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偏屈な猟師、ほだされる
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ルナが突然、村を飛び出し森の奥へと走り出した。
その後ろ姿を見たリディアは咄嗟に追いかけた。
普段は穏やかなルナの急な行動には何か理由があると直感したからだ。
森の中は冷たい風が木々を揺らし、落ち葉がカサカサと音を立てている。
リディアは必死に足を進め、やがてルナがじっと見つめる先に目を向けると、そこには一人の猟師が倒れていた。
四十か五十の年齢に見えるその猟師の名前はガロ・エルフォルト。村の人々から距離を置かれ、長い間人との関わりを避けてきた偏屈な人物であった。
リディアが村人から聞くところによると、ガロは数年前に独断で山の石を崩し、それによって一部の田畑が水を被ってしまったらしい。
それに対して村人たちは「勝手なことをして収穫を台無しにした」と怒りを向けた。
だがその話を聞いた時、リディアの頭の中には「山の石を崩して何かその人の得になることがあるだろうか」という考えが浮かんだ。
そして、その正確な年を聞いた時に合点がいった。
その年は、ここら一体の河川が氾濫をした時期だ。
もしかすると、ガロはそれを察知して水の流れを変えたのではないか。
ガロがそれをしなかったら、村全体が水浸しになっていたことも考えられる。
さらに村人は言う。「あいつが勝手に危険な罠を仕掛けたせいで、うちの羊がそれにかかって動けなくなっちまったんだ」
だが、さっきの話と合わせるとリディアは腑に落ちなかった。
普通に獲物を獲るだけなら、わざわざそんな危険な罠を仕掛ける必要などない。
そこでリディアが記憶をたどってみると、この村から少し離れたところに危険な猛獣の生息地帯があることを思い出した。
その猛獣がこの辺りにまで進出してきていたのではないか。
その猛獣から村を守るためにガロは危険な罠を仕掛けたのではないか、とリディアは考えたのである。
王都にいた頃のリディアは、ほとんど領民と接するようなことはなかった。
だが未来の王太子妃として、国内の情報については熱心に学んでいたのだ。
だから、ガロの行動と自分の知識を照らし合わせることができた。
村人はガロを自分勝手な偏屈者として扱っていたが、リディアにはそうは思えなかった。
ただガロに話しかけようとしても取り付く島もなく、他の村人に止められることもあって今まで接する機会がなかったのだ。
そんな猟師のガロが、目の前で倒れている。
リディアはためらわずに駆け寄り、ガロに向かって話しかけた。
「大丈夫ですか?どこか痛いところはありますか?」
彼女は静かに声をかけながら、持っていた薬草を取り出し手当を始めた。
だがガロは弱々しく首を振り、
「俺のことなんか放っておいてくれ」
と拒絶の言葉を吐き出す。
その冷たい態度にもリディアは怯まず、手当を続ける。
そんな様子をそばで見守っていたルナは、ガロの傍から離れず静かに寄り添い、優しい瞳で見つめ続けた。
ガロはその静かな存在に徐々に心を動かされた。
伝説でしか聞いたことのない聖獣が、自分を優しく見つめている。
ガロは、何となく自分が許されているような気がした。その心が、猟師の口を動かす。
「迷惑をかけてすまない」
「いいんですよ。ところで、今は何をしていたんですか?」
「……」
どうにもこの猟師は口下手なようだ。
そこで、リディアは話題を変える。
「7年前、あなたは川の氾濫を察知していたのではないですか?」
リディアは、正確な年数も覚えていた。その言葉に、ガロは驚きの目を向ける。
「それに、ここから少し離れたところに猛獣の生息地がありますね。
それがこっちに出没したこともあるのでは?
