異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉

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2巻

2-1




 第一章 街で過ごそう。


「タクミさん!」
「あれ、ルーナさん? どうしたんですか?」

 シーリンの街の冒険者ギルドに入った途端、か受付係のルーナさんがカウンターから飛び出してきて、がっちりと僕の腕をつかんだ。
 エーテルディアという異世界に転生した元日本人の僕は、双子の兄妹と思われるアレンとエレナを森で保護して以来、冒険者生活を送っている。
 危険度最高ランクの森――ガヤの森で行われた騎士団主体の討伐遠征から戻ってきた翌日、依頼の完了手続きと報酬の受け取りのために、冒険者ギルドを訪れたんだけど……。
 ちょっとルーナさん!? これは一体、何事ですかぁー?

「あなたのことを待っていたの!! さあ、ギルドマスターのところへ行くわよ! ほら早く! アレンくん、エレナちゃんもこっちにいらっしゃい」
「……え、え? ちょっと!?」

 ルーナさんは僕の腕を引っ張って歩き出した。
 ギルドマスター? 何のことだ?
 わけがわからないまま、ルーナさんにギルドの奥――ギルドマスターの執務室へと引っ張られる。

「「っ!! お、おにーちゃーん!」」

 アレンとエレナも僕を追いかけて、とことこと慌ててついてきた。


 ルーナさんはギルドマスターの執務室の前で立ち止まり、扉をノックした。

「マスター、タクミさんがいらっしゃいましたのでお連れしました」
「ああ、入ってくれ」

 用件を伝えると、すぐに中から男性の声が返ってきた。
 今のがギルドマスターの声かな?
 ルーナさんが扉を開けると、正面にある机に白髪交じりの初老の男性がいるのが見えた。
 男性は椅子から立ち上がり、僕達を部屋へと迎え入れる。

「私はシーリンの冒険者ギルドのマスターをしている、ヨハンだ」

 彼がギルドマスターか……。

「お初にお目にかかります。タクミ・カヤノです。この子達はアレンとエレナです」

 相手は僕のことを既に知っているようだが、一応名乗っておく。

「君がタクミ殿か。とりあえず、座ってくれ」
「はい。では、失礼します」

 ギルドマスターが部屋の中央にあるソファーへ座るように促してきたので、僕はそれに従って二人掛けのソファーの真ん中に腰を下ろし、両脇にアレンとエレナを座らせる。
 その間、ギルドマスターは小声でぼそぼそと何かを呟いていた。

「……この男が? そうは見えんな……。しかし、ルーウェン殿とルドルフ殿が言うのだから間違いないか……」

 ヴァルト様とルドルフさん?
 内容はよく聞き取れなかったが、二人の名前が出たのだけはわかった。

「……えっと?」
「ああ、すまん。いや、ルーウェン殿とルドルフ殿から、君のランクを下位のままにしておくのはまずいと言われてな。あの二人がそう言うのだから君には相応の実力があるんだろうが、失礼ながら、私にはそれほど強いようには見えんのだよ……」

 ギルドマスターの用件は僕のランクについてだった。
 そういえば、ガヤの森でヴァルト様とルドルフさんが話していたな。
 ガディア国騎士団シーリン支部の第二隊長グランヴァルト・ルーウェン様と、冒険者パーティ『ドラゴンブレス』のリーダーでAランクのルドルフさん。
 二人は、ガヤの森での僕らの戦いぶりを見て、早いところランクアップさせようとか言ってたっけ。
 それにしても、対応が早いなぁ~。
 二人に言われて僕に直接会ってみたものの、本当に強いのかどうか測りかね、悩ましげな表情をしている、ということか……。

「悪く思わないでくれ。私はもともと事務上がりのギルドマスターでね。自分では大して戦えないのだ。とはいえ、長年多くの冒険者を見てきたので、それなりに強さを見分ける目は持っていると自負していたのだが……君は今まで見てきた冒険者達と違って……よくわからんのだ……」

