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第1編 〜私はあなたのことが好きです〜
瀬戸あかりっていいます
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坂道を駆け上がる。
荒い呼吸を繰り返す。
かれこれ十五分近くは走ってると思う。あまり運動は得意な方ではないから、動きが鈍いのが自分でもわかる。舗装されたコンクリートの硬い地面が足の裏に少しずつ痛みを蓄積させていく。
行き慣れない道を通って目的地へと向かう。あかりがあと少しと思い始めた頃、その目的地が視界に入った。『私立朝倉高等学校』だ。あかりは今年から朝倉高校に通うことになる。新品の紺色の制服が朝日に照らされ、綺麗に輝いている。
走るリズムに合わせて、肩下まである長く整った黒髪が左右に揺れている。
今日は待ちに待った高校の入学式なのに、朝から寝坊をしたあかりは、家から学校までの長く緩やかな坂を走り続けなければならなかった。
校門の前に大柄な男性が立っている。あれは学校の先生だろうか、と思っていたら、こちらに向かって大声で何か言っている。
「あと五分で式が始まるぞ、急げ!」
「す、すみません」
予想通り、学校の先生らしい。少し走るスピードを上げて、先生の横を通り過ぎる。同じように遅刻しそうで学校に向かって走る生徒が数人いる。校内には所々、体育館行きの矢印が描いてある看板があったので、迷うことなく体育館に向かうことができた。
しかし、ここで一つ問題が。体育館に入ると、すでに多くの生徒が並べられたパイプ椅子に腰掛けていて、これから始まる式に備えていた。あかりもそれにならってパイプ椅子に座ろうとしたが、自分のクラスを校門のところで確認することを忘れていた。
どうしよう、と悩んでいると近くから聞き慣れた声が聞こえる。声の方を見ると、そこには茶髪を長いリボンを使って後頭部でお団子にまとめている見慣れた顔が座っていた。
「あかりー、こっちこっち。アタシと同じクラスだったよ、あかりの席はそこ」
一色希望。彼女とは中学の頃に三年間同じクラスになり、たくさんお世話になった。おてんばで笑顔のまぶしい希望は、誰にでも優しく、クラスのムードメーカー的な存在だった。高校も同じで、どうやらクラスも同じようなので、今年もたくさんお世話になると思う。
「ごめん、ありがとう、希望」
小さな声でお礼を言い、パイプ椅子に腰掛ける。パイプ椅子特有のギシッという金属が軋む音が静かな体育館に響く。予想以上に大きな音が出たパイプ椅子に、あかりは顔を隠すように下を向く。そこで体育館前方から声が聞こえる。
校長先生と名乗る五十歳前後の男性が新入生たちに長い祝辞を述べ、体育館隅の教職員席に戻る。その後に前方に登壇したのは、茶髪のポニーテールを可愛らしく揺らしながら歩く女子生徒だった。目を細めてよく見ると、胸元のスカーフの色が赤色で、新入生の私たちとは色が違った。
その女子生徒は新入生の方を向くと、ニコりと笑い、話し始める。
「こんにちは。まずは新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。校長先生のお話で疲れたと思うので、楽な姿勢で聞いてください。私も気楽に話をしようと思います」
そこで体育館内でクスクスと笑いが起きる。校長先生の方を見ると、校長先生も少しバツが悪そうに頭をかきながら笑っている。
「それじゃあまず、自己紹介から。二年生の三好皐月です。一応、生徒会長をやらせてもらっています。あっ、ハンドボール部の部長もしてます。よければ女の子たちはハンドボール部見に来てね。」
急にくだけた話し方になった先輩に少し笑ってしまった。周りの新入生たちもリラックスした雰囲気で話を聞いている。
「皆さんはこれから高校生として、勉強や部活動、アルバイトをする人はアルバイトも、色々大変で充実した日々を送ると思います。それでも私から一言だけ。学校の行事は精一杯楽しんでください。絶対、多分、楽しめると思うから。」
最後に少し自信がなくなっているのは聞いていて面白かった。先輩も絶対と言い切るのは荷が重かったのかもしれない。それでも先輩は優しい口調を変えずに話していた。
「短いですが、私からは以上です。最後にもう一度、ご入学おめでとうございます。みんなこれからよろしくね。」
笑顔で締めくくり、自分の席に戻る先輩。そのあとは淡々と入学式が進んでいき、無事式が終了した。
新入生たちが、入学式の最中で発表された各クラスの担任教師の後について体育館を出て行く。
えっと私たちのクラスの担任は、どこへ?
