令嬢は故郷を愛さない

そうみ

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 ゆっくりゆっくり、長い桟橋を馬と共に歩く。

 何台かの馬と馬車がわたしたちを追い越してゆき、ごった返していた船着場も人がまばらになり始める頃、やっと船酔いもおさまってきて騎乗した。

 周りを見る余裕ができれば、陽射しと潮風が心地よい。
 
 日光を浴びた海は深い紺碧で、昨夜の幻想的な光景が夢だったかのように思える。

 海を見納めながら桟橋を渡りきり、港町の外れに差し掛かるあたりで、くう、とお腹が鳴った。

 朝食にと船で出された水とパンを、わたしとスレインは食べることができず、全部サヤの胃に収まっている。包んでおいて後で食べればと一応サヤは勧めたけれど、二人ともあの時は食べ物の匂いすら嗅ぎたくなかったのだ。

 それを今後悔している。

「船酔いが治ったら、お腹がすいたわ……」
 
「同じく」

 だから言ったのにという顔でサヤが馬上から振り向く。

「どこかに寄って行きましょう」

「寄り道していると、お屋敷に着くのが真夜中になりますよ。それこそご迷惑です」
 
「空腹は慣れているものね。我慢しましょうか」

 領地には軍人用の食糧はあっても、それ以外の人の食事のことなど考えてもらえない。食糧庫は分けられていたので、料理人は咎められない程度に野菜の皮を厚く剥いて野菜くずを確保し、なるべく骨の周りに身を残して魚や肉を捌いたりして、自分たちの食い扶持を確保していたのだ。

 それを考えると一晩吐き続けての空腹くらい、いつものこと。でも少し辛い。

 ふとサヤが馬を寄せてきて、薄紙に包んだパンを差し出してくれた。

「サヤ?」
 
「こうなると思っていたので、ちゃんととっておきました。遅れるといけないので、移動しながら食べてください」
 
 スレインにも包みを放ると、両手で受け止めていた。

「ありがとうサヤ。大好きよ」

「知っています」
 
 馬は船の中で世話をしてもらえたはずなので、わたしたちだけ、食べながら進む。道が整備されていて走りやすい。シャガルの領地と比べると時代が違うのではないかと感じるほどだ。

 港町から次の集落で馬に水を飲ませて少しだけ休憩して、日が沈む頃にタイナイラ領都の門を潜った。

 ここでは母の手紙を見せれば通行税がかからない。

 領都は日暮れ後なのにまだ人で賑わっていた。お店も開いているし、女性や子供だけで出歩いている姿もある。

 明らかな治安の良さに、タイナイラが羨ましくなる。
 
「あと少し、頑張って」

 馬を励ますふりをしながら自分に叱咤して、領主邸に向かった。

 母は現タイナイラ領主の妹にあたる。

 出戻って領地で再婚したが領主と共に別棟に住んでいる。わたしが八歳まで育った場所だ。

 小高い丘の上からはさっき渡ってきた海が望める。

「アーシア!」

 門兵に訪いをつげると、ほどなくして懐かしい母が走ってくるのが見えた。つられるようにわたしも走り出す。

「お母様!」

 ぎゅうっと抱きしめるとあの時より小さく感じるようになった母から、懐かしい香りがする。大好きな香水の香りを胸いっぱいに吸い込んでから、はっと腕を離した。

「申し訳ありません! 旅装で汚れた姿のまま!」

「本当に埃だらけだけど、長旅だったから仕方ないじゃない。久しぶりね。もっとよく顔を見せて」
 
 母は引き離そうとするわたしの手を止めて、もう一度わたしを抱きしめたあと、両手で顔を包んで見上げてきた。

 いつのまにかわたしは母の背を追い越していた。

「大きくなったのね。会いにきてくれて、頼ってくれてとても嬉しいわ。疲れたでしょう」

「お世話になります。お母様」

 母はわたしの体をぺたぺたと埃を落とすように上から順に叩いて、少しだけ厳しい目をしてサヤの方に向き直った。

「ご無沙汰しております、奥様」
 
 サヤとスレインが本来の雇用主に向かって挨拶するのを、待ちきれないように手で遮る。

「いつもアーシアを護ってくれてありがとう。報告も聞いているわ」
 
 笑顔を浮かべていた母がすっと真顔になった。

「予想はしていたけど、酷いわね。ああ、あなた達が出来るだけのことをしてくれたのはわかっているわ。でも髪は艶がないし日焼けもしているし、手も爪も……今から間に合うかしら!」

 母に遅れて、歩いてやってきたメイドらしき数人に囲まれて、わたしはサヤとスレインから引き離され、さあさあと促されて別邸に連れ込まれた。

 できれば食事をいただきたかったのだけど!
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