CHERRY BLOSSOMS

伊佐見 誠

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第1編 〜私はあなたのことが好きです〜

美術部入部希望です

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 翌日、教室ではクラスメイトたちがどの部活動に入るかという話題で持ちきりだった。授業は午前中のみで終わり、午後からは部活動見学の時間らしい。希望はバスケ部に向かうと言って荷物を大急ぎで片付けると、すぐに教室を出て行ってしまった。相変わらず行動が早い。
 あかりも荷物をそそくさと鞄の中にしまい、席を立つ。パタパタとスリッパの音を立たせながら廊下を歩いていく。廊下を行き交う生徒たちとぶつかりそうになり、少し歩きにくい。それでも足を止めずにあかりは目的地へと向かう。
 渡り廊下を通り、別棟へと着いたあかりは、ある部室の前に立ち止まる。
「ここが美術部…」
 扉に手をかけると、部室の中から話し声が聞こえてくる。なにやら言い争いをしているような雰囲気だった。
「あきが動くから上手く描けないんじゃない! 絵のモデルなんだからおとなしくしててよ!」
「お前、描くの遅すぎるから疲れるんだよ」
「うるさいわね!」
 あかりが扉を開けるのを躊躇っていると、中から扉が勢い良く開けられる。ガラッという音が廊下に響く。教室の中から一人の女子生徒が飛び出てくる。
「もういい、私帰る!」
「おい、柚葉!」
 飛び出てきた柚葉と呼ばれた女子生徒にぶつかるあかり。そのまま廊下に尻餅をつくあかり。
「いったた…。あ、ごめんね、大丈夫? 怪我とかしてない?」
「だ、大丈夫です。先輩こそ大丈夫ですか?」
 ぶつかった拍子に目に入った女子生徒の胸元のスカーフは赤色だった。つまり皐月先輩と同じ学年ということだろう。先輩は肩まである黒い髪を両耳のすぐ後ろで小さくまとめていて、とても可愛らしい印象だった。そのまとめた髪のところから、独立してぴょこぴょこ跳ねる髪が飛び出ていた。すごく小柄な先輩だなぁと思っているあかりに先輩は手を差し伸べてくれる。
「私は大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね。美術部の前にいるってことはもしかして入部希望の新入生?」
「あ、そうです! 一年の瀬戸あかりです。先輩は美術部の方ですか?」
「ホント!? 私は小牧柚葉、一応美術部の部長やってるんだ。いやぁうれしいなぁ新入部員が来てくれるなんて、まぁこんなとことろで立ち話もなんだから、中に入って」
「し、失礼します」
 柚葉先輩はあかりの手を引いて部室の中に入る。直前まで誰かと言い争いをしていたはずの柚葉先輩は、満面の笑みだった。
 部室の中に入ると、窓の外を見ている男子生徒がいた。夕日に赤茶色の髪の毛が綺麗に映えていた。すぐにこちらに気づき振り返る。制服の胸元の校章が赤色なのでこの人も先輩だ。
「一瞬で帰ってきたな、柚葉」
「そんなことどうでもいいの、聞いて、あき! 新入部員が来てくれたの」
 呆れた顔をしているあきと呼ばれている先輩。
「せ、瀬戸あかりです」
「俺は豊田明久。そこにいる柚葉と同じで美術部員だよ、よろしく」
「豊田先輩、よろしくお願いします」
 豊田先輩は愛想笑いが苦手なのか、少しぎこちない笑顔で自己紹介をしてくれた。豊田先輩の口元から八重歯がチラッと見える。そして二人の先輩は目を合わせて、幼い子供がいいことを知ったような顔でにっこり笑う。その時の豊田先輩の笑顔は本物のように感じた。
 隣に立っていた柚葉先輩があかりの方を見て詰め寄ってくる。
「善は急げ、ということで、入部届けを早速書いてもらいたいなぁ」
「そうですね。入部届けって職員室にもらいに行けばいいんですか?」
「普通はそうなんだけど、美術部ではすでに先生たちから入部届けをいただいています!」
 入部届けを鞄から取り出して、ドヤッという音が聞こえそうな顔をしている柚葉先輩はペンとともにそれをあかりに渡す。
 書く場所を探そうと改めて部室内を見ると、ほとんどの机と椅子は隅の方に寄せられていて、二つの椅子と一つの机が真ん中にある。さらに幾つもの絵が木製の棚に保管されていた。水彩画をメインとしているのか、油画に使う道具は見当たらない。真ん中の机の上で入部届けに記入を始めるあかり。
「柚葉、あのことは伝えなくていいのか?」
「えーっと…伝えなきゃいけないよね」
 あのこと、というのは一体どんなことなのだろう?
 柚葉先輩が口を開こうとしたその瞬間、部室の入り口から誰かが入ってきた。入ってきたのは皐月先輩だった。
「突然ごめんね、ゆずたちに伝えなきゃいけないことあるから、ってこの子は、昨日の桜の下で会ったあかりちゃんだよね?」
「そ、そうです」
 生徒会長の皐月先輩が一体美術部に何の用事なのだろうか。柚葉先輩たちの方を見ると二人とも渋い顔をしていた。大きなため息をついた豊田先輩は堪忍したようにつぶやく。
「やっぱりくるよな。これは本格的にやばいんじゃないのか」
「ごめんね二人とも、守ってあげられなくて。校則だから私にもどうしようもなくて」
 頭を下げる皐月先輩。全く話についていけていないあかりは完全に蚊帳の外のような形になっていた。
「頭上げて、皐月が悪いんじゃないんだから。これは私たちの問題だから気にしないで」
「あ、あの~。一体どういうことですか?」
「ゆずたちからはまだ聞いてなかったんだね。ならちょうどいいし私から伝えようかな」
 皐月先輩は頭を上げて話し始める。
「うちの学校ではね、部活を結成、存続させるために部員が最低五人は必要なの。それができない部活は一週間のうちに部員が増えない場合、廃部になってしまうの」
 一呼吸おいて部室を見回した皐月先輩は再び話を続ける。
「この美術部は、ゆずと豊田くんの二人しかいないから、その通知を私がしに来たって訳なんだよね。あかりちゃんが入ってくれたみたいだから今は三人だね」
 この部活が廃部? それは困る。
 あかりにとって入った部活が一週間で廃部になってしまうのは嫌だった。何より学校で絵を描ける環境がなくなってしまうのが嫌だった。
「この一週間であと二人見つければいいだけでしょ、大丈夫よ!」
 柚葉先輩が右手の親指を立てながら自信満々に答える。
 
