HOPES CROSS

SIYO

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HOPES CROSS

第五話 10年後…

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第三話 襲撃

「な、なあ、イアン」
「……ああ、マーグル先生がいない」

普段は廊下の片隅で目を光らせている先生の姿がない。その異常な静けさは、二人の好奇心をさらに掻き立てた。

「今なら誰にも邪魔されずに、先生の秘密の部屋に忍び込めるかもしれない」
クレイブが囁くように言う。

時折、雷鳴と稲光が窓から廊下を不気味に照らしていた。長い廊下の突き当たりを右に行けば、秘密の部屋がある。クレイブは辺りに注意を払いながら、イアンを連れて忍足で廊下を進んだ。

「誰かいますかー?」
小さな声でクレイブが問いかける。しかし、返事は静寂だけだった。

「なんか、変じゃない?」
イアンは不安そうに呟きながら、クレイブの背後に隠れるように歩く。

クレイブは無言で耳を澄ませた。そのとき――

グルル……

獣の唸り声が背後の廊下から聞こえた。二人が慌てて振り返ると、不規則な稲光に照らされた廊下に巨大な影が映った。

「なんだ、あれ……!?」

驚きを押し殺し、イアンの手を取ったクレイブは秘密の部屋のドアノブに手をかけた。しかし、鍵がかかっていて開かない。

「くそっ!」
焦る二人に近づいてくる唸り声。二人がかりで扉をこじ開けようとするが、ドアは微動だにしない。

ヒタ……ヒタ……

足音が迫る。二人が振り返ると、廊下を埋め尽くすほどの大きな狼のような怪物がこちらを睨んでいた。

「来るなぁ!」
クレイブはイアンをかばうように前に出るが、怪物が手を伸ばす――その瞬間。

ズガァン!!

爆発音が怪物の背後から響き、砂煙が廊下を覆う。怪物が振り向くと、そこには中世の騎士の鎧をまとった存在が立っていた。盾を携え、片手に長剣を構えるその姿は、二人の想像を超えていた。

