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アイン・オソの長は、七人の教授たちだった。アイン・オソのすべては彼らの合議によって決められる。魔法使いの認可を下すのも彼らだ。
教授たちは学生の前に、めったに姿を現さない。教師は本舎で魔法を教える上位教師と、予備舎の生徒を指導する普通教師とがいる。トルグたちは十数人ほどいる上位教師の中から師とする魔法使いを選び、自分に必要なことを学び取っていかなければならないのだ。
「はじめは、いろんな先生の所に行ってみればいいわ」
リイシャが助言してくれた。
「自分が、どんな魔法使いになりたいか考えるのよ。うまの合う先生を見つけることも大切ね。あなたの良さを引き出してくれるような」
「リイシャの先生は?」
「今はトーム先生。お天気が得意」
海岸地方で育ったリイシャは海難事故をいくつも目にしている。荒い天気を鎮め、船を安全に運行させることが夢だと、トルグに語ったことがあった。リイシャは自分の夢に向かって進んでいるわけだ。
自分はどんな魔法使いになりたいのか。
トルグは思った。いままでは魔法使いになることだけが目的だったが、ここまできたら、もう少し先のことを考えてもいいのかもしれない。
学生寮は、食堂と学生図書館を挟んで男女の棟に別れていた。図書館前は植え込みが美しく整えられた広場になっており、中央にほっそりと高い鐘楼が建つ。朝昼晩、鐘楼の下に住む鐘守が時刻を知らせるために鐘を打つ。鐘の音は高く深くアイン・オソ中に響き渡る。
鐘楼を通り過ぎると、横長の実験棟と二階建ての講堂。そして、〈塔〉。
見上げるばかりに高い塔は、七教授が住む重厚な六角形の建物を基部にしており、そこ全体が〈塔〉と呼ばれていた。ヴェスのすべての本の写しが収められているという大図書館が、長い年月にあらゆる方向に増築を重ね、幾本もの脚を持つ巨大な守護獣さながら、〈塔〉のかたわらにうずくまっている。
〈塔〉の向こう側は上位教師の教室が入る大小の建物と、教師たちの居住区になっていた。
見習いの灰色の寛衣をまとったトルグは、リイシャに言われた通り、ひととおりの教師のもとに足を向けた。予備舎で学んだことをもっと深く追究し、どんな風に魔法に結びつけるかを教えてくれるのはどの教師も同じだ。効率よく〈力〉を引き出して魔法を操つる方法は、座学からはじめる教師もいれば実践重視の教師もいる。それぞれに得意分野はあったが、結局のところ最終目的は、いかにヴェズの人々の役に立つ魔法使いになるか、なのだ。
「魔法に頼るのは最後の最後だ」
それがランフェルの口癖だった。
「土地を肥やしたいなら、仕込みが大切、まずは耕して上質の堆肥を与えることだ。荒れた天気は雲と風であらかた予想できるから、災害に備えればいい。子供に熱が出たら、解熱剤を飲まして様子をみる。へたに治しては免疫力がつかん」
小柄で痩せたランフェルは、魔法使いの紺色の寛衣がだぶだぶで、引きずっているようにも見えた。わずかしかない髪の毛は襟足と頭頂部だけに白くかたまり、肌の色は褐色に近い。年齢不詳の皺深い顔の中で、琥珀色の目が生き生きと耀いていた。
トルグはこの上位教師になんとなく惹かれ、気がつけば彼の教室の一員になっていた。
ランフェルのところにいる学生はトルグを含めて五人ほどだ。
「まあ、たいていの連中は山ほどの魔法を求めているからな」
ランフェルは言った。
「魔法は教えてもらうものではなく、自分で生み出すものだ。ものたりない者は、さっさと出て行ってよし」
「学生が多いと面倒だからでしょう、先生」
笑いながらリフが言った。黒い髪に黒い目、いつも優しげに微笑んでいるような彼は、五人の中では最古参だ。
ランフェルは教室よりも自分の住処で学生たちに囲まれることを好んだ。
上下二戸づつ、二階建ての建物が連なっているのが教師たちの居住区だ。それぞれに独立した玄関と外階段を持っているので遠慮無く出入りできる。ランフェルの住居は奥まった棟の一階。二間つづきで、簡単な台所が付いていた。南向きの日当たりのいい居間で揺り椅子にとっぷりと座り、ランフェルはトルグたちの質問に答えたり、魔法の手ほどきをしたりする。みなで食事を作り、夜までそこで過ごすことはしょっちゅうで、トルグにとっては居心地のいい空間だった。