あなたが川の石を動かしたのも、危険な罠を仕掛けたのも、村のためを想ってのことだったのでしょう?」
だが、ガロは自嘲するように言った。
「それでも村の者に迷惑をかけたのは確かだ」
「でも、あなたが何もせずにいたら村はもっと酷い被害に遭っていました」
「言い訳は好きじゃねえ」
「それにエルフォルト家は確か……」
そういった時、ガロは慌てて口を挟む。
「それ以上は言わないでくれ。嘘をつくと後でぼろが出ちまうかもしれねえし、どうせ知ってる奴もいないだろうと思っていたが、あんたは物知りなんだな」
「考え方がノブレス・オブリージュ(高い社会的地位には義務が伴うこと)ですものね」
「ずっと偏屈なじじいでいいと思っていたが、わかってもらえるってのは嬉しいもんだな」
ルナはそんなガロの傍で優しい鳴き声を上げる。それは、何かを伝えようとしているようだった。
それを目を細めて聞きながら、リディアは彼の手を握る。
「あなたは偏屈なんかじゃありません。口下手なんです」
と少しおどけて話しかけた。
「そうかもしれんな」
さっきとは違う穏やかな声色で、ガロは自嘲の言葉を口にした。
ガロの表情は少しずつ和らぎ、やがて「もう一度村へ戻ってみるか…」と呟いた。
リディアはすぐに村へ運ぶ準備を始め、ルナも猟師のそばで静かに歩調を合わせた。
森を抜けて村に着くと、村人たちは驚きの表情を見せたが、リディアの説明と猟師の姿に次第に受け入れる様子を見せ始めた。
「ちゃんと説明してくれりゃ良かったのに」
村人の一人が、ガロにそう言う。
するとガロは
「面倒臭い」
と一言だけ返す。以前の村人は、そんなガロに嫌悪感を抱いていた。
だが、村のことを大事に想っていることがわかればそれはただのツンデレだ。
それから猟師は再び村人たちと向き合い、過去のわだかまりを少しずつ溶かしていった。
そんなある日の夕暮れ、ガロはルナの頭を撫でながらぽつりと言った。
「お前さんのおかげかもしれねえな」
ガロを村に運んだ日の夜、リディアはルナと一緒に食事をとりながらつぶやいた。
「エルフォルト家……か」
それは、ずいぶん前に政争に負けて消えていった由緒正しき貴族の家名だった。
その後ろ姿を見たリディアは咄嗟に追いかけた。
普段は穏やかなルナの急な行動には何か理由があると直感したからだ。
森の中は冷たい風が木々を揺らし、落ち葉がカサカサと音を立てている。
リディアは必死に足を進め、やがてルナがじっと見つめる先に目を向けると、そこには一人の猟師が倒れていた。
四十か五十の年齢に見えるその猟師の名前はガロ・エルフォルト。村の人々から距離を置かれ、長い間人との関わりを避けてきた偏屈な人物であった。
リディアが村人から聞くところによると、ガロは数年前に独断で山の石を崩し、それによって一部の田畑が水を被ってしまったらしい。
それに対して村人たちは「勝手なことをして収穫を台無しにした」と怒りを向けた。
だがその話を聞いた時、リディアの頭の中には「山の石を崩して何かその人の得になることがあるだろうか」という考えが浮かんだ。
そして、その正確な年を聞いた時に合点がいった。
その年は、ここら一体の河川が氾濫をした時期だ。
もしかすると、ガロはそれを察知して水の流れを変えたのではないか。
ガロがそれをしなかったら、村全体が水浸しになっていたことも考えられる。
さらに村人は言う。「あいつが勝手に危険な罠を仕掛けたせいで、うちの羊がそれにかかって動けなくなっちまったんだ」
だが、さっきの話と合わせるとリディアは腑に落ちなかった。
普通に獲物を獲るだけなら、わざわざそんな危険な罠を仕掛ける必要などない。
そこでリディアが記憶をたどってみると、この村から少し離れたところに危険な猛獣の生息地帯があることを思い出した。
その猛獣がこの辺りにまで進出してきていたのではないか。
その猛獣から村を守るためにガロは危険な罠を仕掛けたのではないか、とリディアは考えたのである。