 そしてそれから一週間、美術部三人は校門や、廊下で部員勧誘を必死にやった。その間、あかりは優しく面倒見の良い柚葉先輩とまるで姉妹のように仲良くなっていた。しかしその努力もむなしく、誰も入部希望者がこないまま最終日になってしまった。
 部室で落ち込む三人、そこに皐月先輩がやってくる。
「一人も見つからなかったかぁ。う~ん」
 眉をハの字にして困り顔をしている皐月先輩は、何かを考えているようだった。
「あかりがせっかく入ってくれたのに、これで廃部なんて…」
 柚葉先輩は今にも泣きそうな顔でつぶやいた。その姿を見た皐月先輩は慌てて柚葉先輩の元に行き、ハンカチを渡す。
「ゆずを泣かせるくらいなら、私がひと肌脱ぎましょう!」
 右手で胸を叩いてピンと立つ皐月先輩。
「私が美術部に入るよ。生徒会とハンド部があるから、どれくらいこれるかわからないけど。それでなんだけど、まだ生徒会も書記がいないんだよね…。だから誰か生徒会の書記を代わりにやってくれないかな?」
 皐月先輩のその提案はすごくありがたいものだった。これで探すのは後一人で済むと考えただけで、あかりは少し頑張れそうな気がした。
 ただ、書記の件については驚きを隠せない。皐月先輩によると、この学校では、立候補するか、生徒会長が推薦した生徒が生徒会役員を務めることになっているらしい。
 あかりは生徒会という目立つ仕事は正直やりたくはない。だけどそれ以上に皐月先輩のことがもっと知りたかった。桜の木の下で皐月先輩を見たあの日から、あかりはその光景が忘れられず、皐月先輩に興味を惹かれていた。
 右手を静かにあげるあかり。他の三人の視線がその右手に集まる。震えるその右手は一所懸命にその場にあり続けようとしている。
「私、生徒会の書記やってみたいです。よければ私でお願いします」
 あかりは精一杯絞り出した声でそう告げる。周りの三人はあっけにとられたようにぽかんとしている。少しの間があってから、柚葉先輩が声を出す。
「あかり、無理はしなくていいんだよ? 書記なら私がやってもいいんだし」
「大丈夫ですよ、柚葉先輩。私やってみたいんです、書記のお仕事」
 皐月先輩はその言葉を聞くと、とても嬉しそうに笑みを浮かべていた。その顔を見たあかりは思わず顔を赤らめる。
「三好が部員になってくれたことだし、これであと一人か」
 豊田先輩が冷静に現状を説明してくれる。
 その時、部室の扉がノックされる音が響いた。あかり含めた四人が入り口へと振り向くと、そこには一年生の男子生徒が立っていた。
「すみません。ここ、美術部であってますか?」
 金髪で少し乱れた感じの服装で、いかにも不良といった印象を与えてくる生徒だ。外見と真面目な話し方があまりにミスマッチだった。でも、あかりには見知った顔だった。なぜならその金髪の生徒はあかりのクラスメイトだったからだ。彼は、顔立ちが整っているため、女子生徒たちから、入学早々人気だった。
「稲沢くん…?」
 全く話したことがないから、恐る恐る確認するように聞くあかり。
「マジ? 覚えててくれた! いやぁ、嬉しいな!」
「あかり、知り合い?」
 男子生徒はとても嬉しそうにしている。最初の不良といったイメージを払拭できそうなほどの愛嬌のある笑顔だった。
 柚葉先輩は首をかしげながら、あかりに疑問を投げかける。その疑問に答えたのはその男子生徒だった。
「あ、えっと、瀬戸さんと同じクラスの稲沢泰智って言います。美術部入部希望です。よろしくお願いします!」
 稲沢くんが衝撃的な発言をする。一週間勧誘を続けて一人も見つからなかった入部希望者が、このタイミングで見つかったのは、美術部にとって、とてもありがたい話だった。
 最後の一人が見つかり、美術部の廃部の危機は去ったと言えるだろう。あかりは安堵して大きく息を吐く。しかしいったいなぜ、稲沢くんのような雰囲気の男子がこの美術部に入りたいのだろうか。あかりは、そこが引っかかって不思議に思う。
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