 冒険者相手に「強そうに見えない」なんて言ったら、怒る者もいるのだろう。
 ギルドマスターは申し訳なさそうにしていたが、僕自身も強そうに見えないのは自覚しているので気にしていない。
 というか、僕を転生させた風の神シルフィリールの力でドーピング的に強くなっているのだから、強そうに見えないのは当たり前だと思っている。
 実際に、転生前の僕は運動神経が壊滅状態だったからね……。
 だから、ギルドマスターの中の強者の基準みたいなものが、僕に当てはまらないのは仕方がないことだ。
 あとは強い人特有の雰囲気? そういうのがないからかな?
 僕には〝少しずつ強くなっていった〟という努力の過程がないため、修練の積み重ねで生じるオーラなんてものは備わっているはずがないのだ。

「……まあ、実力に間違いない二人からの推薦だからな。君をAランクにしようと思っている」
「へぇ? Aランクっ!?」

 今僕はEランクなので、二つ上がってCランクくらいにはなれるかな……と思っていたんだが、まさかAランクとは!
 あまりに驚いて、変な声が出てしまった。
 強そうに見えないって言っていたわりに、ギルドマスターは思い切った判断をしますね……。そんな簡単にランクを上げていいんだろうか?

「試験とか、そういうものはないんですか?」
「ルーウェン殿とルドルフ殿が実力を確認しているので問題ない。それに、君はブラッディウルフやイビルバイパーを倒しているのだろう?」

 貴族であり騎士団隊長のヴァルト様や、高ランク冒険者のルドルフさんといった身分のしっかりした人が僕の実力を保証したとはいえ、しょせんは人づてに聞いた情報にすぎない。
 だが、ギルドマスターはそれを簡単に受け入れた。
 ヴァルト様やルドルフさんのことを、よっぽど信用しているのだろう。

「それでAランクですか?」
「ギルドマスターの権限で上げることができるのは、Aランクまでだ。複数のギルドマスターの認可が必要なSランクにするのは、さすがに無理だぞ」
「いえいえ! 不満があるわけではないです」

 逆です、逆っ! 思っていた以上にランクが上がって驚いたんです!
 誰もSランクにして欲しいなんて思ってないですからっ! 

「聞いた話によると、その子供達も強いんだってな。どうする?」
「……どうする、ですか?」

 一瞬、言われている意味がわからなくて首を傾げる。

「子供のランクも上げることは可能だが、小さい子が変に高ランクだと不審がられるだろう。だからといってEランクのままだと、パーティを組んでいる君に高ランクの依頼を受けてもらうことができない」

 ああ、なるほど。そういうことか。
 パーティランクはメンバーの平均になるから、僕がAでアレン達がEだと、パーティランクはえっと……「Dランク」になるのか。
 僕としてはそれで問題ないのだが、ギルド側としてはAランク冒険者に低ランクの仕事しか受けてもらえないから、もったいないってわけだな。
 その気になれば、ギルドマスターは利益を優先して、問答無用でアレンとエレナのランクを上げることもできるはずだが、わざわざこちらの都合を聞いてくれている。それは、とてもありがたいことだった。
 ちらり、とアレンとエレナを見ると――

「「んにゅ?」」

 二人はニコニコしながら大人しく座っていて、全く警戒している様子がない。
 アレンとエレナは、人の悪意に非常に敏感だ。その二人がおびえたり警戒したりしていないのだから、ギルドマスターが良識のある人物だということは間違いないのだろう。
 それならば、と僕は妥協案を出すことにした。

「こちらとしては二人のランクは今のままでもいいのですが、僕らの請け負う仕事が限定されるとギルドとしては困るということでしたら、アレン達のランクを一つだけ上げてDにするのはいかがでしょうか?」
「ふむ。そうなると、パーティランクは……Cだな。それが妥当か……」

 アレンとエレナがDランクなら、僕らのパーティはCランクになる。依頼は自分のランクの一つ上まで受けることが可能だから、Bランクまで請け負えるわけだ。
 Aランクの仕事はそう滅多にあるものではないので、これなら大抵の依頼を受けられる。

