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彼と僕の猫事情

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日本語には、善は急げって言葉があるらしい。
良いなと思ったことはすぐやって、チャンスを逃すなって意味なんだって。

あれから3日。
今日オレたちはユイのお墓参りに行く。

まだ3月上旬、立春はすぎたけど風が吹けば凍るような寒さが続く朝方。
カナと電車に揺られて30分。
特に何かがある訳でもない平日だから、人影もまばらだ。

「カナ、寒くない?」
「大丈夫だよ。叶こそ、大丈夫? まだ人の体は慣れないんじゃないのか?」
「もうほとんど慣れたよ。ずっと二人のこと見てたし、オレすごいからすぐ出来るもん。それに、カナが貸してくれた帽子もコートも温かいから平気」
「はは、そうだな。叶は最初から結構色んなこと出来たもんな。本当、叶はすごいよ」

笑顔で撫でてくれたオレの頭にはカナの貸してくれた帽子があった。

神様がオレを生き返らせてくれる時、人間と言葉を交わし意思疎通しながら生きていくなら、人間の姿が良いと言って今の姿にしてもらった。
だが、よく見ればその変化は必要最低限のもので、耳や尻尾、目や髪、それから嗅覚だとか聴覚だとかは、猫だった時の名残で、全くもってそのまんまだったのである。

感覚的な部分はオレが気をつければ他人に分かるものではない。
外見も目と髪はまだ許容範囲内だったが、流石に耳と尻尾は駄目だろうってことになった。
それで、カナにこの毛糸の帽子と厚手のロングコートを借りて隠すことにしたのだ。

「背丈も唯叶と一緒だったから着れてよかったよ」

カナから借りたユイのもの。
ユイが死んでからカナは家のものに一切手をつけていなかった。
手入れだけをして、場所もモノも一切変えてない。
それを今回は、叶ならいいよと、貸してもらった。

「えっと、地図によるとこの辺って・・・・・・。あ、ここだ」

来る前にユイのお母さんにお墓の場所を聞いて地図をもらったから、それを頼りにここまで来た。
お墓を目の前にしてカナの体に力が入る。

「大丈夫、カナ?」

お互いに握る手に力がこもる。

「僕には叶がいるから、大丈夫」

そう言ってまた一歩ずつ進み出す。
その一歩後ろを歩きながら、カナの背中に不安を見いだせずにはいられない。

"叶がいるから"

カナは何かをする時、オレが大丈夫かと訊いた時、必ずそう言う。
ユイが生きていた頃は、唯叶がいるから、だった。

カナの幸せは誰かに依存することで成り立つ。
幸せ以前に、生きる意味がユイやオレに依存することなのだ。
だからユイが死んだ時に、生きる意味さえ失って死のうとした。
だから生きると決めた時、叶がいるからと何度も自分に言い聞かせていたんだ。

少しでもオレに何かがあればすぐにこの決意は揺らぐ。
オレがいることが前提だから。
だからオレはカナのこと以上に自分のことには気を使う。

それが一番カナのためになるから。

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