異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉

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9巻

9-1




 第一章 のんびりしよう。


 僕、茅野巧かやのたくみはエーテルディアという世界に転生した元日本人。
 僕の異世界生活は、この世界に来るきっかけを作った神様の一人、風神シルフィリール――シルの眷属けんぞくとなったり、アレンとエレナという双子の子供を保護したりして始まった。
 アレンとエレナは実は水神様の子供だったんだけど、今では本当の弟妹のように過ごしている。
 素材を採取したり、迷宮に潜ったり……この世界での出来事は何もかも新鮮で、あっという間にそろそろ一年が経つ。
 常識なんて何も知らない僕がここまでやってこられたのは、この世界の人達が手助けしてくれたからこそだ。
 最初に辿たどいた街のシーリンでは、騎士であるグランヴァルト・ルーウェン様やアイザック・リスナーさん。次に訪れた街、ベイリーではアイザックさんのお兄さんで領主であるセドリック・リスナーさん。王都ではヴァルト様の両親であるマティアス・ルーウェン、レベッカ・ルーウェン夫妻。さらにさらにガディア国の王族の皆さん。
 他にも親しくしてくれる知り合いはたくさんいるが、いろんな人に助けられている。
 今はケルムという街にいるが、そこでも『ドラゴンブレス』という冒険者パーティの一員であるルドルフさんがいろいろと手助けしてくれている。
 今日も今日とて、冒険者ギルドで薬草を売却したのだが、めずらしいものだとは全く思わずにいろいろ売ろうとして、そこでルドルフさんから正しい知識を教えてもらった。
 しかし、稀少きしょうなものだと教えられても、それがひょんなことから簡単に手に入ったりするので、どうしてもそうだという認識に欠け……ついやらかしてしまうことも多いんだよね。


「タクミ! 帰ってきたか!」

 僕と子供達、それからルドルフさんがケルムの街で宿泊している『白猫亭しろねこてい』という宿に戻ると、店主であるダンストさんが待ち構えていた。

「ダンストさん、どうしたんですか?」
「ザックに聞いた。ケルム岩塩を持っているんだって?」
「はい、持っていますけど……」
「少し売ってくれ!」

 ザックさんから? ああ、ザックさんはルドルフさんと同じ冒険者パーティのメンバーだから、今日出かけた時にでも話題になったかな?
 そう思っていると、隣でルドルフさんがすまなそうな顔をしていた。

「あ~、すまん、タクミ。情報源は俺だ。今日、『料理を作る腕が良いと、素材の良し悪しはあまり関係ない』みたいな話になってな。だが、そこでうちのパーティのアイリスが、ケルム岩塩を使えば自分でも美味うまい料理が作れるはずだって息巻いたんだよ。それを『無理だ』とザックに挑発されて、ケルム岩塩を掘り出して試してみるなんて言い出したんだ」
「……ああ、それで僕がケルム岩塩を持っているから、少し分けてもらえ的な話になった感じですか?」
「正確には『売ってもらう』だがな」

 なるほど、そういうことだったのか。

「それで、その話題がここでも出て、ダンストさんの耳に入ったんですか」

 僕の言葉にダンストさんがうなずく。
 ケルムの鉱山で見つかる岩塩――ケルム岩塩は人気があるって聞いていたけど、需要は主に貴族だと思っていた。だって、そこそこ良い値段で売れたからね~。
 まあ、高いと言っても所詮は塩だから、普通の料理人でも手が出せるくらいなんだろうな。それでダンストさんも、厨房ちゅうぼう用に用意しておきたいってところだろうか。

「料理がどんな風に変化するのか一度だけ使ってみたいんだ」
「……一度だけ?」

 あれ? 僕が思っていたのとちょっと違う……っぽい?
 えっと……使ってみたいってことは、どんな味なのか試してみたいってことだよな?
 これまでに使ったことはないんだろうか。

「そりゃあ、良い食材を使って料理を作りたいという欲求はあるが、俺はそれ以上に、普通の食材を使っても良い食材に負けない料理を作りたいんだ!」
「おぉ!」

 ダンストさんの心意気、格好良い!!

「ケルム岩塩を使ってみたいと言ったのは、味を知らないとその味を目指せないからですか?」
「ああ、そうだ」

 うん、合っていたようだ。
 やはり〝目指す味〟というものを知らないと切磋せっさしづらいからな!