「うむ。では、それで手続きをしておこう。――おい! 誰か!」

 僕の妥協案は受け入れられたようだ。
 ギルドマスターが部屋の外に向かって声を掛けると、すぐにルーナさんがやってきた。

「お呼びですか?」
「ああ。ルーナ、ランクアップの手続きを頼む。タクミ殿をAランク、子供達をDランクにな」
「えっ!? Aランクですかっ! タクミさん、凄いじゃない! 冒険者登録をしてからこんな短期間でAランクに昇格なんて快挙よ! 快挙!」

 ランクアップの手続きを指示されたルーナさんが、一気にテンションMAXとなり、自分のことのように喜んでくれた。

「……そ、そうですね」

 だが、あまりにハイテンションでアレンとエレナはもちろん、僕も驚いて、それ以上の言葉が出てこない。

「おい、ルーナ。落ち着け」

 はしゃいでいるとも取れるルーナさんに、ギルドマスターから冷静なツッコミが入った。

「あら、いやだ。すみません。ちょっと興奮しちゃいましたわ」

 静かにたしなめられ、ルーナさんは即座に我に返る。
 何だかこのやりとりが、二人の間では普段からよくあることのように感じられるのは、僕の気のせいではないと思う……。

「それじゃあ、受付に行きましょうか」

 僕達は正気になったルーナさんとともにギルドマスターの執務室を後にし、受付カウンターへと向かった。


 受付に着くと、ルーナさんはすぐに水晶板を操作し始めた。

「じゃあタクミさん、手続きをするからギルドカードを貸してちょうだい」
「はい、お願いします。アレンとエレナもカードを出そうか」
「「うん。……はい!」」

 僕がルーナさんにギルドカードを差し出したのにならい、アレンとエレナもそれぞれ自分の鞄を探ってギルドカードを取り出し、少し背伸びしてカウンター越しに渡した。

「ふふっ。ありがとう」

 ルーナさんは僕達のカードを受け取り、ランクアップの手続きを開始する。

「えっと……あら? ちょっと!?」

 だが、手続きを始めてすぐ、ルーナさんが驚いたような声を上げた。
 そして作業を中断して周りを見渡すと、カウンターから身を乗り出してくる。

「タクミさん! あなた達、土の迷宮を攻略し終えていたの!?」
「え~と……そうですね~」

 あーあ、バレた……。
 そうだな。ギルドカードに迷宮記録が残るってことをすっかり忘れていた。

「タクミさん達が迷宮に行ったのって、確か遠征前の一度だけよね? あの数日だけで攻略しちゃったの!?」
「……まあ、そうですね」
「ちょっとヤダー! それって最速記録じゃない!?」
「そうなんですか? それはちょっとわからないです」

 今までの最速記録がどのくらいなのかは知らないが、僕達はアレンとエレナのおかげで道に迷うことなく最短経路で進むことができたから、確かにその可能性はあるな。
 アレンとエレナは勘で道順を決めていたように見えたものの、二人は水神の子供である可能性が濃厚なので、無意識のうちに何らかの特殊能力を使って道を選んでいたのかもしれない。
 僕がシルフィリール――シルに授けてもらった能力の一つであるマップ機能。迷宮内は実際に行ったことのある場所しか表示されないが、それを見た限りでは最短ルートだった。

「ルーナさん、迷宮攻略のことは黙っておいてもらえませんか?」

 幸い、ルーナさんは周囲を気にして小声で話してくれていたので、誰にも聞かれていない。
 ルーナさんさえ黙っていてくれれば、人に知られる心配はないだろう。

「……どうして? 普通なら自慢することよ?」
「これ以上注目を浴びて、アレンとエレナが絡まれるような事態は避けたいので……」

 あまり注目されることは本意ではない。
 ただでさえ僕は先程Aランクになり、通常では考えられないほどの短期間でランクアップした冒険者として注目を集める可能性があるのだ。
 これ以上、話題になるようなことは避けておきたい。

