CHERRY BLOSSOMS

伊佐見 誠

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第2編 〜先輩のことがもっと知りたいです〜

大切な日なのに 〜Side Story〜

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 あかりが告白した翌日、美術部ではいつもと変わらず絵を描くメンバーたちがいた。それも当然、あかりは誰にも話していないのだから。しかし、あかりは皐月先輩のことを諦めてはいなかった。
 
 
 今日は一週間の締めくくりである金曜日。
 柚葉は、この部活が好きだ。
 ようやく部員が揃って、廃部の危機を逃れたのだから、余計に愛着があるのかもしれない。でも、このメンバーだから好きなのかもしれない。
 いつも通りの他愛ない会話に、いつも通りの制作。皐月は生徒会長の仕事がたまっているらしく、今日は参加できないと柚葉に連絡があった。
「さて、今日はこれくらいにして片づけよっか」
 柚葉が部屋の片付けを始める。
「私はキャンバスを片付けるから、あかりはみんなの筆洗って、あきと泰智くんは床掃除をお願い」
 キャンバスを部屋の隅に置き、白い布を上からかける。あかりとあき、泰智くんもそれぞれ頼んだ片付けを始めてくれている。この教室には水道が取り付けられているため、筆等を洗うためにわざわざ廊下に出る必要がない。片付けと掃除を終わらせて部室をあとにするメンバー。柚葉は扉の鍵を閉め、再度閉まっているか確認する。
「私は職員室に部室の鍵を返しに行くから、先に校門で待っててー」
 みんなに手を振りながらそう告げる。あかりは何か言いたそうな顔をしていたけど、おそらく、「私が持って行きます!」とかだろうから、さっさと歩いていく。あかりはこの部活のために生徒会も頑張ってくれているんだから、こんなことまでお願いするのは申し訳ない。
 職員室までの廊下を外の景色を眺めながらゆっくりと歩いていると、ふと話し声が聞こえた。近くまで行くと、同じクラスの友達が三人で何か話しているみたいだった。
「豊田くんがこの前、商店街の方で女の子とデートしてるの見ちゃってさ!」
「え? それって柚葉じゃなくて? あの二人仲良しだし」
「それが、違ったんだよ!」
 それってどういうこと? 私知らないんだけど。
 柚葉は驚きを隠せない。そのまま困惑していると、
「あれ、柚葉! もしかして聞いてた?」
 振り返った一人が柚葉に気づいた。柚葉にとって、その話題は聞き逃すことができない内容だった。
「どういうことか詳しく聞いてもいい?」
「えっとこれって、言っていいのかな?」
 少しためらうクラスメイトに対し、柚葉は前のめりに問いかける。
「あきには私から話しておくから!」
「この前の土曜日だったかな? 隣町の商店街で、豊田くんが女の子と笑いながら歩いてるのを見かけたの」
「隣町で?」
「そう。豊田くんよりちょっと背の低い子と、楽しそうにどこかに歩いて行ったの。しかも手をつないで!」
 あきが柚葉以外の女の子とデートをしているなんて柚葉には想像ができなかった。それと同時に、柚葉の中で、あきに対する怒りのようなものが芽生えていた。
 話を一通り聞いた柚葉はすぐに職員室に部室の鍵を返し、校門へ向かう。
 廊下のタイルを強く蹴り、全力で駆け抜ける。もし先生とすれ違いでもしたら説教タイムになってしまうレベルだ。しかし、それを踏まえても、柚葉には今すぐにでも、あきに問いただしたかった。
 校門に着くと、あきとあかり、泰智くんが待ってくれていた。だるそうに校門にもたれかかりながらスマホをいじるあきを見つけて近寄る。
「あき! この前の土曜日に女の子とデートしてたって本当?」
「は? いきなり何?」
