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偽りの笑顔
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第10話「偽りの笑顔」
リディアの祖国ラグリファル王国の王都ヴェルフォートの空は、冬を迎えるにはまだ早いというのにどこか冷え冷えとしていた。
だが王宮の大広間だけは無数のシャンデリアが光を放ち、上流貴族たちの笑顔と歓声が満ちていた。
「改めて紹介しよう。我が婚約者エリザベート・ド・セルヴァ嬢である」
王太子レオンの声が響き渡ると、万雷の拍手が広がった。
玉座の隣、ひときわ目を引く立ち位置に立つ令嬢エリザベートは、真紅のドレスを身にまとい、気品を纏った微笑を浮かべていた。
金の髪を完璧に結い上げ、どこを切り取っても非の打ち所がないその姿に、社交界の貴婦人たちはため息を漏らした。
「なんて素敵なお姿でしょう…」
「リディア様もお美しかったけれど、少し冷たく見えましたわ。それに比べてエリザベート様の微笑は……」
そんな囁きが会場のあちこちから漏れ聞こえる。
エリザベートは余裕をもってそれらの囁きを聞いていたが、リディアの名前が聞こえた時は少し顔をしかめた。
その隣で、レオンはエリザベートに対してデレデレとした視線を向けている。
「殿下、光栄に存じます」
囁くように礼を述べたエリザベートに、レオンが静かに頷いた。
「君とならば、王国の未来を築けると確信している」
王国でも一、二を争う公爵家・セルヴァ家の娘であり、五か国語に通じて文武にも優れる才女。
リディアという婚約者を押しのけてその座に就いたにもかかわらず、批判的な声はほとんど漏れてこなかった。
追放される際のリディアの潔さに対する称賛はあったが、だからといってエリザベートがその座に相応しくないとは誰も思わなかったのだ。
***
その夜――王宮の裏手にある厩舎近くの薄暗がりで、一人の若い侍女が足音を忍ばせ歩いていた。
エリザベート付きの侍女、マリアンヌ。白い外套に身を包みながら、彼女は密かに王宮の外れに立つ石碑の陰に身を隠す。
「……遅い」
低く呟いたその時、黒いフードを被った男が現れ無言で手を差し出した。
マリアンヌは内懐から小さな封筒を取り出し、そっと相手に渡す。
「今夜はここまで。次の指示は、あの方から直接下されるわ」
フードの男は頷くと、すぐさま闇の中に消えた。マリアンヌも何事もなかったかのように姿を消す。2人のやりとりを知る者は、王宮内にはいないはずだった。
その頃、遠く離れた軍部の作戦室では、年若い参謀が一枚の地図を睨んでいた。
「長官、最近野盗が増えておりますが、少し不審なことがあるのです」
「ふむ、なぜ野盗が増えたのかも気になるところだが、不審なこととは?」
「最近の野盗はすばしこくてなかなか捕まりませんが、だいたいこの方の領地の中で姿を消しているんです。」
「これは侯爵家の領地じゃないか。まさか侯爵が野盗と通じていると?何のために?」
「そこまではわかりませんし、ただの偶然かもしれません。ですが、一応気にかけておいた方がいいのではないでしょうか」
内部に潜む裏切り者の存在が確実になったわけではなかった。
だが、確実に“何か”が進行している。その不穏な空気は、じわじわと王都全体を蝕み始めていた。
***
その夜更け。
エリザベートは静かな部屋で、一人の従者を呼び寄せた。
「辺境に追放したリディアの動向を見ていてちょうだい」
「ははっ、承知いたしました」
「……リディアさんに、不自由をさせないように」
一瞬の沈黙のあと、従者がうなずく。
王太子の婚約者として完璧に振る舞った昼とは、まるで別の表情だった。
月明かりの下、エリザベートの横顔には迷いが見えた。
リディアの祖国ラグリファル王国の王都ヴェルフォートの空は、冬を迎えるにはまだ早いというのにどこか冷え冷えとしていた。
だが王宮の大広間だけは無数のシャンデリアが光を放ち、上流貴族たちの笑顔と歓声が満ちていた。
「改めて紹介しよう。我が婚約者エリザベート・ド・セルヴァ嬢である」
王太子レオンの声が響き渡ると、万雷の拍手が広がった。
玉座の隣、ひときわ目を引く立ち位置に立つ令嬢エリザベートは、真紅のドレスを身にまとい、気品を纏った微笑を浮かべていた。
金の髪を完璧に結い上げ、どこを切り取っても非の打ち所がないその姿に、社交界の貴婦人たちはため息を漏らした。
「なんて素敵なお姿でしょう…」
「リディア様もお美しかったけれど、少し冷たく見えましたわ。それに比べてエリザベート様の微笑は……」
そんな囁きが会場のあちこちから漏れ聞こえる。
エリザベートは余裕をもってそれらの囁きを聞いていたが、リディアの名前が聞こえた時は少し顔をしかめた。
その隣で、レオンはエリザベートに対してデレデレとした視線を向けている。
「殿下、光栄に存じます」
囁くように礼を述べたエリザベートに、レオンが静かに頷いた。
「君とならば、王国の未来を築けると確信している」
王国でも一、二を争う公爵家・セルヴァ家の娘であり、五か国語に通じて文武にも優れる才女。
リディアという婚約者を押しのけてその座に就いたにもかかわらず、批判的な声はほとんど漏れてこなかった。
追放される際のリディアの潔さに対する称賛はあったが、だからといってエリザベートがその座に相応しくないとは誰も思わなかったのだ。
***
その夜――王宮の裏手にある厩舎近くの薄暗がりで、一人の若い侍女が足音を忍ばせ歩いていた。
エリザベート付きの侍女、マリアンヌ。白い外套に身を包みながら、彼女は密かに王宮の外れに立つ石碑の陰に身を隠す。
「……遅い」
低く呟いたその時、黒いフードを被った男が現れ無言で手を差し出した。
マリアンヌは内懐から小さな封筒を取り出し、そっと相手に渡す。
「今夜はここまで。次の指示は、あの方から直接下されるわ」
フードの男は頷くと、すぐさま闇の中に消えた。マリアンヌも何事もなかったかのように姿を消す。2人のやりとりを知る者は、王宮内にはいないはずだった。
その頃、遠く離れた軍部の作戦室では、年若い参謀が一枚の地図を睨んでいた。
「長官、最近野盗が増えておりますが、少し不審なことがあるのです」
「ふむ、なぜ野盗が増えたのかも気になるところだが、不審なこととは?」
「最近の野盗はすばしこくてなかなか捕まりませんが、だいたいこの方の領地の中で姿を消しているんです。」
「これは侯爵家の領地じゃないか。まさか侯爵が野盗と通じていると?何のために?」
「そこまではわかりませんし、ただの偶然かもしれません。ですが、一応気にかけておいた方がいいのではないでしょうか」
内部に潜む裏切り者の存在が確実になったわけではなかった。
だが、確実に“何か”が進行している。その不穏な空気は、じわじわと王都全体を蝕み始めていた。
***
その夜更け。
エリザベートは静かな部屋で、一人の従者を呼び寄せた。
「辺境に追放したリディアの動向を見ていてちょうだい」
「ははっ、承知いたしました」
「……リディアさんに、不自由をさせないように」
一瞬の沈黙のあと、従者がうなずく。
王太子の婚約者として完璧に振る舞った昼とは、まるで別の表情だった。
月明かりの下、エリザベートの横顔には迷いが見えた。
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