「トルグが来て一人増えたと思ったが、また同じになるな」
夕食後、香草茶を飲みながらランフェルがひとつ大きく息を吐き出した。
「リフ、そろそろ認定試験を受けなさい。願書は出しておく」
「先生」
リフは驚いたように目を見開いた。
「そんな、急に……」
「急ではない。ここでおまえの学ぶことはもうないよ。アイン・オソを出る時だ」
「でも」
「やってみろ」
魔法使いの認定試験は、七教授立ち会いのもと塔の最上階で行われる。受験生は塔に上り、教師としてアイン・オソに残ることを選んだ者以外は、合格者も不合格者も還ってくることはない。〈塔〉には秘密の地下道があり、彼らはそこを辿って川向こうに出、アイン・オソを去ると言われていた。
教師になった者が試験の内容を語ることは禁じられている。自分で塔に上らないことには、何が行われるのか知ることはできないのだ。
「不安ではあるな」
ランフェルの所から帰りすがら、リフがつぶやいた。
「どんな試験なんだろう」
トルグは思わず塔を見上げた。空気の澄んだ秋の夜で、冷たい星々のきらめきの中に、塔は明かり一つもらさず、くっきりと濃い影を落としていた。
「認可されなければ、〈力〉を封じ込められてしまうと言うよ。これまでの修練がみんな無駄になってしまうんだ」
「でも、先生はリフさんなら大丈夫と思っている」
「そうだね」
リフはトルグに微笑んだ。
「行くしかないな」
「魔法使いになったら、どうするの?」
「なれたら、故郷に帰るよ。父が待ってる」
「そう」
トルグも故郷に戻りたかった。しかしトルグの村にはサザがおり、新しい魔法使いはまだまだ必要なさそうだ。はじめは、知らない土地に行くのも悪くない。いろいろな場所を旅して回って──。
魔法使い見習いになったばかりだというのに、気が早すぎるな。
トルグは、自分の思いに苦笑した。
いまはただ、焦らずじっくりと魔法を学ぶとしよう。
教授たちは学生の前に、めったに姿を現さない。教師は本舎で魔法を教える上位教師と、予備舎の生徒を指導する普通教師とがいる。トルグたちは十数人ほどいる上位教師の中から師とする魔法使いを選び、自分に必要なことを学び取っていかなければならないのだ。
「はじめは、いろんな先生の所に行ってみればいいわ」
リイシャが助言してくれた。
「自分が、どんな魔法使いになりたいか考えるのよ。うまの合う先生を見つけることも大切ね。あなたの良さを引き出してくれるような」
「リイシャの先生は?」
「今はトーム先生。お天気が得意」
海岸地方で育ったリイシャは海難事故をいくつも目にしている。荒い天気を鎮め、船を安全に運行させることが夢だと、トルグに語ったことがあった。リイシャは自分の夢に向かって進んでいるわけだ。
自分はどんな魔法使いになりたいのか。
トルグは思った。いままでは魔法使いになることだけが目的だったが、ここまできたら、もう少し先のことを考えてもいいのかもしれない。
学生寮は、食堂と学生図書館を挟んで男女の棟に別れていた。図書館前は植え込みが美しく整えられた広場になっており、中央にほっそりと高い鐘楼が建つ。朝昼晩、鐘楼の下に住む鐘守が時刻を知らせるために鐘を打つ。鐘の音は高く深くアイン・オソ中に響き渡る。
鐘楼を通り過ぎると、横長の実験棟と二階建ての講堂。そして、〈塔〉。
見上げるばかりに高い塔は、七教授が住む重厚な六角形の建物を基部にしており、そこ全体が〈塔〉と呼ばれていた。ヴェスのすべての本の写しが収められているという大図書館が、長い年月にあらゆる方向に増築を重ね、幾本もの脚を持つ巨大な守護獣さながら、〈塔〉のかたわらにうずくまっている。
〈塔〉の向こう側は上位教師の教室が入る大小の建物と、教師たちの居住区になっていた。
