷たく響いたその言葉に、舞踏会場は静まり返った。
眩いシャンデリアの下、豪華なドレスに身を包んだ貴族たちが、息を呑んでその場の空気を見守っていた。
視線のすべてが、舞踏会の中央――王太子レオンと伯爵令嬢リディアに注がれている。
リディア・グレイス・マクレインは、、この瞬間までこの国、ラグリファル王国の未来の王太子妃と目されていた。
それが、今――王城の舞踏会の場で、王太子の口から一方的に突きつけられた言葉によって、全てが崩れ去ろうとしていた。
「……理由を、お聞かせいただけますか、殿下」
リディアの声は震えていたが、努めて冷静を保とうとしていた。だがその目には、わずかな動揺が滲む。彼女の長い亜麻色の髪が、燭光に揺れて煌めいた。
「理由? お前が、公爵令嬢であるエリザベートに対して悪意ある噂を流したこと、そして侍女を使って彼女のドレスに薬品をかけたこと……すでに証拠は上がっている」
「それは……!」
「もうよい。これ以上、恥をさらすな。お前は、王太子妃たる品格に欠けると判断した。父上の許可も得てある。お前の家族にも追って文書が届くだろう」
会場がざわめき始める。
「リディア様がそんなことを……」
「でも、何を考えているか分からない方ですから」
喧騒が大きくなる中、レオンは顔を背けると後ろに控えていた美しい金髪の公爵令嬢――エリザベート・ド・セルヴァに微笑みかける。エリザベートは、少し複雑な表情でリディアを見下ろした。
「リディア様、言いたいことがあればここで申し開きなさい」
会場のざわめきが鎮まる。貴族たちはあからさまに顔を見合わせ、小さく囁き合っていた。
リディアが上品な顔立ちと冷静な物腰を持つ一方で、感情をあまり表に出さないことが「冷たい」と陰口を叩かれていたことは、彼女も知っている。
だが、彼女は決して誰かを陥れるような真似はしなかった。
「……証拠とおっしゃいましたが、それはどのようなものでしょうか」
「複数の人間の証言があり、薬品入りのビンも見つかっている。さらにエリザベートの肌には薬品をかけられたことによる炎症が出ている。そのうえ、お前の筆跡の命令書もあるんだ。言い逃れはやめろ」
「それらは簡単に捏造できるものなのでは。今一度詳細な調査をお願いします」
「言い訳は聞きたくない。お前はもう用済みだ。今後は辺境で大人しく暮らすがいい」
レオンの言葉が突き刺さる。リディアの視界がわずかに揺れる。
怒りでも、悲しみでもない。これは、呆れと虚しさだった。
ラグリファル王国の未来の王太子妃として立ち居振る舞い、言葉遣い、政務の補佐に至るまで、彼のために学び、尽くしてきた年月。
そのすべてがあらぬ疑い一つで踏みにじられたのだ。
しかし、泣き崩れることも、怒鳴り返すこともなかった。
リディアはすっと背筋を伸ばすと、一礼して静かに口を開いた。
「……承知いたしました。殿下がそのようにお望みであれば、私には逆らう権利はありません。ただ一つだけ、申し上げておきます」
リディアの瞳が、真っ直ぐにレオンを射抜いた。
「私には、後ろめたいことはございません」
その瞳の清廉さに、ほんの一瞬だけレオンの表情が揺れた。しかし、彼はすぐに目をそらし、何も言わなかった。
騎士が近づき、リディアに「退場」を促す。
彼女は礼儀正しくドレスの裾を整え、静かに歩き出す。
その後ろ姿を、貴族たちは面白半分に眺めていた。
だが、その中の何人かは彼女の毅然とした態度に心を打たれていたのも事実だ。
その筆頭が、エリザベート・ド・セルヴァだった。
「あんな立派な方が、私を陥れるような陰湿なことをするのかしら……?」
しかし、腹芸の得意な貴族など公爵令嬢のエリザベートは腐るほど見ている。
何となく腑に落ちないものを感じながら、エリザベートはリディアを見送った。
***
王城の外へ出た瞬間、冷たい夜風が彼女の頬をなでた。
「――あっけないものね」
誰にも聞こえない声でそう呟く。
レオンの命令だろうか、侍女たちの迎えもない。
馬車に乗せられ、家族の元へ別れを告げに立ち寄ることも許されず、彼女はそのまま辺境行きの馬車へと連れられることになった。
彼女の持つものは、ほんの少しの手荷物と、身の潔白、そして――
まだ名も知らぬ、誰にも侵されていない誇りだった。
(私には誓って後ろめたいことなどない。でも、お父様とお母様までひどい目に遭わないかしら)
そこまで考えた時、リディアの中に悔しさが芽生えた。
将来の王妃として冷静に、賢明に、穏やかに振る舞う癖がついている。
しかし、リディアは徐々に人間らしさを取り戻していった。
「このままで終わってたまるもんですか」
月明かりの下、リディアの瞳は静かに輝いていた。
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