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第2章 社燕秋鴻

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「あ・・・・・・ひっく、な、なんで、、、っちが」
なんで、違う。
泣きたくなんかないのに。
拭っても拭っても涙が止まらない。

こんな姿、見せるつもりじゃなかった。
本気で自分はそう思ってて何も心配する必要はないから、僕のことなんか軽蔑して手放してほしいだけなんだ。

これじゃあ僕が本当はそんなこと思ってなくて嫌がっているように見えちゃう。

「弥桜っ」

止まれ止まれって必死に涙を拭っていたら、いきなり静先輩に切羽詰まったように抱きしめられた。
いきなりのことに呆然として拭ってた手も動きが止まってしまう。
「しずか、せんぱい・・・・・・」

「辛かったな」
「っ違う!! 本当にそう思ってて、辛いなんて思ったことなくて、当たり前だと思ってたんだ!!! なのに・・・なのに・・・・・・なんでこんなに痛いの・・・・・・」

絶対に静先輩と出会って好きになってしまったのが原因なのはわかってる。
でもだからってこんなに辛いのは意味が分からない。

だってずっとずっと抱えてきて当たり前だと思ってて、どんなことがあっても一度たりとも揺らいだことはなかったんだ。
家を出た時だって初めて抱かれた時だって何とも思わなかった。
あんなに大事だった家族にでさえ多少の罪悪感はあっても、気持ちが揺らぐことなんて微塵もなかったのに。

たかが初恋ごときでこんなに気持ちが揺らぐなんて。

もう全部全部静先輩のせいだ!!
静先輩が一緒にいたいなんて言わなきゃ、こんなに辛くなんかなってなかったんだ。

「なんでそんなに僕と一緒にいたいんですか・・・・・・」
もう何回も訊いた事だけど、全然意味が分からない。

僕たちはあの日初めて出会ったわけで、僕には助けてもらった恩があるけど、静先輩からしたらこんな迷惑なやつはいないし、しかも助けたやつは自分の性を隠してた非道者で。
軽蔑すらしても、どこにも大事に思う要素なんてない。

そんなんでどこをどうしたら大事なんて思えるんだろう。

「弥桜が大事だからだよ」

ほらまた同じ答えだ。
他に何も言うことがないんじゃないだろうか。

特に理由もなく大事だとかのたまってるなら、今すぐ突き飛ばして逃げてやる。
そう意気込んで問い詰めようと口を開きかけた時、最後まで話を聞け、とようやく静先輩がこの質問をして初めて続きを話してくれる気になったようだった。

「弥桜は覚えてないかもしれないけど、俺たち一度会ったことがあるんだ。大したことじゃなかったんだけど、ずっと引っかかってた。でも名前も訊くの忘れたし、この大学広いだろ? 学部違うとそうそう会えないから、どうしようかと思ってたんだ。そしたらあの日偶々たまたまあそこの講堂にいた時に微かに香りがして・・・・・・。守らなきゃって思った。そしたら弥桜で」

静先輩の口から語られる話は、色々と衝撃的で開いた口が塞がらないとはこのことだと思い知った。

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