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第一章:『滅びし王国の平原』

【第5話】

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 イノメ王国領、東方ののどかなド田舎県・イサ地方の首都イサ。
 周りを畑に囲まれた首都とは名ばかりの田舎町の一画に設けられた駐屯兵士宿舎内にある罪人用の牢獄。
(……なるほど、こういう辺りはおばあ様の時代からあまり変わってないみたいだな)
 領主の娘を誘拐した賊の一味の嫌疑をかけられて投獄されたローラン。
 捕縛される前におばあ様の聖剣を含む貴重品は全て別次元に設けられた収納空間『無限収納の奇跡』で隠して無事なのはさておき、『滅びし王国の廃墟』となっていたレオルアン王国、『魔力』に目覚めて巨大狂暴化する動植物に半魔族化する人間が存在すると言う事実……。

 おばあ様の故郷たる人間界に来てから休む間もなく衝撃の事実に向き合い続けて来たローランはぼろ布のシャツと手枷の囚人にされつつも三食屋根付きの冷たい石の間でうとうとしながら思考を体ませていた。
「ご領主様にお嬢様! ご足労いただきありがとうございます!!」
「うむ、日々治安維持に尽力ありがとう!! 例の彼は……」
「シュタイン君、酷い事してないでしょうね!?」
「はいっ!! それは大丈夫でございますので、ご案内いたします」
 あのお嬢様の声と聞き覚えのある声、そして初めて聞く男性の声、こちらに向かってくる足音にローランは薄目を開ける。
「ローラン様、ご無事ですか!?」
「はい、この通り無事です……見苦しい物をお見せしてすみません」
「君が娘の命の恩人にして我が領民の命と財産を脅かしていた巨大植物魔物を倒してくれた……記憶喪失の半魔族君か!!」
 あの時ローランを捕縛し、取り調べも担当したシュタイン兵士団長と共にやって来た40代と思しき正装で痩せ気味ながらも逆三角形に鍛えられた壮年男性。
 好奇心を抑えきれないとばかりに目を輝かせながら格子に身を寄せて来る男性にローランは思わず後ずさりする。
「お父様!!」
「うむ、失礼いたしたローラン殿……私はこのイサ地方領主にして万物士でもあるランベルド・ライド伯爵。この度は賊にさらわれた娘を助けるのみならず、長年に渡り『滅びし王国の平原』を占拠して多くの領民の命を脅かしてきた巨大植物魔物を討伐いただき本当にありがたい限りです」
「はい、こちらこそ……お褒めにあずかり光栄です」
 丁寧に頭を下げて来る領主様と兵士団長に立ち上がったローランも下げ返す。
「先日、例の平野に派遣した兵士達が運んできた巨大植物魔物の骸を解体調査したところローラン殿の証言どおりその胎内からミイラ化しつつも未消化の賊3人が見つかり、娘の言動も偽りなく、ローラン殿がかの遺跡で見つけたと言うあの王国の紋所入りの着衣も盗品で無い事が証明され、犯罪歴も確認完了……つまりはローラン殿の無罪が証明されたのです」
「それは良かったです……フローレンスお嬢様、ありがとうございます」
「ローラン様こそご無事で良かったです!!」
「そこで魔物討伐報酬のお渡しと娘を助けていただいた感謝の気持ちも込めて我が屋敷にご招待いたしたくお迎えに参ったのです。兵士団長、すぐにローラン殿の御出立の準備を」
「かしこまりました!!」
 牢の鍵を開けたシュタイン兵士団長とその部下達はすぐにローランの手枷を外し、没収していた衣服や荷物を運んできて身支度を手伝う。

 それから数時間後、夜。
「ランベルド様、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「うむ、私に分かる事であれば」
 イサ地方の首都、イサの町にある領主邸。
 娘の命の恩人にしてタタリ神のような巨大魔物を討伐した半魔族の青年・ローランを自邸に招き、晩餐を終えて共に自室でくつろいでいた領主は答える。
「あの『滅びし王国の平原』にあった都市廃墟は……かつて魔王を倒した聖女騎士様がお生まれになったレオルアン王国で間違いないのでしょうか?」
「ああ、その通り」
「やはりそうだったんですね……この数百年の間にレオルアン王国を合め人間界で、何があったのですか?」
「数百年? 人間界?」
 首都から離れたド田舎である事はさておき『滅びし王国の平原』が含まれるが故に敬遠されがちなイノメ王国東方にあるイサ地方領主と言う名の地方長官ポスト就任が決まった際、特別許可を得て領内の禁足地『滅びし王国の平原』とレオルアン王国、魔王を倒した聖女騎士様の過去に関わる国家機密情報資料閲覧を許されたランベルド伯爵。

 彼から口外厳禁のそれを堂々と聞き出そうとするのみならず別世界から来たこの世の者ではないとでも言わんばかりの物言い。
 半魔族覚醒時に記憶喪失となって流浪の日々を送っていたにしては違和感のある言動に領主は一瞬考える。
「逆に聞くが……なぜローラン殿はそれを知りたいのかね? なにかそれに君の失われた過去のヒントでもあるのかな?」
 言動も所作も洗練されたイケメン紳士とは言え相手は何かのきっかけで異能に目覚めた半魔族、それを意識しつつ領主は探りを入れ返す。
「ええ、実は……」
 誰にも盗み聞きされていないことを確かめたローランは自身の出自と人間界に来た理由、これまでの経緯を話す。

【第6話に続く】
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