「……そうね。イビルバイパーを倒したあなたに喧嘩を売る人はそうはいないと思うけれど、どこにでも馬鹿っていうのはいるものね」

 以前、このギルドで僕らが冒険者のドミニクに絡まれたことを思い出したのだろう。ルーナさんは複雑そうな表情で溜め息をついた。そして、そのまま何も言わずに手続きを再開する。
 どうやら、ルーナさんは黙っておくことを了承してくれたらしい。

「……以上で、ランクアップの手続きは終わりね。そして、これが遠征の報酬よ」
「ありがとうございます」

 ランクの更新に続いて、本来の目的であった依頼完了の手続きもしてもらい、僕は少なくない報酬を受け取った。
 さて、これで僕の用件は終わりだ。そう思っていたら――

「さあ、タクミさん!」

 ルーナさんが何かを期待するように目をキラキラさせ、両手を広げて待ち構えていた。

「えっと……何でしょう?」

 やり残したことってあっただろうか?
 ……うーん、ルーナさんと何か約束した覚えはないんだけどなぁ。

「素材よ、素材~! イビルバイパーの素材があるんでしょ! それにブラッディウルフ~。その他にも、ガヤの森で採ってきた素材を売ってくださーい。タクミさんがたくさん持ってるって、ルドルフさん達から情報は得ていますぅ! それに迷宮の素材もあるのよね? それも売ってちょーだい! 私、タクミさんが来るのを待っていたのよぉー!」

 ああ、そういうことか。
 確かに遠征の依頼を受けた時に、ルーナさんから「いっぱい採ってきてくださいね」なんて言われていたわ。
 そうだな~。レッドウルフやブラッディウルフの素材は持っていても仕方がないので、売ってしまっていいだろう。
 あとは薬草とか? アレンとエレナが頑張ってたくさん採ってくれたから、ある程度は売ってもいいかな?
 というか、ギルドマスターだけでなく、ルーナさん達職員も僕がイビルバイパーを倒して、それを持っていることを知っているんですね。
 ルーナさんはルドルフさん達から聞いたって言ってたけど、この様子だと《無限収納インベントリ》の存在も知られているだろうな~。それなら、躊躇ためらう必要はないか。

「さすがに、ここでは素材を出せないですよ?」
「ああ! そうね、ごめんなさい。でも大丈夫よ! イビルバイパーでも出せるように、一番大きい倉庫を確保してあるから! 今、倉庫に案内するわ~」

 イビルバイパーは大きいからな。ここで取り出すと大変なことになるのは目に見えている。
 しかも、Aランクの魔物だから周囲の人々に注目されてしまうし。
 それを察したルーナさんはカウンターから飛び出し、僕らを倉庫に連れて行こうとした。
 既に倉庫がばっちり確保されているとは、準備万端だな……。

「「おにーちゃん」」
「ん?」

 アレンとエレナが僕の服のすそを引っ張った。

「「どこいくのー?」」
「大きい蛇が出せる場所だって。疲れた?」
「「だいじょーぶ」」
「そっか。あと少しで終わるから、もうちょっと待っててな」
「「うん、わかったー」」

 僕はアレンとエレナの頭を撫でてから、二人を連れてルーナさんの後を追った。
 そうそう、僕が預かるかたちで保管していたイビルバイパーは、騎士団と三組の冒険者パーティ全ての人達が権利を放棄した。タクミの戦利品にしてくれ、と言って。
 イビルバイパーの皮は、斬撃や魔法への耐性がある優れもの。骨はとても硬く、武器や防具の素材にもってこいだ。血や内臓は薬の材料となり、肉は高級食材。質も良いし、巨大なたいであるため量もある。
 これらの素材を全部売れば、とんでもない金額になるはずだ。
 さすがに一体丸々受け取るのは抵抗があったため、遠慮したんだけど……誰も取り合ってくれなかった。
 そんなわけで、イビルバイパーは僕が全て貰うことになったのだ。