王都にいた頃のリディアは、ほとんど領民と接するようなことはなかった。
だが未来の王太子妃として、国内の情報については熱心に学んでいたのだ。
だから、ガロの行動と自分の知識を照らし合わせることができた。
村人はガロを自分勝手な偏屈者として扱っていたが、リディアにはそうは思えなかった。
ただガロに話しかけようとしても取り付く島もなく、他の村人に止められることもあって今まで接する機会がなかったのだ。
そんな猟師のガロが、目の前で倒れている。
リディアはためらわずに駆け寄り、ガロに向かって話しかけた。
「大丈夫ですか?どこか痛いところはありますか?」
彼女は静かに声をかけながら、持っていた薬草を取り出し手当を始めた。
だがガロは弱々しく首を振り、
「俺のことなんか放っておいてくれ」
と拒絶の言葉を吐き出す。
その冷たい態度にもリディアは怯まず、手当を続ける。
そんな様子をそばで見守っていたルナは、ガロの傍から離れず静かに寄り添い、優しい瞳で見つめ続けた。
ガロはその静かな存在に徐々に心を動かされた。
伝説でしか聞いたことのない聖獣が、自分を優しく見つめている。
ガロは、何となく自分が許されているような気がした。その心が、猟師の口を動かす。
「迷惑をかけてすまない」
「いいんですよ。ところで、今は何をしていたんですか?」
「……」
どうにもこの猟師は口下手なようだ。
そこで、リディアは話題を変える。
「7年前、あなたは川の氾濫を察知していたのではないですか?」
リディアは、正確な年数も覚えていた。その言葉に、ガロは驚きの目を向ける。
「それに、ここから少し離れたところに猛獣の生息地がありますね。
それがこっちに出没したこともあるのでは?
あなたが川の石を動かしたのも、危険な罠を仕掛けたのも、村のためを想ってのことだったのでしょう?」
だが、ガロは自嘲するように言った。
「それでも村の者に迷惑をかけたのは確かだ」
「でも、あなたが何もせずにいたら村はもっと酷い被害に遭っていました」
「言い訳は好きじゃねえ」
「それにエルフォルト家は確か……」
そういった時、ガロは慌てて口を挟む。
「それ以上は言わないでくれ。嘘をつくと後でぼろが出ちまうかもしれねえし、どうせ知ってる奴もいないだろうと思っていたが、あんたは物知りなんだな」
「考え方がノブレス・オブリージュ(高い社会的地位には義務が伴うこと)ですものね」
「ずっと偏屈なじじいでいいと思っていたが、わかってもらえるってのは嬉しいもんだな」
ルナはそんなガロの傍で優しい鳴き声を上げる。それは、何かを伝えようとしているようだった。
それを目を細めて聞きながら、リディアは彼の手を握る。
「あなたは偏屈なんかじゃありません。口下手なんです」
と少しおどけて話しかけた。
「そうかもしれんな」
さっきとは違う穏やかな声色で、ガロは自嘲の言葉を口にした。
ガロの表情は少しずつ和らぎ、やがて「もう一度村へ戻ってみるか…」と呟いた。
リディアはすぐに村へ運ぶ準備を始め、ルナも猟師のそばで静かに歩調を合わせた。
森を抜けて村に着くと、村人たちは驚きの表情を見せたが、リディアの説明と猟師の姿に次第に受け入れる様子を見せ始めた。
「ちゃんと説明してくれりゃ良かったのに」
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するとガロは
「面倒臭い」
と一言だけ返す。以前の村人は、そんなガロに嫌悪感を抱いていた。
だが、村のことを大事に想っていることがわかればそれはただのツンデレだ。
それから猟師は再び村人たちと向き合い、過去のわだかまりを少しずつ溶かしていった。
そんなある日の夕暮れ、ガロはルナの頭を撫でながらぽつりと言った。
「お前さんのおかげかもしれねえな」
ガロを村に運んだ日の夜、リディアはルナと一緒に食事をとりながらつぶやいた。
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