夢現のヴァンパイア

井上マリ

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第三夜

十四

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「……え?あっ……」

 ハッとして振り返った。まさかアーウィンもリズみたいに、人ではなくなったって言うの!?まさか、まさか!!祈る気持ちで彼を凝視する。私の視線を受け取り、おどけて小さく肩をすくめてみせた。

 長く息を吐いて胸を撫で下ろす。よかった、いつものアーウィンだ……。落ち着きを取り戻して、フレディに向き直る。

「もう、びっくりさせないでフレディ。アーウィンは大丈夫よ。お化けになんてなってないわ。目だって赤くないじゃない」
「冥使には、大きく分けて二種類ある」

 銃を構えたまま、ぴしゃりと言った。

「一つは人間が冥使に入蝕されて冥使になったものーー雑種とか下級冥使とか呼ばれるタイプ。そして生まれながらに冥使となる運命をせおったものーーこれは純血種とか上級冥使とか呼ばれる。そいつは」

 くいっと顎でアーウィンを示した。

「純血種だ。生まれつきの冥使だよ」

 冥使ーー吸血鬼?

「……何?何言ってんの?そんなわけないでしょう?アーウィンは人間よ。ずっと一緒に暮らしてきたのよ?私だってお母さんだってヒトじゃないなら、いくらなんでも気づ……」

 脳裏に蘇った光景が言葉を止めた。照明器具の見当たらない部屋。主の見えない……寒々とした部屋。ーー私だって、ほんの少しも気づかなかった。

「上級冥使には催眠の能力がある」

 フレディは彼を見据えたまま、低い声で言う。

「さい、みん……?」

 知らず、声が震えた。

「姉ちゃんの記憶は捏造の可能性が高い。当てにならない」

 私の記憶が……当てにならない?捏造?私の記憶が偽物……?脳の奥に、ぞくっと寒気が走った。

「うそよ……だ、だってほら!アーウィンの目は、赤くないじゃない!お化けはみんな目が赤いのよ!私、知ってる!アーウィンはいつも通りだもん!お化けとは、全然違う!!」
「上級冥使なら、ヒトの擬態くらい簡単にーー」
「やめて!分かんない!!」

 最後まで喋らせなかった。

「もう、フレディは分かんないことばっか言う!!」

 銀色の銃身を握りしめて、強く揺さぶる。

「うわっ!だから危ないってば!銃身を持つな!!」

 ぼろぼろと涙が出てきた。

「分かんないことばっかり言わないで!!分かんないもん!私、全然分かんない!!」
「…………」
「ア、アーウィンは私の家族だもん。ずっと一緒に暮らしてきた、か、家族だもん!吸血鬼なんかじゃないわ!」

 彼は小さく息をついて、アーウィンを振り返った。

「……あんたの答えは?」
「……アーウィン……」

 銃身を握りしめたまま、黒髪の男の人を見上げる。違うよね?私たち、家族よね?だって私たちは家族なんだって、あの人がーー。

 私に向かって微笑むと、スッと目を閉じた。やがて開かれた目はーー。

「これで満足ですか?」

 真っ赤に濡れている。

「…………」

 体から力が抜けていく。手から銃が滑り落ちた。……もう、何も分かんない。どうしたらいいの?どうするべきなの?ーーどうにかする必要があるの?

 フレディは私を庇って、背後に押しつける。抵抗せず、それに従った。

「目的は何?」
「お前には関係ない」

 切って捨てるような答えに、彼は肩をすくめる。

「ここまでやっといて、それはないんじゃない?」
「オーゼンナートのひよこが出向くほどのことでもないだろう」
「!……へえ、俺のこと知ってるんだ?」

 ニコッと笑う。

「じゃあ、ますます放っておけない」

 アーウィンは正面から見据えて、宣言した。

「彼女は央魔となる。お前たちにとって不都合は何もない。関わるな」
「どうしてそんなことが言える?」

 間髪を入れずにフレディが問い返す。

「彼女が行くのは」

 そこでちょっと言葉に詰まった。

「……違う道かもしれない」

 何かを迷うような、辛そうな声。それに引き換え、アーウィンの答えは自信に満ちたものだ。薄い笑みさえ浮かべて、言い放つ。

「なるさ。『それ』は、そうならなければならない」
「…………」

 その答えを聞いて黙り込んでしまった。何かを考えているようだ。そして、慎重に言葉を選んで口を開く。

「確かにね。利害は一致してる、かな。でもなんでここまでする必要があった?何もしなくたって……ヒナは、いずれトリになる。央魔になるって確信がどこからくるのか知らないけど、そこまで自信があるならあんたは待つだけでよかった。それなのに」

 彼はじっとフレディを見つめた後、ふと私に視線を移した。びくっとする。だって怖い。あの目は何?まるで私を憎んでいるみたいな……。今までアーウィンにあんな目で見られたことがない。急に知らない人に見えた。
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