脱獄

井上マリ

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緊急事態

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「ここは男子用更衣室だ。すぐ着替えろ」

「は、はい……」


上司のジョナサンに導かれて、大きな引き戸の前に立った。

どうやらここで看守服に着替えて、Dクラスの牢屋の見回りという大事な仕事をするようだ。



この船には凶悪かどうかのテストを行い、S~Dのクラスに分けられる。

最も危険なSクラスの牢屋は、上階級の看守しか見回りできないらしい。



「お前のカードだ。これを差し込めば、ロッカーが開く」


無言で黄色いカードを受け取り、番号を眺めながら部屋に入る。

そこには誰もおらず、入り口の近くにリサイクルマークの描かれたゴミ箱。

白いプラスチック製のベンチが置いてある。

(3087番か)



自分の番号を探していたら見つけた。

一番奥の方だ。

矢印方向にカードを差し込み、着てきたスーツを脱ぎ始める。


上着とワイシャツ、ズボンとネクタイ、それから白い袖なしシャツを脱いでパンツ一丁になった。

赤いパンツは目立つよな……。

そんなくだらないことを考えながら、看守用の上着を取り出すと誰かの視線を感じる。

身も毛もよだつ殺意だ。


(気のせいかな?)


得体の知れない威圧を感じたが、無視して上着を着ようとした瞬間ーー

「先輩、何やって……!?」


いきなり足のくるぶしを蹴られ、体のバランスを崩して倒れた。

何が起きたのか分からない焦りの表情で目の前を見ると、肩と脚を凄まじく強い力で押さえつけられている。

何が起きたか理解するために、頭をフル回転。

目が冴えると、そこには先ほどこちらを見ていた浅黒い肌をしたガタイの良い男が!

彼は、どこにでも売っていそうな鉛筆を右手で握りしめている。


(何する気だ……!?離れないと!)

そう思うのだが囚人があまりにも強くて、起き上がることができない。

聞こえてくるのは荒々しい彼の息遣いだけ。


男は鉛筆の鋭い部分を使い、心臓めがけてバツ印をつけてきた。

傷から赤黒い血が流れる。


痛すぎる……あまりにも痛すぎて、言葉が出てこない。

しかもそのバツ印の真ん中に、鉛筆の鋭い先端のところで刺してきたのだ。

痛みが絶頂に達し、声の出ないほどの嗚咽が漏れる。



(このままじゃ、死んじゃう!なんとかしないと……)


初めて感じる激痛が走ったことで、生きたいという気持ちが湧き上がった。

しかしこのままでは起き上がることも、蹴り上げることもできない。

「誰か、助けて!!」

誰かに聞こえるくらい大きな声を振り絞り、亡者のごとく助けを求めた。

その声が届いたのか、囚人が声を上げてその場に倒れる。

「大丈夫か!!」

顔色を変えてやってきたジョナサンが、囚人に小さな電撃棒で攻撃したようだ。

それから囚人はびくともしない。

ただ下敷きになった僕は彼の体重が重すぎて、身動きが取れない。


「お前も逃げろ!どこでもいい!すぐここから去るんだ!!」

「先輩助けてください!重いんですけど……」

「自分で脱出してくれ!時間がない!」


青ざめた血相のまま低めの叫び声をあげると、ジョナサンは僕の表情を見ることなく更衣室から出て行ってしまった。



(何が起こっているんだ……)



上に覆いかぶさっている囚人をなんとか自力でどかして、僕は疑問を持ちながら看守服に着替え外へ出た。

見るとたくさんの看守が囚人に潰されており、廊下に血溜まりと看守の山ができている。


(ま、まずい……)

急いで更衣室に戻ろうとしたら、一人の細長い体の男が襲い掛かってきた。

手には木の棒のようなものを握っている。

「きぇぇぇぇ!!」

意味不明な叫び声と共に潰されそうなところ、近くにいた黒髪の年老いた看守がそいつの右膝に鉄棒のようなもので攻撃した。

そいつは横に少しよろめき、態勢を崩す。


「大丈夫か!怪我はないか!」

「あ、はい!!」



少しばかり灯りが見えたものの、看守が切羽詰まった表情をしているので油断は禁物。

これ以上攻撃されないようにしなければ、自分の身と柔な精神は持たない。

ましてや更衣室へ向かっていた看守は全員殺されていたのだから、この世界で生存できるのか全くもって不明である。

(ここで殺されちゃダメだ!戦わないで逃げよう)

拳を握りしめて、歯軋りした。
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