12 / 14
遠くからの差し入れ
しおりを挟む
ミルファーレ村での暮らしは、リディアにとって驚くほど穏やかで楽しいものになっていた。
王都にいた頃、広い部屋にいても心は窮屈だった。
王太子の婚約者に選ばれたことそのものが、重責だったのだ。
公爵家や侯爵家の娘が多くいる中、伯爵家の自分が選ばれた。
妬みや嫉みを受け、常に誰かの視線にさらされていた。
さらに、王太子妃としての務めを学ばねばならなかった。
政治に疎いレオンに代わって、多くの書を読み、礼儀作法も完璧にこなそうとした。
その忙しさと責任感が、彼女の表情を硬くした。
――そして、人々はリディアを「冷たい女」と呼ぶようになった。
だが、ミルファーレ村にはそんなものはない。
生きていくこと自体が大変で、だからこそ人は助け合う。
人間としての温かい営みがここにはある。
素直になれない若い男女の恋愛模様。
老夫婦の信頼に満ちた夫婦喧嘩。
明日を信じて疑わない子供たちの元気な遊び声。
それらを聞いていると、リディアはつくづく「楽しい」と思うのだ。
王都にいた頃のような贅沢はできない。
また、王都ほど物が豊富でもない。
それでもリディアは、心が満たされていた。
そんなリディアがここに来るまでの間に拾った聖獣、ルナ。
ルナは子供たちに人気で、よく一緒に遊んでいる。
それでもルナはリディアに一番懐いているので、リディアも子供と遊ぶことが多い。
子供はよく怪我をするものだ。
この村の人々に受け入れられるようになったのも、子供の怪我を治したことだった。
その時はルナの力で治したが、その後は惜しみなく王都から持ってきた薬を使った。
「痛いよお、リディアお姉ちゃん」
また女の子が転んで膝から血を出している。
「はいはい、薬を塗ってあげますから泣かないの」
元気な子供を微笑ましく思いながら、リディアは手当てをしてやった。
「……薬ももう終わりね。ここら辺じゃこの薬は売っていないし、どうせ今の私ではこんな高価なものは買うこともできない。薬草の知識を仕入れなくちゃ」
リディアは、そう呟きながらルナと子供たちが遊んでいるのを眺めていた。
その後ルナが怪我をして薬がないという事態に陥ったこともあったが、ゼノの助けで事なきを得ていた。
それでも薬がないことに不安を感じていた時、、リディアが農作業の手伝いに行こうと扉を開けると、小さな包みが置いてあった。
それは、リディアが使い切ってしまった薬だった。
「なぜこんなものがここに?」
誰が置いたのだろう。
村人の親切かとも思ったが、ここでこんな薬を手に入れられる人がいるはずがない。
リディアは、ガロにも聞いてみた。
元貴族のガロなら、この薬を入手できるかもしれない。
「俺じゃねえよ。俺だったら何も夜中にこっそり家の前に置く理由がねえ」
「そうですよね。全然心当たりがなくて」
父や母からかとも考えたが、それなら薬だけというのはおかしい。
薬がなくなった途端に置かれていたことにも説明がつかないし、こんなことをするなら手紙くらいつけてもいいだろう。
何より、厳格で忠誠心の厚い父は罪人の娘にこんなことはできないだろう。
本心では心配していてもその素振りを見せない、それが父なのだ。
リディアがそんなことを考えている間、ガロはその薬を調べていた。
「特に怪しいことはなさそうだな。お嬢ちゃんに危害を加えるつもりかもしれねえと思ったんだが」
ガロはすっかりリディアに心を開き、今では「お嬢ちゃん」呼びをするようになっている。
「この薬は私よりも子供たちにばかり使っていますから、子供たちが先に危ない目に遭ってしまうわ」
「だが特に問題はない。安心して子供たちに使ってやんな」
「ありがとうございます」
リディアは、ガロにお礼を言った。
そして、心の中で誰かわからない贈り主にも感謝の気持ちを告げた。
王都にいた頃、広い部屋にいても心は窮屈だった。
王太子の婚約者に選ばれたことそのものが、重責だったのだ。
公爵家や侯爵家の娘が多くいる中、伯爵家の自分が選ばれた。
妬みや嫉みを受け、常に誰かの視線にさらされていた。
さらに、王太子妃としての務めを学ばねばならなかった。
政治に疎いレオンに代わって、多くの書を読み、礼儀作法も完璧にこなそうとした。
その忙しさと責任感が、彼女の表情を硬くした。
――そして、人々はリディアを「冷たい女」と呼ぶようになった。
だが、ミルファーレ村にはそんなものはない。
生きていくこと自体が大変で、だからこそ人は助け合う。
人間としての温かい営みがここにはある。
素直になれない若い男女の恋愛模様。
老夫婦の信頼に満ちた夫婦喧嘩。
明日を信じて疑わない子供たちの元気な遊び声。
それらを聞いていると、リディアはつくづく「楽しい」と思うのだ。
王都にいた頃のような贅沢はできない。
また、王都ほど物が豊富でもない。
