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第一部
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しおりを挟むうつらうつらと夢を見た。
故郷の家族や羽矢や真崎が、とりとめもなく現れては消えていった。
二年前に亡くなった祖母が、懐かしい顔で微笑みかけてきた時には、自分もついに死んだのだと思った。
まったく。これで幕切れとは情けない。天香の夏を過ごすこともなく、鹿に突かれて終わりとは。鹿ならば、故郷の早波にも山ほどいたぞ。
しかし祖母は静かに背を向け、靄の中に歩み去った。
はっきりと目覚めたのは朝日の中で、見慣れた自室の床にいた。
右足の痛みは、うそのように消えていた。手でまさぐってみると、傷口に乾いた布が巻かれてある。ためしに動かしてみたが、いくらか強ばっているだけで、すぐにでも歩けそうだ。
「あらまあ」
戸が開いて、須守が顔をのぞかせた。
「お目が覚めましたか」
須守は、起き上がりかけた不二をあわてて床に押し戻した。
「ご無理なさらないで。命取りになりかねない出血だったそうですよ。しばらくは静かに休んでいるようにと、奥様が申されています」
「柚宇さまが?」
「羽矢さまのお頼みで、奥様がじきじきに治して下さったのですよ。羽矢さまは、たいそう心配なさっていました。なにしろ、不二どのがここに運び込まれた時には、真っ青で、息も絶え絶え」
「覚えていません。面目ない」
「いいえ、本当にようございました。何かお口に入れるものをもってきましょうね。血を作るには、食べるのが一番ですからね」
須守は、そそくさと出ていった。
助かったのは、呪力のおかげか。
不二はふうと息を吐き出した。
あの時、あの若い〈龍〉たちも羽矢も、呪力を使おうとはしなかった。
朔乃の顔を思い出した。呪力を使ってくれと羽矢に言った時の、勝ち誇ったようなまなざしを。
鹿が飛び出して来たのは偶然だったのだろう。しかし、それを機に、彼らは羽矢に呪力があるのかどうか、試そうとしたのだ。
羽矢は、明らかにためらっていた。
なんて正直なんだ。
不二は、ため息をついた。
あれでは、誰でも分ってしまう。
羽矢は、呪力を持っていない、と。
そして、おそらく新世代も。彼らは羽矢が自分たちと同じであることを確かめ、溜飲を下げたことだろう。
また人の気配がしたので、不二は目を開いた。
当の羽矢が、むっつりと、怒ったような顔で立っている。
「羽矢さま」
不二は身を起こして、微笑んだ。
「申し訳ありません。ご迷惑をかけてしまいました」
「いや」
羽矢は不二の枕元に座り込んで頭をたれた。
「すまなかった」
「何をおっしゃいます」
「傷は塞がったが、右足に不自由は残るそうだ。叔母上が言っていた」
「そうですか」
不二は、羽矢の言葉を自分の中で受け入れた。
「ですが、命を助けて頂きました。それだけでありがたいです」
「もう少し手当てが早ければ、こんなことにはならなかった。わたしに、呪力さえあれば‥‥…」
「羽矢さま」
不二は、低い声で遮った。羽矢は首を振った。
「本当のことだ。すまない。それだけだ」
粥を持って来た須守と入れ違いに、羽矢は部屋を出ていった
羽矢の潤んだ紫色の瞳が、いつまでも不二の脳裏に残った。
不二は、はじめて羽矢が愛しいと感じた。身分の違いがなかったら、弟のように抱きしめてやりたいところだ。
困ったことになったな。
不二は苦笑した。
自分が見たいのは、時代の変化だ。何かが始まりつつあるというのに、これ以上羽矢に情が移ってしまっては、冷静な傍観者ではいられなくなるではないか。
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