CHERRY BLOSSOMS

伊佐見 誠

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第1編 〜私はあなたのことが好きです〜

あなたのことが、好き、です

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 皐月先輩と稲沢くんの二人が入部してから二週間が経過した。
 皐月先輩は生徒会とハンド部を両立させながら、ちょこちょこ顔を出してくれている。意外だったのは、稲沢くんが部活に毎回顔を出していることだった。豊田先輩に絵のことを教えてもらいながら、初心者なりに頑張っているのが見て取れた。クラスでもたまに話しかけてくれるので、仲良く話すことができるようになっていた。希望は最初、稲沢くんと話していることにすごい驚いていたけれど、今では希望も普通に稲沢くんと話している。
 あかり自身も、生徒会の書記として、懸命に皐月先輩のお手伝いをした。そこでわかったのは、皐月先輩は仕事を面倒くさがりがちだということだ。難しいことは他の役員に任せていた。しかし、皐月先輩は誰にでも優しく、明るく接するため、人望が厚く、誰からも信頼されていた。あかりにも優しく接してくれて、仕事もいろいろと教えてくれた。そんな皐月先輩に、少しずつ惹かれていったのは間違いない。
 部室に着いて自分の椅子に座るあかり。ギシッという木製の椅子の軋む音が、あかりしかいない部室に響き渡る。まだ先輩たちは来ておらず、稲沢くんはトイレに行ってから向かうと言っていた。一人の部室はとても広く感じられた。
 部室を見回していると、壁に立てかけている桜の絵が目にはいった。それを見たあかりは、入学式のことを思い出す。桜を見上げる皐月先輩のことが頭から離れなくなってしまっていた。
 私はどうしたいのだろう? 皐月先輩のことをどう思っているのだろうか。
 あかりは自分の気持ちにどう向き合うべきかを考えていた。
「瀬戸、お待たせ~、ってどうした?」
 稲沢くんが部室に入ってくる。考えにふけっていたあかりは驚いて体をびくっと震わせる。その様子を見た稲沢くんは不思議そうにこちらを見ている。
「あ、稲沢くん。先輩たちはまだ来てないみたい。授業が長引いちゃってるのかな?」
「かもな。 …さて、先輩たち来る前に準備しとくか」
 二人はキャンパスや筆を用意して準備を整える。
「せ、瀬戸はさぁ、彼氏とかいるの?」
「えっ? い、いないよ。私なんて地味だし…それより」
 急な質問に驚きを隠せないあかり。稲沢くんが恋バナをしてくるなんてどうしたのだろうと少し疑問に思ったあかりは、同じ質問を聞き返そうとする。しかし、稲沢くんがそれを言う前に言葉を発する。
「そ、そんなことはねぇよ!」
 大きな声をあげた稲沢くんに少し気圧されてしまった。そして、稲沢くんは勢いよく発した自分の言葉に顔を真っ赤にする。右手で目から下を隠すように覆っていた。
「ごめん、急に大声出して」
「ううん、大丈夫」
「でも、瀬戸には自分のことをそんな風に言ってほしくない、かな」
 まっすぐあかりを見るその瞳は曇りのない真剣なものだった。頬がまだ少し赤いのは、きっと先ほどの大声を恥ずかしがっているからなのだろうとあかりは思った。
「俺は、自己紹介の時に教室で見かけた瀬戸を地味だなんて思わなかった。確かに他の連中みたいに目立っているわけではなかったかもしれない。でも、俺には瀬戸の姿が一番綺麗にみえた」
 稲沢くんは一所懸命に話してくれている。内容は正直とても恥ずかしく、むず痒いものがあった。しかし、そのまっすぐな想いに目を背けてはいけないとあかりは直感的に思った。それに目を背けるということは失礼に値するのではないのだろうかと。
「瀬戸。俺は、初めて瀬戸を見たあの日から俺の灰色の世界に春が来たような気がしたんだ。いつの間にか視界の隅にいつも瀬戸を探してた」
 静まり返った二人きりの部室に稲沢くんの声が響く。外から聞こえていた運動部とかの声はいつの間にかあかりの耳には入らなくなっていた。
「まだ瀬戸のことはよく知らないけど、これからもっと知っていきたいし、一緒にどこかに出かけたりもしてみたい」
 あかりは自分の心臓の音が速くなるのを確かに感じた。
「俺は瀬戸のことが好きだ」
 