気づいたら担任が見当たらない。周囲を見渡してみると、体育館の入り口に腕組みをして立っている男性の先生がいた。あの人がたしか担任だったはず。それにしても一人だけ先に行くなんて自由な人だなぁ。
「さっさと教室に行ってホームルーム終わらせるぞー」
そう言うと、けだるそうに若干パーマのかかった髪をかきあげる先生。顔立ちがとても整っていて、さぞおモテになるのでしょう。着慣れていないのか、スーツのネクタイを緩めている。廊下を歩いている間もあくびをしながら生徒たちと会話をしている先生。
ふと右を見ると、廊下の窓から中庭の大きな桜の木が見えた。思わず立ち止まって凝視してしまっていた。花びらの散るその光景は、映画のワンシーンではないかと思うくらい美しかった。
教室に着くと、黒板にそれぞれの出席番号と座席の書いてある紙が磁石で貼り付けられていた。あかりは、窓側2列目の一番前の席だった。正直一番前の席はあまり好きではなかったから少しショックだった。希望は窓側一列目の前から二番目だったから、近くてすごく嬉しい。希望と両手を握り合って喜ぶ。
「やったね、あかり! 席近くだよ。」
「出席番号近いから最初は近くになりやすいよね、よかったぁ」
「クラスの人たちともすぐに仲良くなれるといいね」
希望はすぐにクラスの人たちと打ち解けるだろうなぁと思いつつ、周囲を見てみる。クラスではすでに幾つかのグループが形成されていて、その輪に入るのはなかなか難しそうかな。
「でもあかりにはアタシがいるから!」
「ありがとう希望~」
ニコッと笑いながら抱きついてくる希望。彼女のお団子からはみ出ている髪の毛とリボンがぴょこんと跳ねて、可愛い。しかし、女の子特有の柔らかな二つの膨らみがあかりの絶壁にくっつき、精神的な大ダメージを与えてくる。これが格差社会。
「それにしてもうちのクラスの担任はイケメンだよね。驚いたよ」
「希望はあぁいう人好きだもんね」
「うん! 彼女とかいるのかな?」
「あはは…。希望は積極的だね」
目をキラキラさせながら言う希望に少し苦笑いする。先生は教室のドアを閉めると、教壇の前に立ち、話し始める。
「よーし、お前らー、席に着いたな?」
先生は黒板にチョークで名前を書いていく。カツカツというチョークと黒板のぶつかる音が教室に響きわたる。
「改めて、入学おめでとう。俺の名前は弥富慎吾だ。一年間このクラスの担任をさせてもらうことになった。よろしく。」
すると弥富先生は教室の前方、左隅に置いてあるパイプ椅子に座り足を組んだ。
「いきなりだが、名簿順に自己紹介を頼む。名前と、趣味とか、適当に言ってくれればいいから」
そう言われクラスが少しざわついた。あかりは人前に立つのがあまり得意な方ではないため、俯き加減で自己紹介をすませた。無事自己紹介もクラス全員分終わり、弥富先生が再び教壇に上がる。
「今日の予定は以上だ。各自校内を見学するもよし、部活動を体験するのもよし、帰宅するのもよし。自由にしてもらって構わない。と、いうことで、解散」
その言葉を聞き、クラスメイトたちは席を立ち、教室を出て行ったり、おしゃべりを楽しんでいる人もいる。あかりは立ち上がり、さっき廊下で見かけた桜の木を見に行こうと荷物を持ち上げる。すると希望が後ろから声をかけてきた。
「あかり、どっか行くの?」
「うん。さっき廊下から大きな桜の木が見えて、近くで見てみようかなぁって」
「それじゃあアタシも見に行こうかなぁ、どうせ暇だし」
廊下ではいろいろな生徒たちの話し声が聞こえる。そんな中でふと聞こえた恋の話。青春だ、とあかりは思う。
しかし、それはあかりにはまだ知らない感情の話だった。
中学の頃、友達と恋バナをしたことはあった。友達の楽しそうな会話にあかりは、自分もいつかそんな楽しそうに話をしたい、と思った。中学の頃に二人の仲のいい男の子から告白されたが、全く気持ちは高揚せず、結局断ってしまった。
私にはいつ恋という花が咲くのだろう?