 少し後ずさりながら戸惑うあき。目線を斜め上にずらしながら後頭部を右手で掻いている。小さい頃からの付き合いだから、それが何かを隠している時のあきの癖なのは知っている。伊達に幼馴染じゃない。
「クラスの友達に聞いたの。隣町の商店街でデートしてたって。」
「あれは、デートなんかじゃ」
「女の子と手をつないで歩いてたのに?」
 柚葉は明らかに不機嫌な態度であきに突っ掛かる。あかりと泰智くんは流れについていけずに、ぽかんとしている。ものすごい勢いで詰め寄る柚葉。あきは観念したのか、女の子と手を繋いでいたことを認めた。
「それはあいつが無理やり…」
「あいつ!?」
 “あいつ”という言い方が馴れ馴れしくて気に入らなかったが、柚葉はここで一つの案が浮かんだ。次の日曜日は柚葉にとって大事な日、誕生日なのだ。だから、柚葉はあきと一緒にどこかに出かけたかった。
「別に俺が誰と一緒に出かけててもいいだろ?」
「そうだけど…もういい! それなら明後日の日曜日、あきは私に付き合って! 誰とでも一緒に出かけられるんでしょ?」
 少しヤケクソ気味ではあったが、あきとデートをする口実にはもってこいだった。確かに他の子とデートしていたというのはいささか気になる点ではあるけれど、この約束の口実を作ることができたので、今はそれどころではない。
「えっと、悪い。その日はどうしても外せない用事があるんだよ。だから出かけるのはまた今度にしないか?」
「なんで? そんなに大事な用事? まさかまたその子と出掛けるの?」
「そうじゃないけど…それでもその日はダメなんだよ」
 まさかの否定に、柚葉は驚きを隠せない。断られるとは思ってもみなかったから、その言葉に返答することもできない。その瞬間に柚葉の視界はぼやけた。まっすぐあきのことが見れない。ぼやけた視界はまるで絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたようだった。
 どうして…
「で、でも豊田先輩、その日は」
 ようやく頭の中の整理ができたのか、あかりが柚葉の味方をしようとする。柚葉はその気持ちだけでも十分嬉しかったのだが、あきは、それすらも打ち砕いていく。
「どうしても外せない用事なんだ。柚葉、ごめんな」
 そう言うと、柚葉の顔を見たあきは、驚いた顔をして、何か言いたそうに唇を噛む。しかし何も言わず、走って帰ってしまった。あかりが必死に慰めてくれてはいるものの、頬を伝う涙が止まらない。泰智くんは、泣いている姿を見ないように先に帰ってくれた。
「きっと豊田先輩も何か事情があるんですよ」
「そうかもしれないけど…」
 あかりの言うことにも一理ある。だけど…
「ほんと、ムカつく!」
 涙を拭い、柚葉は大きな声で叫んだ。
 そして日曜日。結局金曜日からあきと面と向かって話すことなく、この日を迎えてしまった。柚葉にとってめでたい日のはずなのに、今日は朝からあまり気分が良くない。毎年祝ってくれていたあきが今日は、いない。
 柚葉はベッドに横たわりながら自分の部屋の天井を見上げる。少女漫画が本棚や部屋のいたるところに置いてある。ピンクを基調とした女の子らしい印象を与える部屋だ。羽毛の柔らかいベッドの上には所々ほつれを直した跡のあるお気に入りのウサギのぬいぐるみがある。
「どうせ私なんて可愛くないし、ガサツですよ!」
 ウサギのぬいぐるみを手に取り、壁に向かって投げようとする。強く握られたウサギの体にはかなりシワが寄り、苦しそうだ。しかし、冷静になりぬいぐるみを枕元に置く。
「幼馴染だからきっと女の子としても見てくれてないんだろうな…」
 フリルのついた水色のワンピースを身に纏った柚葉。本当はあきとデートに行く時に着ようと思っていた勝負服だった。しかし、それも無駄になってしまった。
 柚葉はウサギのぬいぐるみを見て、柚葉は小学生の頃を思い出す。

