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第4章 同甘共苦
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しおりを挟む夕食の時間は数日ぶりに一緒に取れることを無駄にしたくなくて、余計な話は敢えてしなかった。
その分今日のこれが好きだの、もう少しこうした方が美味しくなるだの、明日はあれが食べたいだの、二人でいられる時間を楽しむ努力をした。
幸せな生活が出来るように考え方を少しずつ変え始めはしたが、数日やそこらじゃまだ全然変われない。
まだ何をするにも気が張るから、頑張らないとその一歩を踏み出せないのだ。
そうやって頑張ってそれなりに楽しい夕食を終えると、今度こそ帰ると言って静先輩が立ち上がった。
「あのっ、静先輩。・・・・・・聞きたいことがあるんですけど」
「ん、なんだ? そんなに改まって」
ベッドの上で正座までして引き止めた僕に、静先輩は何事かと一旦荷物を置いて隣に腰を下ろす。
真面目に話を聞いてくれようとしている静先輩に、僕は気になっていたことを全部ぶちまけた。
毎日朝早くから来るのに、どうして夜は僕がお風呂に入る前に帰っちゃって泊まってくれなくなったのか、たとえ静先輩が僕を大事にするって言ってくれているとしても、やっぱりΩだってことを今まで隠していた僕なんかはこれ以上何をしでかすか信用出来なくて風呂だの寝るだのは安心出来ないのか、とか。
話してるうちに考えがどんどん酷い方へ落ち込んできて、どの可能性も静先輩が離れてってしまうことが怖くて、全部話し終える頃には溢れる涙を堪えることに必死になっていた。
静先輩に限ってそんなことないってわかってても、この生活が特殊だということは痛いぐらいわかってるから、少しでも不安材料があるとすぐに考え方が元に戻ろうとしてしまう。
でも今までと違うのはもうそれを良しと出来ないことだ。
静先輩の隣にいられなくなることが今では怖い。
「そうやって、っ僕が気づかないように、ゆっくり・・・・・・はなれて、いくんでしょ」
肯定されたらどうしよう、ともう静先輩の顔も見れなくて俯いて涙を堪えていたら、その腕で優しく抱き締めてくれた。
「弥桜、俺たちが離れ離れになることなんて絶対にないんだよ」
「じゃあ・・・・・・なんで夜帰っちゃうの? 今日夕食も一緒に食べてくれてこの時間までいてくれてるってことは、何か予定があるってわけでもないんでしょ?」
「あー・・・、えっと、それは・・・・・・」
離れる気がないならどうしてそんなことしてるのか全く想像がつかなくて問いつめると、静先輩は途端に歯切れが悪くなった。
「静先輩・・・・・・?」
「いやーだなぁ、それには色々理由があって」
離れ離れになるわけじゃないのに言えないってことは、それよりもっと酷い理由なのだろうか。
「あっ違うぞ、弥桜が考えているようなことはないんだけど」
想像も出来ない恐怖に僕の全身が強ばったのを感じたのか、慌てて抱き締める腕に力を込めてぎゅうぎゅうに締めつけられる。
「その・・・・・・、弥桜が色っぽくて・・・・・・」
「・・・・・・へ?」
「いや、ほら、この前泊まった時油断して発情期の残り香に意識持ってかれたことがあっただろ。次の日はあんなことがあったからそれどころじゃなくて泊まったけど、あれからどうも意識しちゃって。・・・・・・風呂なんか入ったら我慢出来る気がしない」
静先輩が一息に言い切ってから数秒後、ようやく自分が何を言われたのか理解すると、その瞬間一気に顔に血が上って心臓も煩いくらいに鳴り出した。
「なっ、なななにを言ってるんですか!?」
急に恥かしくなって突き飛ばすようにその腕から逃げるようとすると、その時一瞬見えた静先輩の顔も真っ赤になっていた。
「時間が経てば治まるだろうと思って、だから泊まるのも避けてたんだよ」
「き、嫌われてなくてよかった・・・・・・。でも、それでも朝早く来てくれるってわかってても、帰っちゃうのは寂しい」
かなり恥かしい理由だったけど、それでも嫌われたり呆れられたりしたわけじゃなかったからよかった。
相当気が張っていたのが一気に抜けて、心底安心したせいか、ついぽろりと普段だったらまだまだ言えないようなことまで口にしていた。
気づいた時には既に静先輩の耳にも届いていて、すごく困った顔をしていた。
「・・・・・・風呂から出たらちゃんと服を着てさっさと髪も乾かしてくれ。それから寝るのはあっちの部屋に布団を敷く。それでよければ、あとは俺の気持ち次第だから何とかする」
僕が何かしてるわけじゃないから遠慮するのも違う気がするけど、それでも無理する必要はないから、と言おうとする前に静先輩が苦い顔でそう言ってきた。
さっきもつい口から出てしまったように、一緒にいられるならその方が安心する。
人と会うのは怖いくせに、一人になるのは、静先輩と離れるのはもっと怖い。
だから静先輩の言葉に甘えることにした。
「じゃあ明日は布団買いに行くぞ。で、そのままうちに泊まれ。そう言うことだから今日は一旦帰るな。まだここ布団ないし」
話がまとまると静先輩はあっさり帰ってしまった。
それでも今まで不安だったことが聞けてその解決法も決まると、安心してお風呂に入って早々にベッドにもぐり込んだ。
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