 その言葉とともに、部室全体が花に包まれる、そんな感覚に襲われた。様々な色の花が二人を取り囲んでいる。開いた窓から風が入り、あかりのまっすぐな髪を激しくなびかせる。
 心臓の音は未だ速いままで、おとなしくしてくれない。稲沢くんの言葉が私の中で繰り返される。
 その言葉はあかりの中の迷いのようなものを吹き飛ばしてくれた。
 今なら中学の頃に告白してきてくれた二人の男の子の気持ちもわかる気がする。その二人もきっと今の稲沢くんのようにまっすぐに想いを伝えてくれていたのだから。
 目を閉じて深呼吸をする。そしてゆっくりと目を開けて、稲沢くんを見る。
「ごめんなさい」
 その一言を発するのがどれほど稲沢くんを傷つけるのかわかっている。それでもあかりは言葉を続ける。皐月先輩への想いがはっきりしてしまった以上、答えなくてはならない。
「私には、その、好きな人がいます。だから、稲沢くんの気持ちには答えられないです」
 二人を取り囲んでいた花たちはいつの間にか見えなくなっていて、外の声も聞こえてきた。稲沢くんは驚いた顔で少し戸惑っていた。そしてあかりから見ても辛そうな笑顔で微笑んだ。その笑顔があかりの胸を締め付ける。
「そっか…。そりゃあしょうがないな」
 稲沢くんは頭を掻きながら、似合わない笑顔で答える。
「でも、いつか、瀬戸を振り向かせられるような、そんな存在になれるように、俺、諦めないから」
 その言葉を出すのにどれほど勇気がいるのだろうか。あかりには想像もつかなかった。
 ただ、一言だけ。
「うん」
 そうして稲沢くんは部室を出て行ってしまった。
 結局その日は先輩たちもいろいろと忙しいみたいで部活は休みだという連絡があった。
 数日後、あかりは皐月先輩を放課後に呼び出した。場所はあの桜の木の下。家で何度も打ち直したLIMEをようやく昨日送ることができた。入力しては消す、入力しては消す、その繰り返しが永遠に続くような気分だった。
 震える手を必死に握って抑えようとする。風で揺れる髪が今はもどかしい。皐月先輩はまだ来ていない。
 あかりが桜の木の下に着いてから五分が経った。約束の時間まであと五分。しかし、皐月先輩が校内から現れる。あかりに気づいて微笑みながら手を大きく振っている。小走り気味にあかりの元までやってくる皐月先輩。
「急にどうしたの? 『大事な話があるので、明日放課後四時二十分に中庭の桜の木の下に来てください』なんて」
 スマホを胸ポケットから取り出して、画面を見ながら話す皐月先輩。
「もしかして、好きな男の子でもできた? それとも生徒会関係でわからないこととかあったかな? おねえさん、いつでも相談乗っちゃうよ!」
 目を輝かせて興味津々に近寄ってくる。今日は一段とグイグイ来る皐月先輩にドキドキが収まらない。皐月先輩のポニーテールは今日も元気に跳ねている。
「えっと、そういうわけじゃないんです。今日は別のお話があって」
「そうなの?」
「皐月先輩、入学式の日、先輩を桜の木の下で見たあの日から、私は自分が不思議な気持ちに包まれるような感覚になりました」
 皐月先輩のことをまっすぐ見ることができない。見てしまえば今にも逃げ出してしまいそうだから。
「先輩の姿はとても綺麗で、桜の散る切なさが美しくて、今も目に焼き付いて離れないんです」
 皐月先輩は黙って聞いてくれている。どのような顔で聞いてくれているかはわからなかったけど。
「ずっとこの気持ちは何なんだろうと考えてました。それで最近ようやく気づいたんです…」
 勇気を出せ、私。
 まだ震える手を強く握りしめる。ここで言うって決めたのだから。出会ってからの期間はまだすごく短いかもしれない。でも私があの時見た皐月先輩の姿は私の心を奪うのに十分なほど美しかった。もっと皐月先輩のことを知りたい、もっと皐月先輩と仲良くなって、もっと皐月先輩と一緒にいたい。
 だから言わなきゃ。たった一言、でもその一言は喉につっかえて中々出てきてくれない。
 怖い。もしこの気持ちを伝えて、皐月先輩から拒絶されてしまったら。そう思えばそう思うほど出てきてくれない一言。女の子同士なんだから、そんなことありえないと言われるかもしれない。
 その時、脳裏によぎる、稲沢くんの好きだという言葉。その言葉が自信のない私に勇気をくれた。
 
「私、皐月先輩のことが…あなたのことが、好き、です」
 
 言えた。確かに伝えることができた。今にも泣きそうだった。
 あかりは正直言えただけでも満足だった。答えなどわかっていたから、そう決めつけていた。俯いたまま返事を待つあかり。
「本当? 嬉しいなぁ! 私もあかりちゃんのこと好きだよ」
 皐月先輩はにっこり笑って答える。
 その言葉にあかりは涙が溢れそうだった。腰が抜けてしまったあかりはその場に座り込む。
「後輩からそこまで慕われる先輩は鼻が高いなぁ! これからも部活も生徒会も頑張らなくちゃ!」
 あれ? 何か違う気が…。
 あかりの想いが違った意味で皐月先輩に伝わってしまっている。しかしあかりは緊張が解けた反動で声が出せず、訂正することができない。
 皐月先輩、そうじゃないんです。私の好きは、尊敬の好きだけじゃないんです!
「あかりちゃんみたいな先輩思いのかわいい後輩ができて、私もすごく嬉しいよ~」
 皐月先輩は一人で舞い上がっている。満面の笑みで両手を広げ、くるくる回っている。スカートがふわりと舞い、舞い散る桜とマッチして、とても綺麗だった。でも、そんなことより、皐月先輩の誤解が解けていない。
「さーて、それじゃあ今日も部活がんばろー」
 そう言ってあかりの手を引く皐月先輩。
 結局、皐月先輩の誤解が解けることはないままその日は終わってしまった。
 あかりは自分の不甲斐なさに泣きそうだった。
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