婚約破棄された伯爵令嬢は追放先の辺境で聖獣と騎士団長に愛されながら国を救う~ブラッディ・リディア戦記

ぐりとぐる

文字の大きさ
1 / 14

不穏な婚約破棄

しおりを挟む
「この婚約は、今この場をもって破棄する」

冷たく響いたその言葉に、舞踏会場は静まり返った。

眩いシャンデリアの下、豪華なドレスに身を包んだ貴族たちが、息を呑んでその場の空気を見守っていた。
視線のすべてが、舞踏会の中央――王太子レオンと伯爵令嬢リディアに注がれている。

リディア・グレイス・マクレインは、、この瞬間までこの国、ラグリファル王国の未来の王太子妃と目されていた。
それが、今――王城の舞踏会の場で、王太子の口から一方的に突きつけられた言葉によって、全てが崩れ去ろうとしていた。

「……理由を、お聞かせいただけますか、殿下」

リディアの声は震えていたが、努めて冷静を保とうとしていた。だがその目には、わずかな動揺が滲む。彼女の長い亜麻色の髪が、燭光に揺れて煌めいた。

「理由? お前が、公爵令嬢であるエリザベートに対して悪意ある噂を流したこと、そして侍女を使って彼女のドレスに薬品をかけたこと……すでに証拠は上がっている」

「それは……!」

「もうよい。これ以上、恥をさらすな。お前は、王太子妃たる品格に欠けると判断した。父上の許可も得てある。お前の家族にも追って文書が届くだろう」

会場がざわめき始める。

「リディア様がそんなことを……」
「でも、何を考えているか分からない方ですから」

喧騒が大きくなる中、レオンは顔を背けると後ろに控えていた美しい金髪の公爵令嬢――エリザベート・ド・セルヴァに微笑みかける。エリザベートは、少し複雑な表情でリディアを見下ろした。

「リディア様、言いたいことがあればここで申し開きなさい」

会場のざわめきが鎮まる。貴族たちはあからさまに顔を見合わせ、小さく囁き合っていた。
リディアが上品な顔立ちと冷静な物腰を持つ一方で、感情をあまり表に出さないことが「冷たい」と陰口を叩かれていたことは、彼女も知っている。

だが、彼女は決して誰かを陥れるような真似はしなかった。

「……証拠とおっしゃいましたが、それはどのようなものでしょうか」

「複数の人間の証言があり、薬品入りのビンも見つかっている。さらにエリザベートの肌には薬品をかけられたことによる炎症が出ている。そのうえ、お前の筆跡の命令書もあるんだ。言い逃れはやめろ」

「それらは簡単に捏造できるものなのでは。今一度詳細な調査をお願いします」

「言い訳は聞きたくない。お前はもう用済みだ。今後は辺境で大人しく暮らすがいい」

レオンの言葉が突き刺さる。リディアの視界がわずかに揺れる。
怒りでも、悲しみでもない。これは、呆れと虚しさだった。

ラグリファル王国の未来の王太子妃として立ち居振る舞い、言葉遣い、政務の補佐に至るまで、彼のために学び、尽くしてきた年月。
そのすべてがあらぬ疑い一つで踏みにじられたのだ。