 今とあまり変わらない小学四年生の頃の柚葉の部屋に、あきは訪れていた。少し顔を赤らめてもじもじしているあきは、柚葉から目を背けたまま、背中に隠していたウサギのぬいぐるみを出す。
『柚葉! これやるよ』
 あきはウサギのぬいぐるみの耳を掴みながら、柚葉に差し出す。宙吊りにされているぬいぐるみは、かなり不格好だった。
『これ、私が欲しいって言ってたやつ!』
 柚葉がUFOキャッチャーで欲しがっていたぬいぐるみをあきは誕生日プレゼントのために取ってきてくれたのだ。思いきりぬいぐるみに抱きつく柚葉。
『誕生日、おめでとう』
 あきは、幼く小さな顔を真っ赤に染めながら柚葉の誕生日を祝う。
 そんなあきのことを見ながらニッコリ笑う柚葉。
『ありがとう、あき』

 今思えば、あの時、あきに恋したんだと思う。
 後から、あきのお母さんに聞いた話によると、柚葉のためにお小遣いのほとんどを使ってやっと取れたものだったらしい。柚葉には、ぬいぐるみが取れていなくてもその気持ちだけで、すごく嬉しかった。
「いつまでも落ち込んでてもしょうがないか…」
 そう切り替えた時、家のインターホンが鳴った。
 柚葉は部屋のドアを開け、階段を下りていく。柚葉の部屋は二階に登って廊下の突き当たりにある。
 今日は予定がなくなってしまったので家で家族と過ごそうとしていたところ、あかりと希望から連絡が来て、三人で誕生日会をすることになったのだ。だからおそらく、このインターホンは二人が来てくれたということだと思う。希望とは、あかりつながりで知り合って、性格が似ているからか、すぐに仲良くなった。
「「お邪魔しまーす」」
 お母さんが玄関を開けてくれたのだろう。二人の声が廊下に響く。柚葉は階段を一番下まで下りて、二人に挨拶する。
「いらっしゃい!」
「柚葉先輩、お誕生日おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
 あかりがそう言うと、希望もそれに続いて祝ってくれた。それだけで柚葉は幸せな気分になれた。毎年いろんな人に祝ってもらっているけど、やっぱり祝ってもらえるというのは嬉しい。
「私の部屋二階だからついてきて~」
 二人を連れて部屋へと向かう。開きっぱなしだった部屋のドアを二人が入った後に閉める。
「すごくかわいい部屋ですね! 柚葉先輩らしさが出てると思います!」
 部屋に入ってすぐにあかりが感想を言ってくれた。希望も同じようなことを言ってくれた。
「そうかな? 私にはかわいすぎる気もするけど…」
「そんなことないですよ。柚葉先輩はすごく可愛いです!」
 面と向かって言われると結構恥ずかしい。
 そんな他愛もない話をしながら、三人はテーブルの周りに座って、準備してあったお菓子を食べ始める。そうして時間はあっという間に過ぎていき、日も落ちてきた頃、あかりが荷物の片付けを始める。
「すみません先輩、そろそろ暗くなってきたので私は御暇させていただきます」
「それじゃあアタシもそろそろ帰りますね!」
 希望も帰り支度をし、立ち上がる。二人が座っていたクッションがゆっくりと膨らんでいく。
「大したおもてなしできなくてごめんね~。二人ともわざわざありがとう」
「いえいえ! 柚葉先輩、それじゃあまた明日学校で」
 そうあかりが言うと、インターホンが鳴った。
 今日はこれ以上の来客予定はないはずだけど。そう思いながら二人を玄関まで見送る。玄関に辿り着くと、そこにはあきが立っていた。
 おそらくお母さんに玄関に通してもらったのだろう。気まずいのか、目をそらしているあき。ダボっとしたゆるい服装に似合わない緊張感のある顔だ。
「豊田先輩…」
 あかりは小さく呟くと何かに気づいたのか大急ぎで靴を履き始める。
「私、お先に失礼しますね! お邪魔しました!」
「お邪魔しました!」
 希望もあかりを追いかけるように帰ってしまった。玄関のドアがゆっくりと閉まっていく。ガチャンという音を立てて完全に閉まる。そしてここは、柚葉とあきの二人だけの空間となった。
 気まずいのはあきだけではない、柚葉ももちろん気まずかった。とても長いように感じる沈黙があきの一言で破られた。
「誕生日おめでとう、柚葉。遅くなってごめん」
 目を背けたまま恥ずかしそうに言うあき。しかし、柚葉もそこに怒ったりするようなことはしなかった。なぜなら、あきの右手に握られている大きな袋が目に入ったから。それがきっと自分へのプレゼントだということは、柚葉にもすぐわかった。
「ホント、遅いよ…」
 少し涙が出そうになりながらも堪える。あきにはここで、この前のことをしっかりと聞なければならない、そう思ったから。
「悪かった。この前はきつい言い方をして…。実はあの日話してた女子ってのは、妹の夜空そらのことだと思う。先週、夜空には柚葉への誕生日ケーキを予約しにいく手伝いをしてもらってたんだよ」
「えっ、夜空と!?」
 完全に盲点だった。柚葉は夜空とは昔から本当の姉妹のように仲良くしていた。なのに、あきが夜空と出かけていることを全く考えていなかった。ブラコンである夜空なら、手をつないでいたことも納得出来る、むしろ腕を組んでいてもおかしくない。
 あきは右手に持つ袋を柚葉の方に差し出す。
「先週のことはわかった。私の方こそ勘違いして突っかかってごめん。でも、それなら今日一緒に出かけられなかったっていうのは?」
 その袋を受け取りながら聞く。あきの右手に少し触れて一瞬ビクッとなるが改めて袋を受け取る。
「今日は、このケーキを受け取りに行ってたのと、その、袋に入ってるプレゼントを探しに行ってたから…」
 そう言われ、袋の中を見ると、小包が入っていた。
 小包の中を見ると、そこには小さなヘアピンが入っていた。
「夜空が部活で昨日は出かけれなかったってのと、先週はケーキ代しか持ってなかったから、今日買いに行ってたんだよ。夜空も一緒に柚葉の選びたいって言ってたし」
 そっか、そうだったんだ…。
 全部私のためにいろいろしてくれた結果だったんだ。それなのに私は…。
「ごめんね。ホントにごめんね…」
 涙がとうとう止まらなくなってしまった。あきに対するありがとうという気持ちと、疑ってしまった自分への悔しさで。
「俺の方こそ下手に隠そうとしたせいでごめんな」
「そんなことない! すごく嬉しい、ありがとう!」
 柚葉がヘアピンを髪につける。
「ど、どうかな?」
 恥ずかしそうに顔を赤くする柚葉に、八重歯を覗かせながらにっこり笑うあき。
「すごくよく似合ってるよ」
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