誰かを好きになるってどういう気分なんだろう?
そうあかりは考えてしまう。興味があっても、未だにあかりには訪れない感情。
物思いに耽りながらも、希望と一緒に桜の木のある場所に向かう。そして中庭に行ける渡り廊下に着く。そこで目に入ったのは、大きな桜の木と、その下で桜を見上げる茶髪のポニーテールの生徒。桜の花びらが舞う中に佇むその姿はとても儚げで、とても美しかった。触れてしまえば一瞬で壊れて無くなってしまいそうなそんな儚さがそこにはあった。世界の中にまるであの人しかいないようなそんな感じすらした。
その生徒の姿に見覚えがある。入学式の時に全校生徒の前で話をしていた生徒会長さんだ。たしか名前は、三好先輩? だったかな。
先輩は私たちに気づき歩み寄ってくる。
「新入生だよね? 入学式でも自己紹介はしたと思うけど、改めて。三好皐月です。気軽に皐月先輩って呼んでくれればいいから」
ニコりと笑うその仕草は入学式の時のものと全く一緒で、こちらを安心させてくれる。
「アタシは一色希望です。えっと、皐月先輩、よろしくお願いします!」
希望も皐月先輩に負けないくらいの笑顔で返答する。すると希望はあかりの肩を少し叩いて、次はあかりの番だと促してくれる。
「え、えっと、瀬戸あかりっていいます。よろしくお願いします」
皐月先輩はあかりたちの自己紹介を聞くと、よろしくねと言い、桜の木に向きなおる。二人についてきてほしそうに手招きをし、桜の木の方へと歩き出す。
「希望ちゃんとあかりちゃん、二人はもう部活動はどうするか決めてるの?」
その質問の答えはあかりの中ではもう決まっていたので返答するのは難しくはなかった。
「私は美術部に入ろうと思ってます」
「アタシはバスケ部です」
「そっか。二人のイメージにピッタリな部活動選びだと思う。ハンドボール部じゃないのはちょっと残念だけど」
あははと笑いながら話す皐月先輩は本当に残念そうだった。桜の木の下に着いて、先輩はさらに話し出す。
「この桜の木、いつから植えてあるのかよく知らないんだけど。すごく大きくて、廊下からも見えてるし、いつも私たちを見守ってくれるお母さんみたいだなって思ってるんだ。」
「お母さんみたい、ですか」
皐月先輩の唐突な話に思わずおうむ返ししてしまった。だけど先輩の言う通り、桜の木はかなり大きく、あかりたちを包み込んでくれるようなそんな優しさがある。
「この桜の木を見てるとすごく落ち着くんだよね。まぁ季節が過ぎちゃうと散っちゃうんだけど。それでも私たちの一年をずっと見守ってくれてる」
希望は皐月先輩の言葉に頷きながら桜を見上げていた。あかりは先輩の横顔から目が離せずにいた。見守ってくれていると言った皐月先輩は、どうしてそんなに儚げな顔で桜を見上げているのか。あかりにはそれが気になっていた。
すると、皐月先輩が右手で頭を押さえて、痛そうな表情をする。
「頭痛がするんですか? 保健室に行った方が…」
あかりは皐月先輩を心配する。
「最近忙しくて疲れが溜まっちゃったのかも。今日は帰ったらゆっくり休むからきっと大丈夫。心配させてごめんね」
すぐに笑って答えた皐月先輩。生徒会長の仕事がきっとかなり大変なのだろう。あまり無理をしないようにしてほしいとあかりは思った。
そこで校舎の方から皐月先輩を呼ぶ声が聞こえた。二年生の人たちが廊下の窓から顔を出し、皐月先輩に大声を出していた。
「あ、ごめん! すぐ行くー」
皐月先輩はうっかりした顔をして返事をする。
「二人ともごめんね。話の途中だったけど、まぁゆっくり桜でも見て和んでってね。私はちょっとクラスで仕事があるからまたね」
皐月先輩はそう言うと、小走り気味に教室の方へと向かって行ってしまった。
「いい感じの優しそうな先輩だったね」
希望がそう言ったので、あかりは無言で頷いた。
荒い呼吸を繰り返す。
かれこれ十五分近くは走ってると思う。あまり運動は得意な方ではないから、動きが鈍いのが自分でもわかる。舗装されたコンクリートの硬い地面が足の裏に少しずつ痛みを蓄積させていく。