「ここよ」

 僕達が案内されたのは、ちょっとした体育館くらいの大きさの建物だった。ここがギルドで一番広い倉庫のようだ。
 確かにこれだけの広さがあれば、イビルバイパーをぐに伸ばすことはできないにしろ、胴を少し曲げれば充分に置ける。
 ルーナさんがあらかじめ声を掛けていたのか、解体するための職員達が既に集まっていた。
 ……うん、やる気満々だな。
 まあ、あれだけ大きい魔物を買い取ろうとするなら、解体要員くらい用意しておくか……。
 だが、先に確認しておかないといけないことがある。

「ルーナさん、イビルバイパーの素材は自分達用にも残しておきたいんですけど……」

 必要性を感じなかったから、僕達は今まで防具類を着用していなかった。
 普通のシャツとズボン、ジャケットに厚手のブーツ。あとはシルから貰った魔道具の装飾品を着けていたくらいで、いかにも〝冒険者です〟といった格好はしていない。
 アレンとエレナも似たような服装だ。
 だけど今回のガヤの森の遠征で、アレンとエレナが不意をつかれたとはいえ魔物の攻撃を受けたのを見て、やはり装備を一式揃えたほうがいいかなぁ、と思った。
 重苦しい鎧はあり得ないけど、革製の胸当てとか、とか……。身体の一部分だけでも守れそうなものを用意しようかなと思っている。
 あとは、ほぼ蹴りで戦うスタイルのアレンとエレナのために、頑丈なブーツもだね。
 それらを作るなら、イビルバイパーの皮はもってこいの素材だろう。

「んぐっ! 全部ではないですよね!? 少しは売ってくれますよねっ!?」

 僕がイビルバイパーの素材売却を渋ると、ルーナさんが喉を詰まらせて慌てだした。
 随分取り乱しているけど、イビルバイパーの素材が手に入らないとそんなに困るのかな?

「あの、何かあるんですか?」
「実は……遠征でイビルバイパーを倒したという噂を聞きつけた商人ギルドの人達から、しつこく買い付けの連絡が来ているんです」

 ああ、そういうことか。
 たぶん、同行した冒険者パーティや騎士達がどこかで話したのを聞いて、すぐに冒険者ギルドに問い合わせたのだろう。
 イビルバイパーの素材は高価だが、それでも飛ぶように売れるって話だしな。
 確実にもうかる素材だ。利にさとい商人が欲しがるのは無理ないか。

「大きいですからね。もちろん、僕達だって全部必要ってわけじゃないですから、必要な分以外はちゃんと売りますよ」
「本当ですか! ありがとうございます!」

 僕は自分達が使う分くらいの素材があれば問題ないので、それ以外はもともと売る予定だった。

「じゃあ、出しますよ」

 話が決まったところで、早速取りかかろう。
 イビルバイパーの血も大事な素材なので、《無限収納インベントリ》から取り出す時には、胴の切り口があらかじめ用意されていた器の上に来るように気をつけた。
 倉庫内に出されたイビルバイパーのたいを見て、「うわ~」「……大きい」「すげぇ!」と、職員達の口から言葉が漏れる。

「ほら! みんな、呆然としてないで解体を始めてちょうだい!」

 ルーナさんの声で我に返った職員達が、一斉にイビルバイパーにナイフを突き立て始めた。
 僕の気のせいでなければ、ルーナさんが人一倍大きな声を張り上げて驚いていたはずなんだけどな……。それなのに、冷静に指示を出すなんて……さすがプロだ~。
 ルーナさんの切り替えの速さに呆気に取られている間に、イビルバイパーの皮はどんどんがされていった。
 イビルバイパーの表皮は、生きている時より死後のほうが格段にさばきやすくなる。
 とはいっても、ミスリルやオリハルコンみたいな上質な素材で作られたナイフでないと刃が刺さらないし、それなりに力が必要なので解体するのはとても大変そうだ。

「解体には時間がかかるわ。どこをどれだけ売却するか、買い取り金額はいくらかなどの話は、解体が終わってからしましょう。素材は一旦ギルドの倉庫で保管しておくので、明日また来てくれるかしら?」

