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第一部
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しおりを挟む数日後、羽矢が遠乗りに出かけるのを見届けて、不二はふらりと夜彦山を降りた。
多雅は政庁に出かけていていなかったが、叔母が喜んで迎えてくれた。
「真崎も心配していましたよ。あなたが、どんなお勤めをしているかって」
「ご挨拶してきましょう」
部屋を訪ねると、真崎はふふんと笑って不二を迎えた。
「元気そうで何よりだな、従兄どの」
「はい」
不二は、ぺこりと頭を下げた。
「ご無沙汰していました」
「まったくだ。羽矢さまと仲良くやっているようじゃないか」
「というわけでもないのですが。なんとか置いてもらっています」
「このまま勤め通していけそうか?」
「はあ、できれば」
「それは頼もしい」
真崎は鷹揚に頷いた。
「従兄どのは貴重な存在だよ。同じ龍の一門でさえ、羽矢さまに近づく者は数少ない。羽矢さまが寄せつけないようでもあるが」
「そのようですね」
「羽矢さまのことは、今までよくわからなかった。たいていの〈龍〉には蛇の一門の側人がついていて、いろいろ情報が入って来るんだが」
「情報、ですか」
不穏な響きだ。
「どんな?」
「たとえば」
真崎は不二に顔を近づけた。
「いまの若い方々は、けして呪力を使わない、とか」
「呪力?」
不二は眉を上げた。
「ここ二三十年、新世代が呪力を使うところを誰も見ていない」
「必要ないからでは」
真崎は、ふんと笑いとばした。
「〈龍〉の権威を示したければ、使ってみせるのが当然だろう」
「まあ」
「新世代には」
真崎は、不二の耳元にささやいた。
「もう、呪力がないかもしれない」
不二は、はっと真崎を見つめた。
真崎は、不敵な笑みを浮かべていた。
「寿命とて、五十年足らず。我々もより劣るということだ」
不二は、静かに息を吐き出した。
真崎は、不二の驚きを面白そうに眺め、
「羽矢さまは、どうだ」
「羽矢さまは普通の人間とは成長が違います」
不二は、即座に首を振った。
「それだけでも呪力が働いているかと」
「確かにな」
真崎は、軽く腕組みをした。
「羽矢さまは旧世代の子で、目に紫を持っている。だが、従兄どのは羽矢さまの呪力を見たことがあるか?」
「いえ」
「これから、よく観察していて欲しい。羽矢さまの呪力はどの程度のものか」
不二はうなずくしかなかった。
「いずれ、〈龍〉は怖れるに足らないものになるだろう。旧世代がいなくなったら」
真崎は真顔で言った。
「むろん、これは他の一門に知られてはならないことだ」
それはそうだ。他の一門にとっても〈龍〉が特別のものではなくなるということだから。
〈龍〉あっての〈蛇〉なのだ。蛇の一門が大那の権力を手中におさめているのは、〈龍〉の後ろ盾があってのこと。〈龍〉に力がないとわかれば、他の一門も黙っていまい。〈蛇〉を執権の座から追い落とし、取って代わろうとするかもしれない。〈龍〉までも滅ぼして、新しい大那の主を名乗ろうとする一門が現れるかも。
戦乱の世がやって来る。
「〈龍〉にも〈蛇〉は必要だ。お互いうまくやらなければ」
不二はもう一度頷いた。
〈蛇〉がこの先ずっと大那を支配していくためには、今まで通り、絶対的な〈龍〉の後ろ盾が必要だ。
〈龍〉の威光は守り通さなければならない。たとえ、それが空っぽのものであっても。
いや、空っぽの方が、担ぐには楽に決まっている。
「今のところ、〈龍〉には伊薙さまがいる。旧世代もまだまだ生きるだろうが」
真崎はにっと笑って不二を送り出した。
「状況はよく把握しておかなければ、な。何か気づいたことがあればすぐに教えてくれ、従兄どの。あなたが羽矢さまの側人になってくれて、まったく好都合だよ」
〈龍〉は呪力をひけらかしたりしない。
不二が体験した呪力は、柚宇がやんわりと示してくれたものだけだ。それは十分効果的だった。
しかし、本当に若い〈龍〉たちは呪力を持たないのだろうか。
まさか、羽矢までが?
多雅の屋敷を後にしながら、不二は考えめぐらした。
おもしろい時代に遭遇したとも思う。二千年続いた〈龍〉も、衰えの時を迎えている。
これから先、どうなっていくのか。
不二は、目を細めて夜彦山を見上げた。
とりあえず、今のところは真崎の言う通り、〈龍〉たちをじっくりと観察することにしよう。
彼らに何が起きようとしているのか、十分に見定めなくては。
不二は、帰路についた。
そろそろ、羽矢が戻ってくるころだった。
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