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第一章:『滅びし王国の平原』

【第4話】

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「ローランさん、でしたね……先ほどは失礼な事を言ってしまい申し訳ありません」
 数日前、父のランベルト伯爵の領内を馬車で移動中に賊の強襲を受けて誘拐されたフローレンスお嬢様。
 賊に身ぐるみ剥がれて縛られ、箱に閉じ込められて眠らされている間に領内の禁足地である『滅びし王国の平原』に連れ込まれていた彼女は長時間の薄着で冷えた体を温めるために半魔族の青年・ローランの着替えを着用。

 そのまま賊が残していった馬車にブラッディラフレシアの魔石と共に搭乗し、馬車馬としてこき使われていたナナシノゴンベエ(仮称)が引く馬車の御者兼護衛として共にお父様の御屋敷に向かうローランにお嬢様はお礼を言う。
「いえいえ、賊が残していったこれしか移動手段がなかったとは言え……揺れますけど我慢して下さい。ところでさっき、お嬢様は僕の事を『半魔族』って呼んでましたけど、それはどういう意味なんでしょうか?」
「……もしかしてローランさまは、覚醒時に記憶を失っていらっしゃるんでしょうか?」
「まあ、はい。そこもあいまいなんですが……多分そうです」
 おばあ様の祖国にしてひいおじい様の王城が打ち捨てられて廃墟と化したのみならず、『滅びし王国の平原』と呼ばれて禁足地認定されて人々に恐れられていた事。
 さらに多くの魔物が生息する自身の故郷でも数百年に一度の大災害レベルで超巨大化して固有能力まで獲得していた植物魔物……おばあ様が魔界復興に勤しんでいた数百年間で人間界に何があったのかは分からないものの、暴魔王を倒した聖女騎士ユディタ様の孫にしてレオルアン王の血筋だと名乗るのは避けた方がいいと察していたローランは曖味に答える。
「そうだったんですね、失礼な事を言ってしまいごめんなさい」
「いえ、いいんです。それよりも半魔族覚醒と言うのはどういう事なんでしょうか?」
 ナナシノゴンベエの手綱を取りつつ、安全な野営地を探すローランはお嬢様に聞く。
「ええと、万物師である父が言うには……」
「ばんぶつし?」
「あっ、その説明も必要でしたね。万物士と言うのは鉱物や植物、陸海空に住まう生物の生態を知る事でこの世の理を探ろうと言う実践的観察とフィールドワークを重んじる研究者の総称です。
 半魔族と言うのは聖女騎士ユディタ様の死後、百年ほど経ってからその存在が確認され始めた存在。何らかのきっかけでこの世界を構成する元素に干渉できる強力な生体エネルギー『魔力』を感知し、操作できるようになる能力に目覚めた人々で、その特徴として人非ぎる銀色の髪を持つそうです」
「なるほど、そうなのか……じゃあ僕もそう言う存在なんだな」
 人間界にも後天的ながら魔界人と同じ力を持つ者が一定数以上いると言う事実。
 おばあ様や父上に報告すべき最重要事項と認識したローランは記憶にきっちりとメモする。
「ええ、多分そうだと思います。半魔族に関してはまだ研究が進んでいないそうなのでここから先は万物士の間でも仮説の域を出ない推論らしいんですけど……それが人間ではなく野生生物に出現した場合、あの人喰い植物のようなバケモノになるとも言われています」
(フローレンスさんの御父上や万物士なる研究者グループがどの程度の人々かは分からないが、この事実に気づいているとは中々ハイレベルな人々だな……)
 先刻倒した巨大植物魔物の魔力反応と馬車で移動中に見かけた動植物の魔力反応を比較してその事実を把握出来ていたローランはまだ見ぬ万物士なる人々の探求心と研究水準の高さに感心する。
「ブルルル・・・・・・」
「ナナシノゴンベエ、どうした?」
 急に馬車を引くのを辞めて足を止め、鼻を鳴らすナナシノゴンベェ。
 あっちを見ろとばかりに尻尾を左に振りながら首も左に向けるその様に2人はつられてそちらを見る。

 左側に見える平原の丘、地平線の向こうから馬に乗って駆けてくる鎧兜の兵士達。
『賊共に告ぐ!! お前達は完全包囲されている!! 無駄な抵抗をせずに誘拐したお嬢様を解放しろ!!』
「えっ、ええ?」
 大音響で叫びつつ、一気にローランとお嬢様を乗せた馬車を取り囲んだ兵士達。
 鎧上に紋章入りのマントを羽織った人物の指揮で瞬時に長槍を構えた兵士達はその穂先をローランに突き付ける。
「その声はシュタイン君!?」
「お嬢様、ご無事で何よりです! 動くな半魔族!!」
 馬車後部から顔を出した男装のフローレンスお嬢様を抱きかかえるように下ろして保護した鎧兜の騎士達はホールドアップしたローランとナナシノゴンベエを威嚇する。
「ええと、待ってください。僕はこの平野に住まう巨大植物魔物を倒してお嬢さんを助けた流浪の者でして……」
「ブヒヒヒィィン!! ペッ! ペペッ!!」
 穏便に事情を説明するローランに構うことなく騎士達の兜に臭いタンやツバを吐きかけて抵抗するナナシノゴンベエ。
「この駄馬野郎!! タンツバを吐きやがる!!」
「なんて臭いだ、クソッ!!」
 地味ながらも確実に効いている嫌がらせ攻撃にナナシノゴンベエは口をもちゃもちゃさせて唾液を追加分泌させる。
「この人は命の恩人よ!! だから乱暴はやめて!」
 そこに慌てて駆け寄る男装お嬢様の絶叫も相まって事態は混迷を極める。
「お嬢様それはどういう事で?……半魔族、とにかく一緒に来てもらおう。事情は町の詰め所で聞かせてもらうぞ!!」
 ナナシノゴンベエがまき散らすタンツバ攻撃の異臭に耐えつつシュタイン兵士団長は部下達にローランとナナシノゴンベエの捕縛を命じる。

【第5話に続く】
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