「ダンストさん、一回分の塩でいいのなら譲ります。お金はいりません」
「だが、それでは……」
「ダンストさんの目標を応援したいんです。あっ、僕が所持している魔物肉とかも提供しますよ」

 他人には高ランクの魔物肉をほいほい提供しないようにといろんな人から忠告されているが、ここはダンストさんのために一肌脱ごうじゃないか!
 えっと……イビルバイパー、オークジェネラル、アーマーバッファロー、コカトリスあたりの肉なんてどうだろう?
 そう考えていると、ルドルフさんが慌てて声を上げた。

「待て待て待てっ! タクミ、今考えていることは絶対に口にするなよ! いいか、絶対だぞ! そして、現物も出したりするなよ!」
「……え、駄目ですか?」
「駄目だ! 間違いなく駄目だ!」

 え~、食材の提供は駄目か~。
 というか、ルドルフさんはとうとう僕が内心で考えていることまで察するようになっちゃったか~。

「ほら、あれだ。質素な食材のほうが塩の良し悪しがわかりやすいはずだ!」

 ルドルフさんがそう言ったが、確かにそれはその通りだ。
 コカトリスの肉でサンドイッチを作った時もそうだったけど、美味しい肉を使っちゃうと、本当に塩で美味しくなっているかわからなくなっちゃったもんな。

「手に入りやすい食材か……」
「年中食べられているものだと、エナ草やマロ芋だな。それで妥協だきょうしろ」
「マロ芋!」

 マロ芋というのは地球でいうジャガイモみたいな野菜なんだけど……ポテトチップスなんて良いんじゃないか?
 マロ芋は一般的な食材で、安くて年中手に入る。
 それにポテトチップスなら、スライスした芋をげただけだから、塩の味がよくわかりそうだしな。
 何よりも、僕が食べたいのだ!

「何だ? 何か良い料理が思いついたのか?」

 僕が目を輝かせたのを見て、ルドルフさんが期待するような表情になる。

「はい、マロ芋を揚げたものが食べたいな~って」

 何か、この説明だとフライドポテトみたいだが……とりあえず、それはいい。
 そんなことより、ルドルフさんの中ではいつの間にか、僕が料理を作るような流れになっていないか?

「あげるって何だ?」

 ルドルフさんから待ったが掛かってから成り行きを見守っていたダンストさんが、調理方法の話が出た途端、会話に参加してきた。

「たっぷりの熱した油で加熱する調理方法です」
「そんな調理方法があるのか。それはかなり油を使うよな?」
「そうですね。ちなみに油なんですが、何度かは使えますけど、ずっと使い続けると臭いがするようになりますね」
「なるほど」

 ダンストさんは真剣な顔で話を聞いている。

「ダンストさん、夜の営業の準備は終わっているんですか? 今から時間があるなら、一緒に作りませんか?」
「ああ、終わっているから問題ない。是非とも頼む!」

 というわけで、僕はダンストさんと一緒にポテトチップスを作ることにした。


 早速、厨房に移動して準備を進めていく。
 よく洗った皮つきのままのマロ芋を薄くスライスして水にさらし、しばらくしてからよく水気を拭く。

「「はなれたー!」」

 そしていよいよ揚げるという段階になると、アレンとエレナが元気よく声を上げた。
 それを見て、ダンストさんが首を傾げる。

「タクミ、あれはどういう意味だ?」
「揚げるのは危ないので、離れるように言ってあるんです」
「ああ、なるほど」

 えっと……トンカツを作った時かな? 揚げる時は少し離れてくれないと作れない、と言ったのを覚えていたのだろう。
 さっきまでお手伝いをしてくれていた二人だったが、今は僕とダンストさんからしっかりと距離を取っている。

「じゃあ、揚げますか」

 最初のうちは僕が見本を見せるように揚げていき、途中からダンストさんと交代する。
 どんどん揚げて、皿が山盛りになるまで作った。
 たくさん作るのに越したことはないだろう。ポテトチップスってあっという間になくなってしまうからな!

「最後に塩、っと」

 普通の塩とケルム岩塩、味比べのために二種類かけてみる。

「アレン、エレナ、これを食堂のほうに運んでー」
「「はーい」」

 ポテトチップスを小分けに盛った皿を、アレンとエレナに運ぶように頼むと、張り切って運んでいった。

「ダンストさん、僕達も食堂に移動しましょう」
「おう、そうだな」

 僕も皿を持って食堂に向かうと、そこには子供達と『ドラゴンブレス』のみんなが、輪になるようにポテトチップスを取り囲んで待っていた。
 さっきまでルドルフさん以外はいなかったのに、いつの間に集まっていたんだ?