行き慣れない道を通って目的地へと向かう。あかりがあと少しと思い始めた頃、その目的地が視界に入った。『私立朝倉高等学校』だ。あかりは今年から朝倉高校に通うことになる。新品の紺色の制服が朝日に照らされ、綺麗に輝いている。
走るリズムに合わせて、肩下まである長く整った黒髪が左右に揺れている。
今日は待ちに待った高校の入学式なのに、朝から寝坊をしたあかりは、家から学校までの長く緩やかな坂を走り続けなければならなかった。
校門の前に大柄な男性が立っている。あれは学校の先生だろうか、と思っていたら、こちらに向かって大声で何か言っている。
「あと五分で式が始まるぞ、急げ!」
「す、すみません」
予想通り、学校の先生らしい。少し走るスピードを上げて、先生の横を通り過ぎる。同じように遅刻しそうで学校に向かって走る生徒が数人いる。校内には所々、体育館行きの矢印が描いてある看板があったので、迷うことなく体育館に向かうことができた。
しかし、ここで一つ問題が。体育館に入ると、すでに多くの生徒が並べられたパイプ椅子に腰掛けていて、これから始まる式に備えていた。あかりもそれにならってパイプ椅子に座ろうとしたが、自分のクラスを校門のところで確認することを忘れていた。
どうしよう、と悩んでいると近くから聞き慣れた声が聞こえる。声の方を見ると、そこには茶髪を長いリボンを使って後頭部でお団子にまとめている見慣れた顔が座っていた。
「あかりー、こっちこっち。アタシと同じクラスだったよ、あかりの席はそこ」
一色希望。彼女とは中学の頃に三年間同じクラスになり、たくさんお世話になった。おてんばで笑顔のまぶしい希望は、誰にでも優しく、クラスのムードメーカー的な存在だった。高校も同じで、どうやらクラスも同じようなので、今年もたくさんお世話になると思う。
「ごめん、ありがとう、希望」
小さな声でお礼を言い、パイプ椅子に腰掛ける。パイプ椅子特有のギシッという金属が軋む音が静かな体育館に響く。予想以上に大きな音が出たパイプ椅子に、あかりは顔を隠すように下を向く。そこで体育館前方から声が聞こえる。
校長先生と名乗る五十歳前後の男性が新入生たちに長い祝辞を述べ、体育館隅の教職員席に戻る。その後に前方に登壇したのは、茶髪のポニーテールを可愛らしく揺らしながら歩く女子生徒だった。目を細めてよく見ると、胸元のスカーフの色が赤色で、新入生の私たちとは色が違った。
その女子生徒は新入生の方を向くと、ニコりと笑い、話し始める。
「こんにちは。まずは新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。校長先生のお話で疲れたと思うので、楽な姿勢で聞いてください。私も気楽に話をしようと思います」
そこで体育館内でクスクスと笑いが起きる。校長先生の方を見ると、校長先生も少しバツが悪そうに頭をかきながら笑っている。
「それじゃあまず、自己紹介から。二年生の三好皐月です。一応、生徒会長をやらせてもらっています。あっ、ハンドボール部の部長もしてます。よければ女の子たちはハンドボール部見に来てね。」
急にくだけた話し方になった先輩に少し笑ってしまった。周りの新入生たちもリラックスした雰囲気で話を聞いている。
「皆さんはこれから高校生として、勉強や部活動、アルバイトをする人はアルバイトも、色々大変で充実した日々を送ると思います。それでも私から一言だけ。学校の行事は精一杯楽しんでください。絶対、多分、楽しめると思うから。」
最後に少し自信がなくなっているのは聞いていて面白かった。先輩も絶対と言い切るのは荷が重かったのかもしれない。それでも先輩は優しい口調を変えずに話していた。
「短いですが、私からは以上です。最後にもう一度、ご入学おめでとうございます。みんなこれからよろしくね。」
笑顔で締めくくり、自分の席に戻る先輩。そのあとは淡々と入学式が進んでいき、無事式が終了した。
新入生たちが、入学式の最中で発表された各クラスの担任教師の後について体育館を出て行く。
えっと私たちのクラスの担任は、どこへ?
