僕とあなたの地獄-しあわせ-

薔 薇埜(みずたで らの)

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第4章 同甘共苦

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結局断りきれなくて行くことになってしまった今日は、まさかの雨模様。
起きた時には既に雨が降っていて、天気予報も今日は一日雨だって言ってた。

人の多いところにはまだ行きたくなくて、でもどうせ連れて行かれるなら雨なんか降ってない方が少しは楽かなと思ってたんだけど。
「準備出来たか?」
「・・・・・・うん」
出掛けること自体はもう変えようがないから、だったら今度こそちゃんとあちこち隠していこう、とマフラーも巻いて上着も着て気持ちを落ち着けた。

傘も差したしこれならなんとかなるだろう、と家を出たとこまでは良かった。
「やっぱまだ怖いか?」
「っ、静先輩が大丈夫って言ったから、大丈夫だと思うようにしたんだけど・・・・・・」

どうやら駅までの道すがら商店街を通り過ぎた後からは、誰かとすれ違う度に一々ぴくりと反応して無意識に静先輩に寄っていたらしい。
らしいって言うか、その度に傘がぶつかるから自分でも気づいてはいたんだけど。

「ほら、傘貸して」

結局目的地に着いてからは静先輩の傘に入れてもらった。
出来るだけ歩きにくくならないように気をつけながらも、ぴったりくっつく感じで歩いてる。

僕の家から電車で数駅、今日のお出かけ先は大学の最寄り駅の街だ。
最近は結永先輩の車で大学に行くことが多かったから、駅方面に来る必要もなくて久しぶりな感じがする。

「どこか行きたいとこあるか?」
「んー、ちょっと喉乾いたから、冷たくて甘いやつが飲みたいです」

今日のお出かけは駅ビルにある家具屋に布団を買いに来ることが目的だった。
けど、元々ものが増えることがいやで、ましてやいいものを買おうなんて気にはまだまだなれなくて、目的の買い物は全然時間が掛からず終わった。
かなり早く終わったからこのまま帰るのも味気ない、と街に出てどこか寄ってこうということになった。

「ちょうどそこに、スタパがあるだろ」

自然な流れで聞かれたからつい答えてしまって、僕も街に出てみたいと思っているみたいになってるけど、だから人の多いところはまだ怖いんだって。

僕が素直に答えたことに気を良くしたんだろう。
ノリノリな静先輩に抵抗するも虚しく、連れていかれた先は『STARPUCKS COFFEE』だった。

「ここならコーヒーもチョコレートもあるから丁度いいな」

何となく甘いもの飲みたいって言ったけど、そもそも僕はチョコレート以外の甘いものってあんまり得意じゃないんだった。
ただ、チョコレートだけは好きで、好きな食べ物は? って聞かれたら一番最初に出てくるぐらいには好きだ。

「今日の記念に写真でも撮るか」
ここ数週間、色々あったり静先輩が僕の食事を管理してたりしたこともあって久しぶりのチョコレートに、うきうきしながら飲もうとしたら、静先輩がこっちおいで、と僕の肩を抱いてスマホを取り出した。

静先輩もそういうことするんだ。
てっきりそういうの興味ないと思ってた。

静先輩と同じように肩に手を回そうとして一瞬躊躇い、でもやっぱりちゃんとくっつきたくて手を置く。

写真に残る。

そう思ったら静先輩に触れていいのか、一瞬わかんなくなった。
まだちょっと怖かった。
今この楽しいという瞬間が形になって残るんだと思ったら、それはいけないんじゃないかって思えてきて。

でもそうしようって静先輩が言ってくれたから。
もう楽しんでもいいんだって、自分はそうするしかないって思うから。
ちゃんと静先輩の肩に触れる。

「ほら、撮るぞ」
フラッシュの光とともにパシャリと音がした。
「み、見せて!」

うん、ちゃんと笑えてる。
よかった、大丈夫。

「これ、僕にもください」
「もちろん」
トークアプリにピロンと滅多に聞かない着信音を鳴らして写真が届いた。
しっかり保存して待ち受け画面に設定するのも忘れない。
「大事にします、これ」

不安のある中来たお出かけだったけど、特に何かあるわけでもなく、静先輩との思い出もこうやって形に残って普通に過ごせている。
来るまではあんなに怖かった人混みに、今はそこまでの恐怖を感じてはいなかった。

外が見える席で流れるような人混みを眺めながらゆっくり飲み干すと、次の目的地を目ざして店を出た。
まあ行くとこが決まってるわけじゃないけどね。



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