「タクミ、早く食わせてくれ!」

 ルドルフさんが待ちきれないといった風に言ってくるので、思わず笑ってしまう。

「ダンストさんが最初ですよ。――アレンとエレナの分はこれだから、こっちにおいで」
「「うん!」」
「熱いから気をつけて、ゆっくり食べるんだよ」

 アレンとエレナに声を掛けると、喜んで輪から抜けてこちらに駆けてきたので、ゆっくり食べるように言いつける。

「さあ、ダンストさん、どうぞ。ちなみに、こっちがケルム岩塩ですね」


「じゃあ、いただく」

 ダンストさんは緊張した面持ちで、それぞれのポテトチップスを食べていく。

「もう、いいな? ダンストが食べたんだし、俺達も食べていいよな?」

 ダンストさんが口にしたのを確認して、ルドルフさん達がポテトチップスに群がり、バリバリと食べ始めた。

「おぉ! このパリパリ感がたまらないな!」
「何だこれ、うめぇ!」
美味うまっ! これがマロ芋なのか!?」
「美味しいです!」

 ルドルフさん達は感想をらしながら食べているが、とにかく勢いが凄い。アレンとエレナの分は別にしておいて良かったな~。

「……美味うまい。普通の塩のほうも美味うまいんだが、ケルム岩塩は何て言うか……旨味が別物だ」

 そんな中、ダンストさんが静かに言葉を零す。

「そんなに違いがわかりますか?」
「ああ」

 僕も食べてみることにする。

「あ、本当だ。この食べ方だと味の違いがわかりやすい」
「「こっち、おいしい!」」
「うん、そっちはケルム岩塩のほうだな」

 言葉では言い表すのは難しいが、ケルム岩塩のほうが美味しく感じた。
 正直、こんなにも差が出るなんて思いもしなかった。これならケルム岩塩を使うだけで料理が格段に美味しくなるという話も信憑性しんぴょうせいが出てくるな。

「いや~、それにしても……止まらない」

 久しぶりに食べたが、やはりポテトチップスはいいな~。
 これってお手軽塩シリーズを使えば、いろんな味のポテトチップスが簡単に作れるんじゃないか? あ、でも、のり塩がない! ポテトチップスにのり塩は欠かせないのに!
 ん~、フィジー商会会長のステファンさんにお願いしたら、青海苔あおのりを探して作ってくれるかな?
 そんなことを考えていると、ルドルフさんが真剣な表情でこちらを見てくる。

「なあ、タクミ」
「何ですか?」
「これ、タクミからもらったあの塩を使えば、いろんな味が楽しめるんじゃないか?」

 おぉ! ルドルフさんも気がついたか!

「僕もそれを思っていたところです」

 特にカレー塩なんか、子供達が好きだと思うんだよね~。

「ルドルフさん、いろんな味の塩って何ですか?」

 僕とルドルフさんの会話に、アイリスさんが疑問に思ったようだ。塩について尋ねてくる。

「タクミに貰ったんだがな、振りかけるだけでいろんな味になる塩があるんだよ! 野菜でも肉でも、ただ焼いただけのものに一振り! それだけで味の変化が楽しめるのさ!」
「それは凄ぇ! いろんな味って何があるんですか!?」
「そんな便利なものがあったんですね!」
「え! 何ですか、それ! とっても画期的じゃないですか!」

 ルドルフさんがお手軽塩について自慢気に他のパーティメンバーに教えると、三人ともとても食いついていた。

「聞いて驚け! コショウ、カレー、ニンニク、ショーガ、レモネー、ミンス、ハーブ、唐辛子、オレン、ユズユ、ライネ、緑茶。十二種類の味がある!」
「「「おぉ!」」」

 お手軽塩の製作に関わった僕でもたまに種類を忘れそうになるのに、ルドルフさんは一度聞いただけでもしっかりと覚えているようだ。凄い記憶力だな。

「焼いたものにかけるだけでいいのか!」
「それ、野営にぴったりですね!」
「「じゃあ、これでアイリスの料理から解放される!」」

 ザックさんとギルムさんが息ピッタリである。
 そんな仲間の言葉にアイリスさんの様子がおかしくなっていく。

「……ザック、ギルム」

 怒っている。間違いなく、アイリスさんは激怒している。
 しかも、効果音が――ゴゴゴッ、と聞こえてきそうである。

「「……あぅ~」」

 そんなアイリスさんを見て、アレンとエレナがおびえてしまった。
 しかし、それに気づかずに三人は会話を続けている。

「……保存食だけでは味気ないだろうと、頑張っていたのに! 人の親切を何だと思っているんですかっ!!」
「誰も頼んでないだろう!」
「気持ちはありがたいんだが、どう頑張っても食べられないものだったしな~。それに、食材の無駄?」
「なんですって!!」

