【完結】死に戻り伯爵の妻への懺悔

日比木 陽

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番外編ーside セレスティアー

お仕舞いを①

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降りた場所から少し歩くと、公園が見える。
旦那様が淀みなく歩いていくことが、頼もしい筈なのに、不安ばかりがせり上がる。

――公園に入った途端に気づいた、彼が居ると。

その場に似合わない、体躯・雰囲気。本人も分かっているようで居心地が悪そうな…、その顔を私に向けて目を見開いた。

「デイビッド…」

「お嬢様…」

最後に会った時よりも、もっと逞しくなった彼を見て私の中の大きな感情が揺れ動く。
彼が実家の屋敷で働いてくれていた時のことが蘇ってくる。

そして、私が彼に何をしてしまったのかも。

「デイビッド、私…!」

謝罪を口にしようとした途端、傍らにいた旦那様が踵を返して歩いていくのが分かった。

「ウィリアム様…?」

(…?どうしたの…?)

困惑する私に、旦那様は振り返ることなく「それでは、その件は君に任せたから」と言ったまま、公園を去って行ってしまう。

その歩く早さで、私と共に行くつもりがないことが分かって、立ち尽くす。
呆然と見送って、デイビッドと顔を見合わせた。


◇◆◇◆


カタン…ッガラガラ…ッ


「~~~~~~~っしんっじられる!?デイビッド…!!~~妻を初恋の相手のところに一人で置いていくなんてっっっ!!」

デイビッドが手配してくれた馬車で屋敷までの道中、我慢できずに大きい声が出てしまう。

「あはははっ」
「もうっ笑い事じゃないのっ…!」

大きな声で愚痴ってしまっても、気にせず笑い飛ばしてくれる彼につい、昔に戻ったように接してしまう。
貴族の婦人としてはそうするべきではない、と分かっているけれど。
旦那様の昨日からの様子、今日の態度も…自分の中で抱えきれない気持ちが溢れてくる。
膝で手を握って俯く私の頭に、ぽんと大きな暖かい手が乗る。

「俺は、…安心しましたよ」
「?」

子どもの頃から大好きだった、私を安心させる微笑みが私へ向けられている。

「そんな風に、感情を露わにして怒れるほど、今までの結婚生活が充実しているということなんでしょう。どうしようもない相手ほど、お嬢様はむしろ庇われるでしょうし。…それにしてもお嬢様っはははは」

デイビッドが屈託なく笑う。

夕暮れの実家の屋敷、どうしようもない事を諦めたような表情のデイビッドがずっと頭を占めていた。彼の思い出といったら、その表情になってしまっていた。

でも、貴方はこんな風に笑う人だったわ…。

「…そうなの…。私……、旦那様を愛しているわ…。そして愛されていると…思うわ。…それにね、子どもも3人産まれたの。上の子はもう4つになったのよ」
「それは可愛いでしょうねぇ、なんせお嬢様とあの旦那様との子ですから。」
「…可愛いわ…、とても」
「…ふ、お嬢様が幸せそうで、今日は最高にいい気分だ」

(…デイビッド…)

彼の言葉は紛れもない本音だと、声色が告げていて、胸の内がとても暖かくなる。
それと同時に、胸の古傷が引き攣れる。

「……デイビッド、私、貴方にとても酷いことをしたわ…」
「貴女が酷いことをした事は一度もありませんよ」

貴方の言葉に、緩んだ胸の傷から溢れたかのように涙が零れ落ちる。
ただ、首を横に振ることしかできない。

「……ごめ、ん、なさい…」

そう言った私の手をおもむろに取ったデイビッドは、手の甲に口づける。
昔、幼い私に騎士と姫ごっこをやらされていたデイビッドがよくしてくれた仕草だった。

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