6 / 17
6
しおりを挟むアウルは手早く着がえをすませ、ローのところに戻った。
まだ真夜中。
館の者たちは、何事が起きたのかわからないまま寝静まっている。
前を行くローの上に、ぼっと鬼火が浮かんだ。熱いよりはむしろ冷たく、青白い光があたりを照らす。鬼火に気をとられているうちに、ローの姿がしだいに大きくなった。
灰色のチュニックとズボンを身につけた、アウルとさほど背丈の変わらぬ少年がそこにいる。
「ロー」
アウルは目を見はった。
「これがあなたの本当の姿なの?」
「ええ、まあ」
ローはアウルを見た。瞳は緑のままだ。ふわりとした銀色の髪、女の子のように愛らしい顔立ち。
「わたしたちは、もともと決まったかたちを持たないんですよ。猫よりはあなたに歩調を合わせられるでしょう」
四方からくすくすと笑い声が聞こえた。
誰かに髪の毛を引っ張られ、アウルは声をあげた。
「気にしないで」
ローは笑った。
「小さな精霊です。あなたにちょっかいを出したくてたまらないらしい。離れないで下さいね」
森の精霊たちにかこまれながら、アウルは歩を進めた。引きまわされている罪人のような気分になってくる。
彼らに敵意が感じられないことだけが幸いだった。アウルがシャアクに会うと知り、物見高くついてくるのだろう。
鬼火が消え、あたりが次第に明るくなった。アウルは目を見はった。
「精霊界に入りました」
ローが言った。
「あなたがたの世界とは、重なり合った空間」
空はただ白く、かすみがかった光を放っていた。今では、ロー以外の精霊たちも見てとれる。緑濃い木々の間から、こちらをいたずらっぽく眺めている。
自分たちに決まった形はないとローは言ったが、彼らはほとんど人の姿をしていた。男の子か女の子かもわからない、半裸のかわいらしい子供たち。
「このあたりにいるのは、子供の精霊ばかりですよ」
「精霊も成長するの?」
「大地の気が私たちを生み出します。はじめはかすかな風のようなもの。時を重ねるにつれ凝縮し、意思を持ち、小さな精霊になる。百年もたてば、一人前かな」
アウルは、目を見ひらいた。
「あなたは、どのくらい生きているの?」
「ダイの初代があの館を建てる時、わたしは一部始終を眺めてましたよ」
館が出来てから、三百年はたっている。ローはそれ以上の時を過ごしているということだ。
たどる小道には、昼に駆けた馬の足跡がついていた。精霊の世界は、ダイの森そのものの上に成り立っているようだ。
イーグ川の流れにそって行くと、やがてグイン湖のきらめきが現れた。緑の王冠さながらの中島も昼間のままだ。
ローは島を指さした。
「シャアクはあそこにいます。ほら、橋だ」
島からこちら側の岸に、幾本もの蔦が伸びていた。太くからまりあって橋を作っているのだ。
ローは軽々と蔦の上に飛び乗った。
「大丈夫ですよ。見かけより頑丈です」
アウルはおそるおそる蔦に足をのせた。弾力はあったが、しっかりと歩くことが出きた。
島に渡り、蔦の生えた茂みを抜けると、とりどりの色の花が咲く野原が現れた。草むらから野ウサギがぴょこぴょこと顔を出し、逃げもせずにこちらを見つめている。
シャアクの館は、島の木々にすっぽりと包まれるようにしてあった。かなり大きく、古びている。建物をかこむ壁にはびっしりと蔦が張り付いていた。まわりの緑にとけこむくらいに。
ローは誰もいない館の門にすたすたと近づいた。軽く片手をふると、音もなく扉が開いた。明るい前庭がひろがっていた。
前庭を囲んでいるのは高い柱を並べた回廊だった。古色蒼然とした外観とは違い、柱も壁も白くなめらかに光っている。
高く吹き出した噴水のまわりで、何人かの精霊たちが楽しげにさざめきあっていた。
「あら、ウインドリン」
青い薄衣をまとった精霊が声をかけた。
「久々ね。どこに行ってたの?」
「人間のところだろ。ウインドリンは連中が大好きなんだ」
おもしろそうに別の精霊がいった。
「しかも、ダイのアウルを連れている」
「ほんとに、ここに神殿を建てるつもり? アウル」
精霊たちはアウルをとりまいた。みな若く、美しい。まとっているものの違いがなければ、男女の区別もつけがたいほどだ。
「そんなことしたら、シャアクは弟を返してくれないわよ」
「わかってるさ。だから連れて来たんだ」
ローは言った。
「シャアクは?」
「中にいる。ごきげんななめでね」
「身から出た錆だろ」
「まあ、そうだけど」
精霊たちは優雅に肩をすくめた。
「面と向かっては言えないわよね」
ローは精霊たちを後にした。
アウルはあわてて後を追い、
「ウィンドリンって、あなたの本当の名前?」
「ローでかまいませんよ。気に入っていますから」
二人は館の内に入った。大きく窓の開いた明るい広間にも精霊たちがいた。こちらは丸く輪になって座り、さいころ遊びをしているようだ。
ローは彼らとも挨拶をかわした。
「シャアクは?」
「塔にいるわ」
「アレンも?」
アウルは思わずたずねた。
「生きていればね」
アウルは息をのんだ。
「冗談ですよ」
ローがなだめるようにアウルの手をとった。
「シャアクはあれで子供好きですから、悪さはしません。行きましょう」
広間を出ると、長い廊下が螺旋階段に続いていた。アウルは階段を上りながら、
「もし、神殿が建ったとすれば、この館はどうなるの?」
「違う空間にあるとはいえ、すこぶる住みにくくなりますね」
ローは言った。
「精霊を生みだしているのは自然の気です。木々が減れば気も衰えるし、だだでさえ人間は自然の精気を消費する生き物でしてね。大勢の人間がここを訪れるようになれば、精霊界はいずれ消えてなくなってしまう」
「わたしは、そんなこと望んでいない」
「わかってますよ。あなたはね」
二人は塔の最上階の部屋にたどりついた。
「シャアク」
ローは声をかけながら入り口の帳を上げた。シャアクは、床にじかに置いた大きなクッションに長々と寝そべっていた。先ほどの狼だ。
顎を前足にのせたまま、上目遣いにローを見る。
「ウインドリン、よけいなことを」
0
あなたにおすすめの小説
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件
水月
恋愛
「君を愛するつもりはない」
結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。
出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。
愛を期待されないのなら、失望させることもない。
契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。
ただ「役に立ちたい」という一心だった。
――その瞬間。
冷酷騎士の情緒が崩壊した。
「君は、自分の価値を分かっていない」
開始一分で愛さない宣言は撤回。
無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。
以後、
寝室は強制統合
常時抱っこ移動
一秒ごとに更新される溺愛
妻を傷つける者には容赦なし宣言
甘さ過多、独占欲過剰、愛情暴走中。
さらにはリーリアを取り戻そうとする実家の横槍まで入り――?
自己評価ゼロの健気令嬢と愛が一分も我慢できなかった最強騎士。
溺愛が止まらない、契約結婚から始まる甘すぎる逆転ラブコメ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる