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しおりを挟む凍てつく星の冷ややかな光に満たされた夜、熱風に舞い狂う砂塵とぎらつく太陽の昼。
それが砂漠だった。
見渡す限り黄褐色の荒い砂地、風蝕されて岩肌がむきだしになった丘陵だけの世界。
時おり思い出したようにひとつところに群生している枯れ色の短い雑草は、むしろ砂漠の荒涼さをきわだたせるためにあるようだった。
北の地平の彼方には、雪をいだくメダリア山脈が長く薄く、紫色にけぶって見える。
しいて口にはしなかったが、アロウィンは砂漠を進むにつれて、エルグが言っていた悪意のようなものがしだいに強くなってくるのを感じていた。
心が重くふさぎこみ、自分でも気づかないうちに眉根をよせていることが何度かあった。これは、激しい砂漠の自然よりもたちの悪いものだった。少なくとも本来の砂漠にはこんな陰欝さはない。
アロウィンたち三人は、昼はエルグが用意してくれた天幕を張って眠り、太陽が沈みかけたころ起きて馬に乗るという毎日を繰り返していた。まだ馬に乗り慣れていないアロウィンはイムラの後ろにまたがり、ライランの馬には必要な旅道具を積み込んで。
夜の道行きは、暑さのためだけではなかった。
砂漠にはぶっそうな生き物がいる。
アロウィンがそれを目にしたのは、砂漠に出て間もなくのことだった。
もっとも、そいつはきれいに死んでいた。これ以上ないくらい水分を奪われて砂に埋もれていたのは、人間に驚くほどよく似た頭蓋骨と、ばらばらになった手足の骨だった。
よくよく目をこらせば、その頭蓋骨の方が人間のものよりは額が狭く、顎の突き出ていることがわかったろうが。
「砂人だ!」
ライランが顔をしかめて言った。
「他のやつに喰われてしまったらしいな」
「共喰い?」
「ああ、考えただけでもぞっとするぜ」
砂人はサルバトの変形人間が退化したものだった。
知能は犬並で、夜行性。だから砂漠で夜に気を許すとやっかいなことになる。彼らは雑食で、もちろん人間も食べるのだから。
しかし、武器を持っている者にはほとんど害がなかった。彼らは集団で行動できず、しゃにむに一人で襲って来るので、剣を一振りすればそれですむ。
それ以後は、生きている砂人にも何度か出くわした。
彼らはみな一様に毛がなく、砂と同系色の、ざらついた身体をしていた。そののっぺりとした顔つきは、人間そっくりなだけ、よけい気味が悪かった。
東の地平が白みはじめ、星々を少しづつ飲み込んでいった。
砂漠に出て、ほぼ半月が過ぎようとしていた。
だんだんと交易路を結ぶオアシスとオアシスの間が長くなってきている。大地の色も、水さえあればなんとか耕せそうな荒砂の黄色から、不毛の灰色へと変わりつつあった。
もうじきフェサ砂漠だとイムラが言った。フェサにはイムラの友人がおり、そこでしかるべき用意を整えてメダリアに向かうつもりだった。
アロウィンは王宮で覚えた砂漠の部族の知識をもう一度引っ張り出した。
交易路を進めば進ほど、砂漠の部族は過激になっている。
彼らは交易路を行く隊商を襲って金品を取り上げるか、隊商からかなりの代償をせしめて他の部族からその隊商を守ってやる。どちらにしても、盗賊団のようなものだ。
ここまで思い返してみて、アロンはイムラの背中をはたと見つめた。
「ねえ、イムラ。あなたの友人って、まさか盗賊じゃないよね」
「生活のためですからね」
イムラはこともなげに答えた。
「でも人は殺しませんし、必要以上なものは盗りません。それにこのごろは、もっぱら隊商の護衛をしているようですよ。危険も少ないし、確実に収入になりますから」
アロンとライランはしばらくぽかんとして馬に揺られていた。
真面目そのもののイムラと、血気さかんな盗賊とは、どう考えても結びつけようがなかったのだ。
「こいつはいいや」
はじめにライランが吹き出した。
「だけど、どうやってその人と知り会ったんだい? イムラ」
アロウィンはたずねた。
「この先にローハ砂漠があります」
イムラは言った。
「ウェストファーレンで一番砂の深い砂漠です。わたしはそこを一人で横断しようと思いました。レヴァイアに来る、前の年でしたね」
「なぜ?」
「理由はありません。ただやってみたかっただけなんです。でも、結局、わたしは砂漠に負けました。馬は砂嵐のために窒息してしまうし、わたしも危ういところでした。その時に助けてくれたのが彼、今はグララ族の族長になっているフフルです」
「あんた、見かけによらず無鉄砲なんだな」
ライランが感心したように言った。
「この辺りから道をそれなければなりませんよ」
イムラは、いくぶん照れくさそうに話を変えた。
「もうすぐフフルのグララ族とはひどく仲の悪いキアル族の縄張りに入ります。フフルの所に行くと知ったら、ただで通してはくれません」
「そんなに仲が悪いの?」
「ああ」
ライランが答えた。
「グララ族とキアル族は砂漠の二大部族だ。ことさら対抗意識が強いのさ」
「ご親切な説明、痛み入るね」
突然聞こえてきた声に、アロウィンはぎくりとした。
三人が通り過ぎようとしていたのは、ちょうど小山のような岩の塊だった。
たちまちその岩陰から、馬に乗った男たちが現れ、まわりを取りかこんだ。
全部で七人、みな寛衣の頭巾をすっぽりとかむり、剣や弓矢の武器をたずさえている。
その中で、一番小柄な人物が頭巾を払いのけた。
褐色の髪が肩の上にこぼれ落ち、負けん気の強そうな少女の顔があらわになった。
「砂漠にも、耳があるってことを忘れちゃいけないな」
彼女は明るい、よく透る声で名のった。
「あたしはキアル族のエメル・メラ」
「それはどうも」
イムラが小さくため息をついた。
一人の男が、ぎらりとした目をアロウィンに向けて馬から降りた。
「始末しちまおうぜ、エメル・メラ。こいつらはグララ族の仲間だ」
「はやるんじゃないよ、タダル」
エメル・メラは片手を上げてぴしゃりと言った。
「キアル族は、自分たちよりも人数の少ない連中を殺さない」
タダルと呼ばれた男は、露骨に顔をしかめてひきさがった。
エメル・メラは馬から乗り出し、アロウィンに向かってにっと笑った。
「いまのところは、あんたがたに危害を加えるつもりはない。安心おし、アリ・マダ」
エメル・メラはむろんアロンが何者か知るはずがない。アロンは知らぬふりをした。
「なかなか用心深いと見える」
エメル・メラは声をたてて愉快そうに笑った。
「でも、あいにくとこっちは知っているんだよ。王を殺して都を逃げた三人組といったら、あんたがたぐらいなものだろう」
「ぼくじゃない!」
アロウィンは、思わず大声を上げた。
エメル・メラは肩をそびやかした。
「王殺しが誰であろうと、あたしたちの知ったこっちゃないさ。でも、とりあえず、いっしょに来てもらおうか。族長がどうするかを決めるだろうよ」
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