気づいたら担任が見当たらない。周囲を見渡してみると、体育館の入り口に腕組みをして立っている男性の先生がいた。あの人がたしか担任だったはず。それにしても一人だけ先に行くなんて自由な人だなぁ。
「さっさと教室に行ってホームルーム終わらせるぞー」
そう言うと、けだるそうに若干パーマのかかった髪をかきあげる先生。顔立ちがとても整っていて、さぞおモテになるのでしょう。着慣れていないのか、スーツのネクタイを緩めている。廊下を歩いている間もあくびをしながら生徒たちと会話をしている先生。
ふと右を見ると、廊下の窓から中庭の大きな桜の木が見えた。思わず立ち止まって凝視してしまっていた。花びらの散るその光景は、映画のワンシーンではないかと思うくらい美しかった。
教室に着くと、黒板にそれぞれの出席番号と座席の書いてある紙が磁石で貼り付けられていた。あかりは、窓側2列目の一番前の席だった。正直一番前の席はあまり好きではなかったから少しショックだった。希望は窓側一列目の前から二番目だったから、近くてすごく嬉しい。希望と両手を握り合って喜ぶ。
「やったね、あかり! 席近くだよ。」
「出席番号近いから最初は近くになりやすいよね、よかったぁ」
「クラスの人たちともすぐに仲良くなれるといいね」
希望はすぐにクラスの人たちと打ち解けるだろうなぁと思いつつ、周囲を見てみる。クラスではすでに幾つかのグループが形成されていて、その輪に入るのはなかなか難しそうかな。
「でもあかりにはアタシがいるから!」
「ありがとう希望~」
ニコッと笑いながら抱きついてくる希望。彼女のお団子からはみ出ている髪の毛とリボンがぴょこんと跳ねて、可愛い。しかし、女の子特有の柔らかな二つの膨らみがあかりの絶壁にくっつき、精神的な大ダメージを与えてくる。これが格差社会。
「それにしてもうちのクラスの担任はイケメンだよね。驚いたよ」
「希望はあぁいう人好きだもんね」
「うん! 彼女とかいるのかな?」
「あはは…。希望は積極的だね」
目をキラキラさせながら言う希望に少し苦笑いする。先生は教室のドアを閉めると、教壇の前に立ち、話し始める。
「よーし、お前らー、席に着いたな?」
先生は黒板にチョークで名前を書いていく。カツカツというチョークと黒板のぶつかる音が教室に響きわたる。
「改めて、入学おめでとう。俺の名前は弥富慎吾だ。一年間このクラスの担任をさせてもらうことになった。よろしく。」
すると弥富先生は教室の前方、左隅に置いてあるパイプ椅子に座り足を組んだ。
「いきなりだが、名簿順に自己紹介を頼む。名前と、趣味とか、適当に言ってくれればいいから」
そう言われクラスが少しざわついた。あかりは人前に立つのがあまり得意な方ではないため、俯き加減で自己紹介をすませた。無事自己紹介もクラス全員分終わり、弥富先生が再び教壇に上がる。
「今日の予定は以上だ。各自校内を見学するもよし、部活動を体験するのもよし、帰宅するのもよし。自由にしてもらって構わない。と、いうことで、解散」
その言葉を聞き、クラスメイトたちは席を立ち、教室を出て行ったり、おしゃべりを楽しんでいる人もいる。あかりは立ち上がり、さっき廊下で見かけた桜の木を見に行こうと荷物を持ち上げる。すると希望が後ろから声をかけてきた。
「あかり、どっか行くの?」
「うん。さっき廊下から大きな桜の木が見えて、近くで見てみようかなぁって」
「それじゃあアタシも見に行こうかなぁ、どうせ暇だし」
廊下ではいろいろな生徒たちの話し声が聞こえる。そんな中でふと聞こえた恋の話。青春だ、とあかりは思う。
しかし、それはあかりにはまだ知らない感情の話だった。
中学の頃、友達と恋バナをしたことはあった。友達の楽しそうな会話にあかりは、自分もいつかそんな楽しそうに話をしたい、と思った。中学の頃に二人の仲のいい男の子から告白されたが、全く気持ちは高揚せず、結局断ってしまった。
私にはいつ恋という花が咲くのだろう?