その騎士の姿を目にした瞬間、クレイブは頭を押さえた。
彼の脳裏に、孤児院が襲撃された過去の記憶が蘇る。

騎士は無言で怪物に向かって突進する。鋼と爪がぶつかり合う激しい音が廊下に響く中、二人は何とかその場を離れる隙を窺っていた。

しかし、怪物が再び二人に覆い被さろうとする。その時、騎士の剣が怪物の腹を突き抜け、イアンの目の前で止まった。

「二人とも!早くこっちに来なさい!」
「先生!!」

崩れた壁の向こうで手を振るマーグル先生の声に、二人は無我夢中で走り出した。

マーグルはイアンを抱きかかえ、クレイブの手を引きながら孤児院の外へ向かった。建物はあちこちが崩れ始め、怪物の雄叫びが夜の闇に響き渡っていた。

孤児院の外では、SIC財団の職員たちが待ち構えていた。

「マーグル!こっちだ! 二人は無事か!?」
職員の一人が叫ぶと、マーグルは深く頷いた。

「ええ! レオンが奴と戦っているわ! 援護に向かって!」

職員たちは迷わず武器を手に建物内へ向かった。

「マーグル先生……」
不安げな二人の肩に手を置き、マーグルは微笑みかける。
「大丈夫よ。彼らは私よりずっと強いんだから」

数時間後。
負傷した職員を背負いながら、上半身裸の男が現れる。

「レオン!」
マーグルが駆け寄ると、男は笑いながら親指を立てた。
「全員無事だ。ただ、奴には逃げられた」

「ここもまた、いつ襲撃されるか分からないわ。急いでSIC財団本部に向かいましょう」
マーグルの提案に、レオンは軽く頷いた。

孤児院の外での戦闘がひとまず収まり、SIC財団の職員たちとマーグル、子どもたちは本部への移動準備を進めていた。しかし、その穏やかな時間は長くは続かなかった。

突然の矢撃ち

職員たちが荷物をまとめている最中、暗闇の中に光の粒が一瞬だけ閃く。それに気付いたのはマーグルだった。

「伏せて!」

彼女の叫びと同時に放たれた水色の矢が彼女の腹部を貫いた。
「マーグル先生!」

イアンとクレイブが声を上げるが、マーグルは苦痛に顔を歪めながらも振り返らず叫ぶ。

「二人とも!早く隠れなさい!」

SIC職員たちは銃を構え、矢が飛んできた方向に向けて一斉射撃を開始。しかし、暗闇の中に敵の姿は見えない。

レオンが矢をへし折り、マーグルの傷口から引き抜くと特殊な医療パッドを当て、応急処置を施した。

「先生、しっかり!」
イアンは泣きそうな顔でマーグルの手を握りしめた。

マーグルは弱々しく微笑みながら、震える声で言う。
「大丈夫……まだ生きてるわ。イアン、クレイブ、必ず……無事でいて……」

イアンの覚醒

マーグルの手が力なく落ちるのを見た瞬間、イアンを激しい頭痛が襲う。まるで脳内を何かが引き裂くような感覚。

「先生……先生!」
イアンの絶叫が夜空に響き渡る。

彼の両腕から眩い光が放たれ、周囲の空気が一瞬にして震えた。その光景に、クレイブとレオンは驚愕する。

「おい、イアン……?」

次の瞬間、イアンの体が黒い鎧に包まれていく。その鎧の隙間から青い炎が吹き出し、異様な力が彼を覆っていた。その姿は、孤児院で二人を救った謎の騎士に酷似していた。

クレイブはイアンの姿を見て、動揺が隠せなかった。

数年前、クレイブはまだ家族と一緒に孤児院で暮らしていた。しかし、その日、突然の襲撃が彼の人生を狂わせた。

孤児院と周辺の村が炎に包まれ、彼は暗闇の中で隠れるしかなかった。そして、その混乱の中で目撃したのが、青い炎を吹き出す「鎧の怪物」だった。

「その時、俺は確かに見たんだ。青い光と鎧……あいつが全てを破壊していた!」

その怪物は暴走しているように見え、周囲のすべてを焼き尽くし、家族同然だった孤児たちを次々に巻き込んでいった。

彼は物陰からただ見ていることしかできず、家族を失う無力感を抱えながらその場を逃げ出した。

クレイブは目の前にいるイアンの姿と、その記憶が重なっていく。

クレイブ(内心)
(まさか……いや、そんなことがあるはずがない。でも、あの時の怪物の姿が……!)


イアンの視線が狙撃手の位置を正確に捉える。
闇の中、建物の避雷針に不自然な影が見えた。弓を構えた異形の存在――魔人だった。

職員たちの銃弾が魔人に向けて放たれるが、魔人は軽々と躱しながら動き回る。そして静かに矢を構え、再び放とうとしたその瞬間――

イアンが呻くように呟く。
「渦動の剣よ……」

何もない空間から青く輝く粒子が集まり、剣の形を作り出す。それを手にしたイアンは魔人に向かって冷徹な目を向ける。

魔人との戦闘

イアンは宙に散らばる瓦礫を光の粒子で包み、高速回転させると、魔人目がけて一気に放った。

魔人はそれを全て撃ち落とし、砂煙の中から姿を現す。そして挑発するような素振りをしてみせた。

「イアン!挑発に乗るな!」
レオンが叫ぶが、イアンの耳には届かない。

鎧から吹き出す青い炎が紫に変わると、イアンは雄叫びを上げながら魔人に突進する。

-Virzal ra Fyngra, val Kir'thez Dolm-

魔人が謎の言葉を唱えると、無数の光の矢が生み出され、イアンに向かって雨のように降り注ぐ。
しかし、その矢はイアンに届くことなく、不思議な力に弾かれるように軌道を逸らされていく。

「……!?」
魔人は驚きの表情を浮かべた。

矢の弾幕をすべて跳ね返し、イアンは剣を振り上げた。刀身に光の粒子が集まり、空を切り裂くように剣を振り下ろす。

光の刃は魔人を捉え、左肩から右胸にかけて深い傷を負わせた。

-Vyr’zal ara Thrynmor, Mal’thazar Ra’qun-

魔人は苦痛に顔を歪めながらも、再び謎の言葉を唱えると、夜の闇に溶け込むように姿を消した。

「くそっ……逃げられたか」
レオンが歯ぎしりをする中、イアンは変身したまま頭を抱え込み、暴れ始める。

「やれやれ。元気な子供たちだな」

背後から聞き慣れた声が響く。振り返ったクレイブとレオンは驚いた表情を浮かべた。

「ドルマンさん!?」「じいちゃん!」

ドルマンは鋭い目で暴走するイアンを見据え、ゆっくりと剣を抜く。

「イアン!私の声が聞こえているなら、変身を解除しろ!」

イアンの暴走を止めるべく、ドルマンは光の刃を切り伏せながら着実に彼に近づいていく。

ドルマンがイアンに迫る中、イアンは完全に鎧の力に支配されていた。青い炎がさらに勢いを増し、周囲の瓦礫を巻き上げて宙に浮かせる。

「くそっ……力が増している!」
レオンが焦った声を上げるが、ドルマンは冷静だった。

「イアン、聞こえるか? 自分で変身状態を解除する方法を模索しなさい」

しかし、その声はイアンには届かない。鎧を纏ったイアンは低く呻きながら剣を構え、ドルマンに向かって光の刃を放った。

ドルマンは即座にその刃を斬り払いながら、イアンにさらに接近する。

「さすがじいちゃんだ……」
クレイブが呟いたが、その目には恐怖が浮かんでいた。

「これはただの魔力ではない……」
戦いの中で、ドルマンはイアンの鎧を注意深く観察していた。そして確信する。

「この鎧は、アトランティスの遺物……」

ドルマンの中で、過去の研究や文献で見た断片的な情報が結びつく。
「だがこれは……寄生型の遺物か。人間と融合するタイプなど聞いたことがない……」

ドルマンは考えを巡らせながらも、イアンの剣の猛攻を次々とかわし、反撃の隙を狙っていた。そして一気に間合いを詰めると、イアンの胸を斬りつけた。

「これは効いたかな?」

だが、イアンの鎧の隙間から吹き出した青い炎が傷口を瞬時に塞ぎ、再び再生を始める。

「厄介な代物だ……」
ドルマンは剣を鞘に戻し、一歩下がって体勢を整える。
「では、斬り剥がすのはどうだろうな?」

その頃、イアンの心の中では、彼自身が巨大な暗闇の中で蹲っていた。

水音、そして花火のような音が繰り返し聞こえる。彼は黒い両腕を握りしめ、声を上げた。

「また誰かを傷つけてしまう……!」

血に染まった手と、泣き叫ぶ声――孤児院での過去の記憶がフラッシュバックする。

(僕が……僕が皆を殺したんだ……!)

-そうだ…お前は殺戮者だ-

暗闇の中で不気味な声が響き渡る。イアンはその声の主を探そうと辺りを見回すが、何も見えない。

「君は誰なんだ!?」

その問いに答えはなく、ただ自分の心臓の鼓動が聞こえるだけだった。

「私の可愛いイアン……」

女性の声が耳に届いた瞬間、イアンは顔を上げる。

「母さん……?」

その声が心の中に微かな光を灯すが、イアンの中に渦巻く憎悪と恐怖は収まらない。

外の世界では、ドルマンがイアンの暴走を止めるための策を練っていた。

「イアンがこの状態から抜け出せないなら、鎧の力を限界まで消耗させるしかない……」

ドルマンは再び剣を抜き、光の刃を斬り払いながらイアンに近づく。そして、大きく息を吸い込むと叫んだ。

「イアン!お前の意思で立ち上がれ!」

その声は、ほんの一瞬だけイアンの心の中に届いたようだった。

心の中で「母さん」の声を聞いたイアンは、薄暗い光に向かって立ち上がる決意をする。

(僕は……殺戮者じゃない!)

その思いとともに、イアンの中にあった青い炎が一瞬弱まり、彼の体を覆っていた鎧が揺らいだ。

ドルマンはその隙を見逃さず、イアンの胸元に剣を突きつけた。

「目を覚ませ、イアン!」

突き刺すことなく止められた剣先。その感覚が、イアンの意識を現実へと引き戻した。

鎧が音を立てて崩れ落ち、イアンの身体がその場に倒れ込む。青い炎は徐々に消え去り、静寂が訪れる。

戦闘後、イアンが変身を解除すると、鎧が音を立てて崩れ落ちた。その姿を見たクレイブは確信に変わる。

「……やっぱり……お前だったのか……!」

その言葉に、イアンは驚きの表情を浮かべる。

「僕……?」

クレイブは拳を握り締め、イアンに掴みかかると、その顔面に拳を叩き込む。


「俺の家族を殺した怪物はお前だったんだな!」
冷たく怒りに満ちたクレイブの声が夜の闇に木霊した。

「おい、クレイブ! 何を言ってるんだ!」
レオンは殴り飛ばされたイアンを支えながら叫ぶ。

「どういうことだ?」
ドルマンは二人の間に入りクレイブを制止する。

クレイブは怒りで震えながら、孤児院で起きた出来事を語り始める。
「あの時、青い炎を吹き出して、俺たちの孤児院を滅茶苦茶にした鎧の怪物……それがコイツだったんだ!」

イアンは拳を握りしめ、自分の記憶の断片を思い出そうとする。

「レイブス、お前のことが好きだった妹ララ達も!全部、全部!お前がっ!!」
嗚咽混じりの叫びがイアンの耳を引き裂く。
ドルマンが必死にクレイブを抑える。

「僕が……? 違う……そんなこと……!」

クレイブはさらに怒りを爆発させる。

「記憶が曖昧だってか?それで済むと思うなよ! お前のその鎧……俺の記憶に残っている姿そのものなんだ!」

イアンは何も言い返せず、ただ俯く。

ドルマンは黙ったまま気力無く、蹲るイアンに視線を落として瞼を閉じた。

クレイブは歯を食いしばりながら握り拳のまま、蹲るイアンに向かって言い放つ。

「俺はお前を許さない」
クレイブの殺意を込められた言葉にイアンは口をキツく閉じた。
溢れる涙を止めることもできず、レオンの優しい手にしがみ付きながら声にならない声で泣き叫んだ。


後日…SIC財団本部にて…


ようこそ!イアン君!
君を歓迎するよ!
私の名前はアルバンドラ・カフマン

カフマンって呼んでくれ!

兄弟同然だったクレイブとの最悪の別れ。
自分の力と真実を求め、一寸先も見えない闇に足を踏み入れる。
新たに迎え入れられたSIC財団本部。
そこでは、イアンと同じように特殊な力を持つ少年少女たちが、己の力を高め合い、切磋琢磨していた。


次回…「名はギルバート」
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