見習いの灰色の寛衣をまとったトルグは、リイシャに言われた通り、ひととおりの教師のもとに足を向けた。予備舎で学んだことをもっと深く追究し、どんな風に魔法に結びつけるかを教えてくれるのはどの教師も同じだ。効率よく〈力〉を引き出して魔法を操つる方法は、座学からはじめる教師もいれば実践重視の教師もいる。それぞれに得意分野はあったが、結局のところ最終目的は、いかにヴェズの人々の役に立つ魔法使いになるか、なのだ。
「魔法に頼るのは最後の最後だ」
それがランフェルの口癖だった。
「土地を肥やしたいなら、仕込みが大切、まずは耕して上質の堆肥を与えることだ。荒れた天気は雲と風であらかた予想できるから、災害に備えればいい。子供に熱が出たら、解熱剤を飲まして様子をみる。へたに治しては免疫力がつかん」
小柄で痩せたランフェルは、魔法使いの紺色の寛衣がだぶだぶで、引きずっているようにも見えた。わずかしかない髪の毛は襟足と頭頂部だけに白くかたまり、肌の色は褐色に近い。年齢不詳の皺深い顔の中で、琥珀色の目が生き生きと耀いていた。
トルグはこの上位教師になんとなく惹かれ、気がつけば彼の教室の一員になっていた。
ランフェルのところにいる学生はトルグを含めて五人ほどだ。
「まあ、たいていの連中は山ほどの魔法を求めているからな」
ランフェルは言った。
「魔法は教えてもらうものではなく、自分で生み出すものだ。ものたりない者は、さっさと出て行ってよし」
「学生が多いと面倒だからでしょう、先生」
笑いながらリフが言った。黒い髪に黒い目、いつも優しげに微笑んでいるような彼は、五人の中では最古参だ。
ランフェルは教室よりも自分の住処で学生たちに囲まれることを好んだ。
上下二戸づつ、二階建ての建物が連なっているのが教師たちの居住区だ。それぞれに独立した玄関と外階段を持っているので遠慮無く出入りできる。ランフェルの住居は奥まった棟の一階。二間つづきで、簡単な台所が付いていた。南向きの日当たりのいい居間で揺り椅子にとっぷりと座り、ランフェルはトルグたちの質問に答えたり、魔法の手ほどきをしたりする。みなで食事を作り、夜までそこで過ごすことはしょっちゅうで、トルグにとっては居心地のいい空間だった。
「トルグが来て一人増えたと思ったが、また同じになるな」
夕食後、香草茶を飲みながらランフェルがひとつ大きく息を吐き出した。
「リフ、そろそろ認定試験を受けなさい。願書は出しておく」
「先生」
リフは驚いたように目を見開いた。
「そんな、急に……」
「急ではない。ここでおまえの学ぶことはもうないよ。アイン・オソを出る時だ」
「でも」
「やってみろ」
魔法使いの認定試験は、七教授立ち会いのもと塔の最上階で行われる。受験生は塔に上り、教師としてアイン・オソに残ることを選んだ者以外は、合格者も不合格者も還ってくることはない。〈塔〉には秘密の地下道があり、彼らはそこを辿って川向こうに出、アイン・オソを去ると言われていた。
教師になった者が試験の内容を語ることは禁じられている。自分で塔に上らないことには、何が行われるのか知ることはできないのだ。
「不安ではあるな」
ランフェルの所から帰りすがら、リフがつぶやいた。
「どんな試験なんだろう」
トルグは思わず塔を見上げた。空気の澄んだ秋の夜で、冷たい星々のきらめきの中に、塔は明かり一つもらさず、くっきりと濃い影を落としていた。
「認可されなければ、〈力〉を封じ込められてしまうと言うよ。これまでの修練がみんな無駄になってしまうんだ」
「でも、先生はリフさんなら大丈夫と思っている」
「そうだね」
リフはトルグに微笑んだ。
「行くしかないな」
「魔法使いになったら、どうするの?」
「なれたら、故郷に帰るよ。父が待ってる」
「そう」
トルグも故郷に戻りたかった。しかしトルグの村にはサザがおり、新しい魔法使いはまだまだ必要なさそうだ。はじめは、知らない土地に行くのも悪くない。いろいろな場所を旅して回って──。
魔法使い見習いになったばかりだというのに、気が早すぎるな。
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