 ザックさんもギルムさんも、さらにあおるようなことを言わなくてもいいのに~。

「……また始まったか」
「ルドルフさん、止めなくていいんですか?」

 ルドルフさんがアイリスさん達の言い合いから逃げるように移動したので、僕はアレンとエレナを抱きかかえて離れたテーブルへと移動する。

「まあ……これはいつものことだな。ザックは基本的に思ったことはすぐに口にしてしまうタイプだし、ギルムは大人しめな奴ではあるんだが、無駄が嫌いなんだよ。アイリスはあれで頑固がんこだから、言われれば言われるほど引かなくなるタイプだしな」
「……それで、ルドルフさんは傍観ぼうかんするんですか?」
「俺にはあれを止めるのに使う体力はない。それに、あれであの三人は仲が良いんだよ。じゃれ合っていると思えばいい」

 ……ガチの喧嘩けんかっぽく見えるのに、じゃれ合っている?

「そうは見えませんけど……」
「だろうな」

 僕としては仲違なかたがいしてしまうのではないかと心配になるが、ルドルフさんは心配する素振そぶりもない。本当にいつものことで、かつ些細ささいなことなのだろう。

「そうだ、タクミ。野外で美味うまいスープを簡単に作る方法はないか?」

 ルドルフさんが突然話題を変えた。アイリスさん達のことは完全に放っておくようだ。

「スープですか?」
「そうだ。タクミから貰った塩のおかげで、ただの焼きものなら格段にマシになる。となると、今度はスープを良くしたくてな」
「ん~?」

 スープを簡単に作る方法ねぇ~。
 とはいっても、スープって料理としてはそんなに難しくないよな? 具材を煮て、調味料で味付けするだけだし。
 それをもっと簡単にするなら、お湯を注ぐだけでできるタイプのスープ……粉末とか、フリーズドライか?
 粉だと具がないものになってしまうし、お手軽塩でも代用はできそうから、ここはやはりフリーズドライだろうな。確か凍らせて乾燥かんそうさせればよかったはずだから、それなら魔法でできるだろう。

「……できないことはないかな?」
「本当か!?」

 僕のつぶやきにルドルフさんは表情を明るくする。

「本当に上手くいくかはわからないので、近いうちに試してみます」
「おう! 頼む!」

 フリーズドライにすれば日持ちするだろうから、子供達に持たせておく非常食にもなるだろう。積極的に頑張ってみようかな。

「でも、どうして突然料理に興味を持ったんですか?」
「あいつらが言い合いになるのは基本、料理の話題になった時だからな。食事に不味まずいものが出なくなれば、言い合いも減るかと思ってな」

 なるほど。一見、放っておいたのかと思ったが、ルドルフさんはルドルフさんのやり方で気遣っていたようだ。
 それにしても……そんなに頻繁ひんぱんに料理のことで言い合いになるのも凄い。まあ、それだけアイリスさんの料理に破壊力があるということだな。

「お前ら、いい加減にしないと子供達に嫌われるぞ~」
「「「へ?」」」

 そろそろ食堂が営業を始める時間になることもあってか、ルドルフさんが言い合いしている三人を止める。
 すると、アイリスさん達は不思議そうな顔をしながらこちらを見た。そして、子供達が僕にしがみついている様子に気がついた。

「お前らが大声を上げるから、すっかり怯えてしまっているぞ」
「「「えぇ!?」」」
「子供達に嫌われる、それすなわち、タクミにも嫌われる」

 ルドルフさんはそう言ってうんうんと頷く。
 まあ、そうだな。子供達が怯えたままなら、僕はアイリスさん達には近づかないようになるからな。

「そうなるとだな、もう美味うまいものにありつけなくなるということだ」
「「「えぇー!!」」」

 ルドルフさんの言葉に、ザックさん、ギルムさん、アイリスさんが悲鳴のような声を上げた。
 そこかい! 大事なのは美味しいものなのかい!!

「……ルドルフさん、僕の価値が料理だけみたいに聞こえるんですけど」
「わかりやすいたとえが料理ってだけで、タクミは良い奴だってわかっているから細かいことは気にすんな!」
「……」

 にかっと笑うルドルフさんに、僕はそれ以上何も言えなくなった。


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