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しおりを挟む三人は、エルグの天幕で夜まで眠ることにした。
太陽ぎらつく砂漠への行程は、昼よりも夜の方がはるかに楽なのだ。
ところがアロウィンはなかなか寝つかれなかった。何度となく寝返りをうったあげく、とうとうあきらめて目を開けた。
「アロン」
隣で眠っていたライランが、声をかけてきた。
「きみも眠れないんだね、ライラン」
「ああ、こんな時に寝れるのは」
と、ライランは軽い寝息をたてているイムラに顎をしゃくってみせた。
「彼ぐらいだろうさ」
「まったくだ」
アロウィンはくすりと笑い、身を起こした。
「外に出て来るよ。じっとしているよりましだから」
時間は思ったよりも早く過ぎていたらしく、傾きかけた太陽はその赤味をいっそう増していた。
オレンジ色の陽光を浴びて、エルグの羊が三匹、のんびりと天幕のまわりをうろついていた。
羊の柔らかい毛並を指でもてあそんでいると、向こうの岩陰からエルグがやって来るのが見えた。
馬を二頭引いている。
灰色のずんぐりとした砂漠馬だ。格好は悪いが普通の馬よりもはるかに丈夫で、遊牧民たちはもっぱらこの馬に乗っているとアロンは何かの本で読んだ憶えがあった。
「もう起きてしまったのですか?」
エルグはアロウィンに声をかけた。
「たっぷり眠っておかないと、後で辛いことになりますよ」
「平気だよ。昼寝は苦手なんだ。それより、その馬はどうしたの」
エルグは馬の手綱を天幕の杭に繋ぎ止めながら言った。
「この先の集落から、無期限で借りてきたのです」
「無期限って──」
エルグはにこりと笑った。
「ご心配なく。盗んで来たわけではありません。ちょっとした占いをしてあげたのでその報酬です。〈緑人〉の占いは、なかなか高くつくものなのですよ」
「なるほど」
アロウィンは、天幕の側の黄色い砂地に座り込んだ。
「ここにいる〈緑人〉はあなた一人なんだね、エルグ。どうして他の仲間と行かなかったの?」
「わたしは、〈緑人〉のもとに戻る気はありません」
エルグの顔には、穏やかな悲しみがあった。
「どの社会にもはみだし者はいるでしょう、アロウィン。〈緑人〉の中ではわたしがそうでした。彼らは危険に敏感で、おそろしく用心深い人々です。常に集団で行動し、個人を表す言葉がありません。わたしにとって、そんな彼らと暮らすことは苦痛だったのです」
「さびしくはない?」
「時には。でも、わたしはオルセトが好きですし、シャデルにも会えました。彼はこのうえもないよき友人でしたよ」
「友人?」
アロウィンは王宮で聞いた噂を思い出し、いぶかしげに訊き返した。
声をたててエルグは笑った。
「王宮での噂は、わたしも知っています」
「違うの?」
「ええ、アロウィン」
エルグはアウルの前にかがみこんだ。
「よき友人を見つけることは、よき恋人を見つけることよりも難しいとは思いませんか。その点では、わたしたちは幸運でした。わたしは、シャデルを愛していました。かけがえのない友として」
アロウィンは足元の砂をすくい上げながら、こくりとうなずいた。
「ぼくもシャデルが好きだった。一月分しか彼を知らなかったけど。だけど、時々考えてしまうんだ。シャデルが迎えに来てくれるだけの価値がぼくにあったのだろうかって。現にこの始末だものね。どんなに背伸びしても、ぼくはシャデルのようにはなれはしない。彼に無駄足を踏ませたとは思いたくないけど」
「アロウィン」
エルグは、アロウィンの顔をのぞきこんだ。
「レヴァイアに来たことを後悔していますか?」
アロウィンは、言葉につまった。
「正直、わからない。ぼくさえ来なければ、父上はジュダインに殺されずにすんだ。シャデルだって、あんなに早く逝ってしまうこともなかった」
アロウィンは両手で頭を抱えた。
「だけど、エルグ。ぼくは、本当にレヴァイアに来たかったんだ」
「でしょう」
エルグはうなずいた。
「シャデルは、最後に彼を一番必要とする人に会いたかったのだと思いますよ。あなたの道標として」
「道標」
「それだけで、満足だったでしょう。自分の存在を、こんなふうに、しっかりとあなたに刻み付けることができたのですからね」
「……」
「旅人に道標は必要ですが、その先を歩くのはいつも旅人自身です。あなたは、あなたのように行けばいい」
「うん」
アロウィンは顔を上げた。
エルグはやさしく微笑んでいた。
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