それでもリディアは、心が満たされていた。
そんなリディアがここに来るまでの間に拾った聖獣、ルナ。
ルナは子供たちに人気で、よく一緒に遊んでいる。
それでもルナはリディアに一番懐いているので、リディアも子供と遊ぶことが多い。
子供はよく怪我をするものだ。
この村の人々に受け入れられるようになったのも、子供の怪我を治したことだった。
その時はルナの力で治したが、その後は惜しみなく王都から持ってきた薬を使った。
「痛いよお、リディアお姉ちゃん」
また女の子が転んで膝から血を出している。
「はいはい、薬を塗ってあげますから泣かないの」
元気な子供を微笑ましく思いながら、リディアは手当てをしてやった。
「……薬ももう終わりね。ここら辺じゃこの薬は売っていないし、どうせ今の私ではこんな高価なものは買うこともできない。薬草の知識を仕入れなくちゃ」
リディアは、そう呟きながらルナと子供たちが遊んでいるのを眺めていた。
その後ルナが怪我をして薬がないという事態に陥ったこともあったが、ゼノの助けで事なきを得ていた。
それでも薬がないことに不安を感じていた時、、リディアが農作業の手伝いに行こうと扉を開けると、小さな包みが置いてあった。
それは、リディアが使い切ってしまった薬だった。
「なぜこんなものがここに?」
誰が置いたのだろう。
村人の親切かとも思ったが、ここでこんな薬を手に入れられる人がいるはずがない。
リディアは、ガロにも聞いてみた。
元貴族のガロなら、この薬を入手できるかもしれない。
「俺じゃねえよ。俺だったら何も夜中にこっそり家の前に置く理由がねえ」
「そうですよね。全然心当たりがなくて」
父や母からかとも考えたが、それなら薬だけというのはおかしい。
薬がなくなった途端に置かれていたことにも説明がつかないし、こんなことをするなら手紙くらいつけてもいいだろう。
何より、厳格で忠誠心の厚い父は罪人の娘にこんなことはできないだろう。
本心では心配していてもその素振りを見せない、それが父なのだ。
リディアがそんなことを考えている間、ガロはその薬を調べていた。
「特に怪しいことはなさそうだな。お嬢ちゃんに危害を加えるつもりかもしれねえと思ったんだが」
ガロはすっかりリディアに心を開き、今では「お嬢ちゃん」呼びをするようになっている。
「この薬は私よりも子供たちにばかり使っていますから、子供たちが先に危ない目に遭ってしまうわ」
「だが特に問題はない。安心して子供たちに使ってやんな」
「ありがとうございます」
リディアは、ガロにお礼を言った。
そして、心の中で誰かわからない贈り主にも感謝の気持ちを告げた。
9
あなたにおすすめの小説
「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」
まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。
目が覚めたら、婚約破棄されていた。
理由は「地味で面白みがない」から。
泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。
最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。
でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。
厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。
そして就任スピーチで宣言した。
「500人全員の名前を、覚えます」
冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。
悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。
元婚約者は——後悔し始めていた。
婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。
なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。
私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)
星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。
団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。
副団長「彼女のご飯は軍事物資です」
私「えっ重い」
胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!?
ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。
(月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)
元婚約者だったお兄様が後悔したと私に言ってくるのですが…
クロユキ
恋愛
親同士が親友だったと将来お互い結婚をして子供が生まれたら婚約を結ぶ約束をした。
お互い家庭を持ち子供が生まれたが一家族の子供は遅い出産だったが歳が離れていても関係ないとお互いの家族は息子と娘に婚約を結ばせた。
ジョルジュ十歳、オリビア0歳で親同士が決めた婚約をした。
誤字脱字があります。
更新が不定期ですがよろしくお願いします。
公爵家の次女ですが、静かに学園生活を送るつもりでした
佐伯かなた
恋愛
王国でも屈指の名門、公爵アルヴィス家。
その家には、誰もが称賛する完璧な令嬢がいた。
長女ソフィア。
美貌、知性、礼儀、すべてを備えた理想の公爵令嬢。
そして──もう一人。
妹、レーネ・アルヴィス。
社交界ではほとんど名前も出ない、影の薄い次女。
姉ほど目立つわけでもなく、社交の中心にいるわけでもない。
だが彼女は知っている。
貴族社会では、
誰が本当に優れているのかは、静かな場面でこそ分かるということを。
王立学園に入学したレーネは、
礼儀作法、社交、そして人間関係の中で、静かに周囲を観察していく。
やがて──
軽んじていた者たちは気づく。
「公爵家の妹」が、本当はどんな令嬢だったのかを。
これは、
静かな公爵令嬢が学園と貴族社会で評価を覆していく物語。
「君は有能すぎて可愛げがない」と婚約破棄されたので、一晩で全ての魔法結界を撤去して隣国へ行きます。あ、維持マニュアルは燃やしました。
しょくぱん
恋愛
「君の完璧主義には反吐が出る」――婚約者の第一王子にそう告げられ、国外追放を命じられた聖女エルゼ。彼女は微笑み、一晩で国中の魔法結界を撤去。さらに「素人でも直せる」と嘘を吐かれた維持マニュアルを全て焼却処分した。守護を失いパニックに陥る母国を背に、彼女は隣国の軍事帝国へ。そこでは、彼女の「可愛くない」技術を渇望する皇帝が待っていた。
追放された悪役令嬢は辺境にて隠し子を養育する
3ツ月 葵(ミツヅキ アオイ)
恋愛
婚約者である王太子からの突然の断罪!
それは自分の婚約者を奪おうとする義妹に嫉妬してイジメをしていたエステルを糾弾するものだった。
しかしこれは義妹に仕組まれた罠であったのだ。
味方のいないエステルは理不尽にも王城の敷地の端にある粗末な離れへと幽閉される。
「あぁ……。私は一生涯ここから出ることは叶わず、この場所で独り朽ち果ててしまうのね」
エステルは絶望の中で高い塀からのぞく狭い空を見上げた。
そこでの生活も数ヵ月が経って落ち着いてきた頃に突然の来訪者が。
「お姉様。ここから出してさし上げましょうか? そのかわり……」
義妹はエステルに悪魔の様な契約を押し付けようとしてくるのであった。
『奢侈禁止令の鉄槌 ―偽の公爵令嬢が紡ぐ、着られぬ絹の鎖―』
鷹 綾
恋愛
亡き母の死後、公爵家の正統な継承者であるはずの少女は、屋敷の片隅で静かに暮らしていた。
実権を握っているのは、入り婿の父とその後妻、そして社交界で「公爵令嬢」として振る舞う義妹。
誰も疑わない。
誰も止めない。
偽りの公爵令嬢は、華やかな社交界で輝き続けていた。
だが、本来の継承者である彼女は何も言わない。
怒りも、反論も、争いも起こさない。
ただ静かに、書類を整えながら時を待っていた。
やがて王宮で大舞踏会が開かれる。
義妹は誇らしげに、亡き公爵夫人の形見である豪華な絹のドレスを身に纏って現れる。
それは誰もが息を呑むほど美しい衣装だった。
けれど――
そのドレスには、誰もが知らない「禁忌」があった。
舞踏会の夜。
華やかな音楽が流れる王宮で、ある出来事をきっかけに空気が一変する。
そして静かに現れる、本当の継承者。
その瞬間、
偽りの身分で築かれた栄光は、音もなく崩れ始める。
これは、
静かに時を待ち続けた一人の少女が、
奪われたものを正しい場所へ戻していく物語。
そして――
偽りの公爵令嬢が辿る、あまりにも残酷な結末の物語でもある。
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる