サルバトの遺産

ginsui

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 赤茶けた裸の山に三方をかこまれて、潅漑された耕作地がわずかに広がっていた。
 痩せた木々がまばらに生え、それらの間にちらばっている三十あまりの天幕。
 キアル族の集落についたのは、陽が中天にさしかかったころだった。
 道すがら、エメル・メラは三人が逃亡した後の都の様子を話してくれた。
 月に一度ほど部族の誰かしらが盗品や民芸品の商いをしに都へ出かけ、そのたびに情報を仕入れてくるという。
 彼らは王妃の死、ハリスラムが即位したこと、ジュダインが〈王を継ぐ者〉となったことも知っていた。
 エメル・メラは部落に着くと、他の者たちに解散を命じ、三人を部落で一番大きな天幕に導いた。
「姉者」
 天幕の帳を開けるなりエメル・メラは言った。
「客人を連れて来たよ」
「客人?」
 エメル・メラとそっくりな声が返った。
 天幕の中はいくつかのカーテンで部屋のように仕切られており、その声の主はすぐ手前の部屋のクッションにもたれて座っていた。
 頭巾のない藍色の寛衣がゆるやかなひだをなしている。二十代のなかばをこしたくらいだろう。エメル・メラの髪が褐色なのに対して、彼女は長いまっすぐな黒髪だった。見るからに意志の強そうな顔立ちは、しかし充分美しい。
「都を逃げた〈王を継ぐ者〉の一件は知ってるだろ。そいつらさ。もっとも」
 とアロウィンの方に顎をしゃくり、
「王殺しは自分じゃないと言いはっているけどね」
「つまり、ぬれぎぬってわけ。それはお気の毒に」
 彼女は言葉通りの同情が少しもこもっていない口調でそう言うと、三人に向かってにこりと笑った。
「わたしはラマーヤ・メサ。キアル族の族長です。で、あなたがたはどうするつもりだったの」
「フフルの所に行こうとしていたんだよ」
 天幕の柱にもたれかかって腕組していたエメル・メラが、笑いをかみころすようにして言った。
「それはいいわ」
 ラマーヤ・メサはちらと妹をにらみつけ、とってつけたような笑い声をたてた。
「彼は頼りになる男らしいものね、噂では」
「だけど、あんたがたはキアル族の手中にあるというわけだ」
 エメル・メラは笑みをふくんだまま言った。
「都に連れていけば、礼金はたっぷりもらえることだろうね」
 アロウィンとライランはぎくりとして顔を見合わせた。
 アロウィンが口を開きかけた時、イムラが穏やかに言った。
「それは困ります。われわればかりではなく、たぶんあなたがたも」
「どういうことかしら」
「あなたがたはまだ気づいていないでしょうが、この砂漠では悪しきものが胎動しています」
「悪しきもの?」
「これは〈緑人〉から聞いた確かな情報です。現に〈緑人〉たちはクイスからメダリアに移住してしまいましたし、クラウトの血を引くこの二人もそれを感じているのですよ。その禍いは砂漠にはじまり、レヴァイア全域を覆うでしょう」
「出まかせを言っているんじゃないだろうね」
 エメル・メラが声を荒げた。
「あたしたちを騙せると思ったら」
「お黙り、メラ」
 ラマーヤ・メサがぴしゃりと言い、イムラをじっと見つめた。
「何なの? その禍いとは」
「わかりません」
 イムラは首を振り、まっすぐに彼女を見返した。
「それを今から調べなければなりません。そのものの正体を知り、しかるべき対処の仕方を考えなければ」
「嘘、ではないのね」
「クイスに行けばわかることです。〈緑人〉は、もういない」
「〈緑人〉が逃げだすほどの禍い」
「そうです」
 ラマーヤ・メサは、にらむようにイムラを見つめつづけた。イムラの瞳は、こゆるぎもしなかった。
「あなたを、信じるしかないわけ?」
「わたしは、真実しか言いません」
「まったく」 
 ラマーヤ・メサは、息を吐き出した。天幕の中を、両肩を抱いて歩きはじめる。
「いやな知らせを持って来たものね」
「グララ族との橋渡しはわたしがします」
 ラマーヤ・メサは、弾かれたようにイムラを見た。
「どうしてグララ族と! もう何百年も前から、わたしたちの部族は仲たがいしているのよ」
「ただの慣習です、ラマーヤ・メサ」
 イムラは奇妙な笑みを浮かべた。
「それは、あなたがたがよく知っているでしょう。昔の仲たがいの理由など、とっくに忘れ去られているというのに、互いに意地を張るのはおよしなさい」
 ラマーヤ・メサは形のよい眉根をひきしめてうつむいた。その頬にかすかに赤味がさした。
 やがて、ラマーヤ・メサはつぶやいた。
「考えさせて。時間がいるわ」

 蝋燭の明かりが、天幕をささえる柱や帳を揺らしている。前の日の昼に寝たきりだったので、まぶたがひどく重かったが、毛布にくるまって横になりながらアロウィンはイムラに目を向けた。
 イムラは蝋燭の貧しい明かりをたよりに、せっせとつくろいものをしていた。
「ラマーヤ・メサはわかってくれたかな、イムラ。グララ族とうまくいくと思う?」
「ええ。フフルもラマーヤ・メサも愚かな人間ではありませんからね」
 イムラはちょっと微笑んだ。
「それよりもアロウィン。彼女がなぜ結婚していないかわかりますか」
「え?」
「フフルは彼女よりだいぶ年上ですが、やはり独り身を通しています」
「どういうこと?」
「十年ばかり前、グララ族の青年とキアル族の少女が砂漠で出会いました。それ以来、二人は互いのことが忘れられなくなったんですよ」
「なるほど」
 昼間のラマーヤ・メサの様子を思い出し、アロウィンはライランと顔を見合わせてにっと笑った。
「あとは、彼らしだいです。たぶんね」

 アロウィンは、夜半、イムラに揺り起こされた。
「静かに、アロウィン。外で足音がします」
 声をひそめてイムラは言った。
「そのまま眠ったふりをしていなさい」
 ライランも目を覚まし、三人はしだいに近づいて来る足音に耳をすました。
 足音は天幕の前でぴたりと止み、音もなく入り口の帳が押し上がった。
 アロウィンは息を殺して侵入者を盗み見た。暗がりの中で顔はさだかではなかったが、どうやら男。抜き身の剣を手にしている。
 彼はしのび足で三人に近づき、入り口側のイムラめがけて剣を振り下ろした。
 イムラはすばやく飛び起き、その右腕をねじりあげた。侵入者は一声うめいて剣を落とした。
「明かりをつけてください、ライラン」
 ライランはいそいで言われた通りにした。
「タダルだ」
 騒ぎを聞きつけたらしい。天幕の外に部落の人々が集まり、やがてエメル・メラがかけこんで来た。
「これは、何事だい?」
 エメル・メラはイムラと、彼にねじふせられているタダルを交互に見くらべた。
「彼はわれわれを殺そうとしたのですよ」
 エメル・メラは目をみはり、押し殺した声で言った。
「そいつは、迷惑をかけてすまなかったね、客人。こいつの始末はあたしたちがつける」
「許してくれ、エメル・メラ」
 タダルが悲鳴に近い声を上げた。
「おれはただ」
「おまえは、この三人と会った時から様子がおかしかったね」
 エメル・メラは腕組みしてタダルを見下ろした。
「理由をお言い。何もかも話せば、許してやらなくもないよ」
「おれはただ!」
 イムラに手を離されたタダルは、地面に這いつくばるようにして言った。
「去年、都に商いに行った時に、エベドとかいうやさ男に声をかけられたんだ。そいつが金をくれて、これから先──」
「これから先?」
 エメル・メラはきつい声でうながした。
「砂漠の情報を流せば、もっと…」
「つまり、おまえは金でキアル族を売り渡そうとしたわけなんだね」
 エメル・メラは一言一言ゆっくりと言った。
「王宮の逃亡者であるこの三人をかたずければ、もっと金がもらえると思ったわけなんだ
ね。ハマダ」
 エメル・メラは天幕の外に呼ばわった。すぐにがっしりとした身体つきの男が現れた。
「こいつを連れてお行き。族長に報告しなくちゃならないからね」
 タダルが引きずられるようにして出ていくと、エメル・メラはアロンの方に向き直った。
「あんたのいとこっていうのは、まったく抜け目がないね」
「ジュダインは、全レヴァイアの統一を目指しているんだ」
 ライランがつぶやいた。
「つまり、砂漠の部族も含めたすべて」
「冗談じゃない」
 エメル・メラは吐き出すように言った。
「あたしたちは自由の民だ。レヴァイアなどに組み込まれはしないよ」
「でも、これでますます砂漠の部族が団結しなければならなくなったね、エメル・メラ」
「ふん」
 アロウィンの言葉にエメル・メラは苦笑した。
「正体不明の砂漠の脅威にレヴァイアの侵略か。このあたりも、だいぶ騒がしくなってきたよ」
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