精霊の森には

ginsui

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 アウルは、部屋を飛び出した。
 塔の上に駆け上がる前から、空気はきな臭くなっていた。
 東に目を向けると、暗い森のなかほどが燠のように赤くなっている。わきあがる煙は、こちらの方へ這うように向かっていた。
 風は東風でいつもより強かった。
 見守るうちにも火は勢いを増してくる。
 アウルは呆然と立ちつくした。
 こうなっては消火のしようがない。館や村も炎につつまれてしまうかもしれない。
「アウル」
 いつのまにかライが側に立っていた。彼の落ち着き払った表情を見て、アウルは救われた思いがした。
「森の木を切ります。火の手を食い止めなければ」
「木を・・・」
「森より、人が大切です」 
 返す言葉がなかった。アウルはぎゅっと目を閉じた。
「村の者たちに召集をかけました。すぐにとりかかります」
「おねがいするわ」
 ライが行ってしまった後も、アウルはなすすべもなく炎を見つめた。
 火の粉を上げて倒れる木々、逃げ惑う獣たちが目に浮かんだ。
 森を守ろうとしていたのに。どうしてこんなことに。
 人が入らなければ火がつくはずはない。ソーンの仕業なのだろうか。神殿を建てるなんてまわりくどいことをせず、自ら火を放ったのか。
 シャアクは何をしているのだろう。精霊の子供たちは、彼が中島の向こうに連れていった。ローたち他の精霊も逃げただろうし、森がなくても生きていけることは分かった。
 ソーンの好きにまかせて、このまま森を捨てるつもりなのか。ソーンに対する負い目は、それほど大きいものなのか。
 アウルは唇をかんだ。怒りがこみあげてくる。ソーンにも、シャアクにも。
 森は、すべての生き物のものなのに。
「姉さま」
 アレンがやって来て、アウルの腕にしがみついた。
「森が、全部燃えちゃうの?」
「大丈夫よ」 
 アウルは、目にいっぱい涙をためた弟を抱き寄せた。
「ライたちが食い止めに行ってる。心配しないで」
 自分でもその声はうつろに響いた。
 地上の炎はますます大きくなっていた。わきあがる煙は夜空の星々をのみ込んでいく。
 アウルはっとして、もう一度空を見やった。
 星が消えているのは、煙のためだけではなかった。
 漆黒の雲がむくむくと広がっているのだ。
 煙か雲かさだかではない場所が光を発し、間をおかず雷鳴がとどろいた。
 顔に冷たいものがおちてきた。
「雨だよ。姉さま」
「ええ」
 稲光はさらにつづき、雨が音をたてて降り出した。激しい雨だ。アウルはアレンを屋上から下がらせたが、互いの声も聞こえないほどだった。
 雨にけぶって、火の手はほとんど見えなくなっていた。
 アウルは濡れるのもかまわず立ちつくした。
 シャアクが見るに見かねて降らせているのか。
 もう少し早くてもよかったのに。

 雨は一晩降り続いた。
 夜明け近く、アウルは火事が鎮火したと報告を受けた。
 ライや館の男たちと森に入った。早い流れになったイーグ川は岸すれすれに膨れあがっており、氾濫しなかったことを、みな口々に感謝した。
 被害がおよばなかった森の中にも、まだうっすらと煙がただよっていた。空気は熱っぽく、きな臭かった。
 ぬかるんだ道を用心深く馬は進んだ。
 そして、言葉を失う光景が目に飛び込んできた。見晴るかす、黒く焼け落ちた木々。燃え残った大樹の根元や幹の、無残な連なり。
 森の緑の大半は、炎の渦の中に消えてしまった。
 折れた枝に埋もれている精霊の祠を見つけた。アウルは馬から降り、炭化した枝をおしのけて祠のまわりをきれいにした。
 そうしたところで、どうなるものでもなかったが。
 ライたちは先を行っていた。アウルは上着で手をぬぐい、再び馬にまたがった。彼らとは違う方向をめざす。
 一人で行きたいところがあった。
 中島は、一番激しく燃えていた。
 溢れるばかりに水をたたえた湖に、痛ましく焼けただれた影を映していた。
 水鳥の姿もない湖畔に、人影があった。倒れた木の幹に、ぼんやりと腰を下ろしている。
 雨に濡れた衣はまだ乾かず、灰や泥にまみれていた。顔にはりついた髪の毛は目の上までかかっていたが、彼ははらうこともせず、じっとしていた。
 近づくと、彼はうつろな眼差しをアウルに向けた。
 アウルは両こぶしをにぎり、しばらく無言でソーンを見つめた。
「これで満足?」
 怒りをこめてアウルは言った。
「ごらんなさい。森はあなたの心のようにすさんでしまった」
 ソーンは顔をそむけた。苦しげに歪んだ表情で、アウルは彼が自分がしてしまったことを後悔しているのだと知った。
 もう遅いのに。
 火をつける直前まで、ソーンはシャアクが止めに来るのを待っていたのかもしれない。
 だがシャアクは現れなかった。息子の怒りをそのまま受け入れたのだ。
 シャアクは、なにもわかってはいない。
 子供にとって一番辛いのは、無視されることなのに。
「どうしようもない親子だわ。あなたたちは」
 ため息をついたアウルのかたわらに、音もなく立ったものがいる。
 アウルは、彼を見た。 
「ロー」

 
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