誰かを好きになるってどういう気分なんだろう?
そうあかりは考えてしまう。興味があっても、未だにあかりには訪れない感情。
物思いに耽りながらも、希望と一緒に桜の木のある場所に向かう。そして中庭に行ける渡り廊下に着く。そこで目に入ったのは、大きな桜の木と、その下で桜を見上げる茶髪のポニーテールの生徒。桜の花びらが舞う中に佇むその姿はとても儚げで、とても美しかった。触れてしまえば一瞬で壊れて無くなってしまいそうなそんな儚さがそこにはあった。世界の中にまるであの人しかいないようなそんな感じすらした。
その生徒の姿に見覚えがある。入学式の時に全校生徒の前で話をしていた生徒会長さんだ。たしか名前は、三好先輩? だったかな。
先輩は私たちに気づき歩み寄ってくる。
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「アタシは一色希望です。えっと、皐月先輩、よろしくお願いします!」
希望も皐月先輩に負けないくらいの笑顔で返答する。すると希望はあかりの肩を少し叩いて、次はあかりの番だと促してくれる。
「え、えっと、瀬戸あかりっていいます。よろしくお願いします」
皐月先輩はあかりたちの自己紹介を聞くと、よろしくねと言い、桜の木に向きなおる。二人についてきてほしそうに手招きをし、桜の木の方へと歩き出す。
「希望ちゃんとあかりちゃん、二人はもう部活動はどうするか決めてるの?」
その質問の答えはあかりの中ではもう決まっていたので返答するのは難しくはなかった。
「私は美術部に入ろうと思ってます」
「アタシはバスケ部です」
「そっか。二人のイメージにピッタリな部活動選びだと思う。ハンドボール部じゃないのはちょっと残念だけど」
あははと笑いながら話す皐月先輩は本当に残念そうだった。桜の木の下に着いて、先輩はさらに話し出す。
「この桜の木、いつから植えてあるのかよく知らないんだけど。すごく大きくて、廊下からも見えてるし、いつも私たちを見守ってくれるお母さんみたいだなって思ってるんだ。」
「お母さんみたい、ですか」
皐月先輩の唐突な話に思わずおうむ返ししてしまった。だけど先輩の言う通り、桜の木はかなり大きく、あかりたちを包み込んでくれるようなそんな優しさがある。
「この桜の木を見てるとすごく落ち着くんだよね。まぁ季節が過ぎちゃうと散っちゃうんだけど。それでも私たちの一年をずっと見守ってくれてる」
希望は皐月先輩の言葉に頷きながら桜を見上げていた。あかりは先輩の横顔から目が離せずにいた。見守ってくれていると言った皐月先輩は、どうしてそんなに儚げな顔で桜を見上げているのか。あかりにはそれが気になっていた。
すると、皐月先輩が右手で頭を押さえて、痛そうな表情をする。
「頭痛がするんですか? 保健室に行った方が…」
あかりは皐月先輩を心配する。
「最近忙しくて疲れが溜まっちゃったのかも。今日は帰ったらゆっくり休むからきっと大丈夫。心配させてごめんね」
すぐに笑って答えた皐月先輩。生徒会長の仕事がきっとかなり大変なのだろう。あまり無理をしないようにしてほしいとあかりは思った。
そこで校舎の方から皐月先輩を呼ぶ声が聞こえた。二年生の人たちが廊下の窓から顔を出し、皐月先輩に大声を出していた。
「あ、ごめん! すぐ行くー」
皐月先輩はうっかりした顔をして返事をする。
「二人ともごめんね。話の途中だったけど、まぁゆっくり桜でも見て和んでってね。私はちょっとクラスで仕事があるからまたね」
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https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/734700789
作者ツイッター: twitter/minori_sui
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