しかし、泣き崩れることも、怒鳴り返すこともなかった。

リディアはすっと背筋を伸ばすと、一礼して静かに口を開いた。

「……承知いたしました。殿下がそのようにお望みであれば、私には逆らう権利はありません。ただ一つだけ、申し上げておきます」

リディアの瞳が、真っ直ぐにレオンを射抜いた。

「私には、後ろめたいことはございません」

その瞳の清廉さに、ほんの一瞬だけレオンの表情が揺れた。しかし、彼はすぐに目をそらし、何も言わなかった。

騎士が近づき、リディアに「退場」を促す。
彼女は礼儀正しくドレスの裾を整え、静かに歩き出す。
その後ろ姿を、貴族たちは面白半分に眺めていた。

だが、その中の何人かは彼女の毅然とした態度に心を打たれていたのも事実だ。
その筆頭が、エリザベート・ド・セルヴァだった。

「あんな立派な方が、私を陥れるような陰湿なことをするのかしら……?」

しかし、腹芸の得意な貴族など公爵令嬢のエリザベートは腐るほど見ている。
何となく腑に落ちないものを感じながら、エリザベートはリディアを見送った。

***

王城の外へ出た瞬間、冷たい夜風が彼女の頬をなでた。

「――あっけないものね」

誰にも聞こえない声でそう呟く。
レオンの命令だろうか、侍女たちの迎えもない。
馬車に乗せられ、家族の元へ別れを告げに立ち寄ることも許されず、彼女はそのまま辺境行きの馬車へと連れられることになった。

彼女の持つものは、ほんの少しの手荷物と、身の潔白、そして――

まだ名も知らぬ、誰にも侵されていない誇りだった。

(私には誓って後ろめたいことなどない。でも、お父様とお母様までひどい目に遭わないかしら)

そこまで考えた時、リディアの中に悔しさが芽生えた。
将来の王妃として冷静に、賢明に、穏やかに振る舞う癖がついている。
しかし、リディアは徐々に人間らしさを取り戻していった。

「このままで終わってたまるもんですか」

月明かりの下、リディアの瞳は静かに輝いていた。

この追放劇がラグリファル王国、そして隣国のヴァルハルゼン王国の未来に大きな影響を与えることになるのだが、そのことはまだ誰も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

元婚約者だったお兄様が後悔したと私に言ってくるのですが…

クロユキ
恋愛
親同士が親友だったと将来お互い結婚をして子供が生まれたら婚約を結ぶ約束をした。 お互い家庭を持ち子供が生まれたが一家族の子供は遅い出産だったが歳が離れていても関係ないとお互いの家族は息子と娘に婚約を結ばせた。 ジョルジュ十歳、オリビア0歳で親同士が決めた婚約をした。 誤字脱字があります。 更新が不定期ですがよろしくお願いします。

公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした

佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。 その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。 長女ソフィア。 美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。 そして──もう一人。 妹、レーネ・アルヴィス。 社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。 姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。 だが彼女は知っている。 貴族社会では、 誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。 王立学園に入学したレーネは、 礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。 やがて── 軽んじていた者たちは気づく。 「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。 これは、 静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。

「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。

しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。

追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する

3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
 婚約者である王太子からの突然の断罪!  それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。  しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。  味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。 「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」  エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。  そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。 「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」  義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。

『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』

鷹 綾
恋愛
亡き母の死後、公爵家の正統な継承者であるはずの少女は、屋敷の片隅で静かに暮らしていた。 実権を握っているのは、入り婿の父とその後妻、そして社交界で「公爵令嬢」として振る舞う義妹。 誰も疑わない。 誰も止めない。 偽りの公爵令嬢は、華やかな社交界で輝き続けていた。 だが、本来の継承者である彼女は何も言わない。 怒りも、反論も、争いも起こさない。 ただ静かに、書類を整えながら時を待っていた。 やがて王宮で大舞踏会が開かれる。 義妹は誇らしげに、亡き公爵夫人の形見である豪華な絹のドレスを身に纏って現れる。 それは誰もが息を呑むほど美しい衣装だった。 けれど―― そのドレスには、誰もが知らない「禁忌」があった。 舞踏会の夜。 華やかな音楽が流れる王宮で、ある出来事をきっかけに空気が一変する。 そして静かに現れる、本当の継承者。 その瞬間、 偽りの身分で築かれた栄光は、音もなく崩れ始める。 これは、 静かに時を待ち続けた一人の少女が、 奪われたものを正しい場所へ戻していく物語。 そして―― 偽りの公爵令嬢が辿る、あまりにも残酷な結末の物語でもある。

転生後はゆっくりと

衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。 日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。 そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。 でも、リリは悲観しない。 前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。 目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。 全25話(予定)

処理中です...