 確かに、解体が終わるまでには結構な時間がかかるだろう。
 その間、ずっと待っているとなると、アレンとエレナが退屈しそうだ。
 ギルドに任せてもいいのなら、そのほうが僕としてもありがたいな。

「わかりました。あと、これも売却でお願いします」

 僕はルーナさんの提案を了承し、売却しようとしていた素材――レッドウルフにブラッディウルフ、ジャイアントボア、グレートモンキー、あとは薬草各種を《無限収納インベントリ》から取り出した。
 遠征で得たものだけでなく、エーテルディアに来た当初にガヤの森で手に入れた魔物もこっそり交ぜたが、そんなに量は多くないし、一緒に売却してしまってもバレないだろう。

「きゃーーーーー!!」
「「うにゃ!」」

 僕が取り出した品々を見たルーナさんが喜びの悲鳴を上げた。
 その声にアレンとエレナが驚いて僕の足にしがみつき、毛を逆立てたねこのようになっている。

「アレン、エレナ、大丈夫だよ。ほら、落ち着け~」
「「うにゅ~」」

 まあ、少し撫でてあげたら警戒を解いたけどな。
 イビルバイパーを解体していた職員達も何事かと手を止めてこちらを見ていたが、僕の出した素材を見て納得したのか、一瞬目を丸くしたものの、すぐに解体作業へと戻った。

「ガ、ガヤの森の素材がこんなにぃーーー!! いいの? いいの? タクミさん、これ全部買い取りで構わないのね!?」
「え、ええ」
「本当ね!? もう取り消しは受け付けないわよ!」

 ルーナさんは嬉々ききとして、素材を別の倉庫へ運ぶように指示を出す。
 今、出した素材の売却金も、明日まとめて支払われることになったので、僕達は倉庫を出ようとしたのだが――

「あっ、ちょっと待って! うっかり忘れていたんだけど、職人ギルドの木工部門の部門長がタクミさんに会いたいって言っていたわ」

 ルーナさんに止められ、そう告げられた。
 職人ギルドとは、その名の通り職人達が登録するギルドで、所謂いわゆる、商工会のような組織だ。
 その組織の中では、職種ごとに部門が分けられている。
 たとえば――
 木工部門――大工や家具職人など、木材加工を専門とする職人が集まる。
 鍛冶部門――剣や槍といった武器や、鍋やフライパンをはじめとした調理器具など、金属加工を専門とする職人が集まる。
 調理部門――料理人やパン職人など、食を専門とする職人が集まる。
 医療部門――治療師や薬剤師など、医療を専門とする職人が集まる。
 ――などなど、他にも各種様々な部門がある。
 職人ギルドは情報の共有と統制をしたり、各部門に仕事や弟子をあっせんしたりして、職人同士に繋がりを持たせ、技術を発展させようとしているのだ。

「職人ギルドが僕に会いたい、ですか?」
「ええ。タクミさん、ガヤの森の大木を持ち帰っているのでしょう? たぶん、それを売って欲しいって話だと思うのだけど……」

 えっ!? ルーナさんは、僕が魔法で切り倒してしまった木を回収していることまで知っているんですか?
 しかも、冒険者ギルドだけにとどまらず、それが職人ギルドにまで伝わっているってことですよね?
 イビルバイパーとか、木のこととか……どれだけ情報が駄々漏れなんですか……。
 いや~……人の噂って凄いな……。広がり方が尋常じゃない。
 だって、遠征が終了してからまだ一日しか経っていないんだよ?

「……わかりました。職人ギルドにはこれから行ってみます……」
「そう? じゃあ、よろしくね」

 僕は情報の漏洩っぷりに肩を落としながら、冒険者ギルドを出た。
 職人ギルドはここから大して離れていないから、今から行って相手の用件を聞いてしまったほうが手間にならないだろう。

「アレン、エレナ。行こうか」
「「はーい」」

 ◇ ◇ ◇


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