赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜

くびのほきょう

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15歳

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「ヒィーン!」

王都までちょうど道半ば、フレイアとオリーブの二人が乗る馬車がレタス畑に囲まれた道を走っていた時、突然、甲高い馬の鳴き声が響いた。

その鳴き声はとても大きく、切羽詰まったような必死さで、馬車のすぐ近くから何度も聞こえてくる。オリーブたちが戸惑っていると、馬車の周囲を囲むように「ヒヒーン」「ヒヒーン」と複数の馬の鳴き声が聞こえ出し、何頭もの馬が一斉に鳴くという異様な雰囲気に包まれる。

「何でしょうか……?」

馬車の窓から外を覗いたオリーブは、馬車のすぐ横でオリーブたちのいる窓に向かって訴えかけるように鳴いている芦毛の馬の黒い瞳と目が合った。

「マレンゴ!?」

この必死な鳴き声の主は、ラルフの愛馬マレンゴだったのだ。マレンゴの背には荷物だけで、空馬の状態で走っている。

……ラルフが落馬したの!?

ラルフが何もなく落馬するなど考えられない。何か非常事態が起きたに違いない。

オリーブはフレイアに許可を取ることすら忘れ、すぐに御者に命じて馬車を止め、言葉通り馬車から飛び降りた。そんなオリーブの元へ駆け寄ってきたマレンゴの背に飛び乗りまたがる。

「マレンゴ、ラルフのところへ連れてって!」

それなのに、マレンゴは立ち止まったまま首を振るだけ。オリーブが頼んでも、お腹を蹴っても、マレンゴは悲しそうに目を伏せて一歩も動かない。オリーブはラルフが心配で心配でしかたないというのに、なぜかマレンゴはラルフの元へ行ってくれない。

……マレンゴをテイムすれば……。

そう考えた瞬間、オリーブは自分の中にテイムという選択肢が出来ていることに気付き、恐怖する。

……大切な人をテイムするなんて、私はなんて恐ろしいことを考えたの。……マレンゴは馬だけど、それでも無理やり行動を操るなんてできない。マレンゴとの友情が消えてなくなってしまう。

マレンゴをテイムしないと心の中で誓っても、状況は変わらない。

ラルフが幼い頃から、ゾグラフ領へも同行するくらい固い絆で繋がっているマレンゴ。そんなマレンゴはラルフのためになる行動を取るに決まっている。
マレンゴがラルフの元へ行かずここへ留まる理由があるはずなのに、オリーブには分からない。それがとてももどかしい。

「ねぇマレンゴ、ラルフに何があったの?ラルフのところに行きたいの。お願い……」

「オリーブ嬢、馬から降りてくれ」

突然に誰かから声をかけられ、オリーブは驚き仰け反って落馬しそうになるも踏み留まった。
体勢を整え周りを見渡すと、マルティネス公爵家の馬車の周りを走っていた護衛騎士たちがマレンゴの周りに集まってきている。その中心にアラスターが立っていた。

マレンゴの空馬という非常事態に焦るあまり、周りが見えていなかったことが恥ずかしい。

先ほどの複数の馬の鳴き声は、護衛騎士が乗る馬たちだったのだ。
オリーブに非常事態だと伝えようと必死に鳴いていたマレンゴのため、共鳴して鳴いてくれたに違いない。
そんな優しい馬たちと護衛騎士、そしてアラスターとフレイアがオリーブとマレンゴを囲み見守っていた。

「マレンゴはラルフに何かあったと君に伝えにきてくれた。俺がラルフを探しに行く。オリーブ嬢にはフレイアと共に王都へ戻って欲しい。……すぐに逆走してラルフに合流するし、念の為、フレイアの護衛騎士の半数を連れて行く。ラルフのことは俺たちに任せてくれ」

アラスターの紫色の瞳、その真剣な眼差しに対してオリーブは頷き、冷静になろうと努める。

オリーブがマレンゴに乗って緊急事態のラルフの元へ駆けつけたとして、できることなど少ない。それどころか足手まといになってしまう可能性すらある。アラスターに任せた方がラルフにとって良いに決まっている。

踏み台なしでマレンゴから下馬するのに手間取ってしまい、皆が見守る中での下馬できない恥ずかしさでオリーブの頭に登っていた血は下がって行く。
先程までの自分が酷く取り乱していたことを嫌でも自覚する。普段踏み台を使って乗馬しているというのに、踏み台なしで素早くマレンゴへ飛び乗ってしまったくらいにオリーブは興奮していたのだ。

平民騎士のフリをしていたはずのアラスターだが、瞳の色を変える魔道具を外し本来の紫色の瞳へ戻っていた。ラルフの緊急事態により、公爵令息アラスターとして護衛騎士たちへ指示を出すためだろう。

……大丈夫。カンディア山から王都までの経路は少ない、はず。大丈夫。ラルフはすぐに見つかるわ。何かあってもアラスター様が駆けつけるんだもの。大丈夫。

オリーブとフレイアが見守る中、アラスターと数名の護衛騎士はすごい速さで来た道を逆走して行った。そしてオリーブはフレイアと共に馬車へ戻り、後ろ髪を引かれる思いで王都へ帰る。

馬車に乗ったフレイアは即座にビデオ通話の魔道具を起動し、ドミニクへラルフの件を伝える。
立体映像のドミニクはすぐにゾグラフ辺境伯家へメッセンジャーでマレンゴの空馬状態の件を連絡し、林間学習へ派遣していた王国騎士もアラスターへ合流するように指示すると言ってくれた。

フレイアとドミニクと3人で「きっと大丈夫」と励まし合ったが、馬車に並走しているマレンゴが窓の外に見えるたびに不安になってしまう。

ラルフの元へ戻らずオリーブから離れないマレンゴのことが、どうも心に引っかかり落ち着かない。

失礼を承知で、オリーブはドミニクへ「王家に伝わる魔法か魔道具で、動物の言葉がわかるものはないか」と聞いてしまった。普段のオリーブならありえない暴挙だが、ドミニクからは申し訳なさそうに「ない」と返されるだけだった。

起きたことに比べると過剰に心配しすぎなのかもしれない。取り越し苦労に終わったら、やりすぎだとラルフから言われてしまいそうだ。
だが、オリーブを筆頭に昨晩話し合いをした者たちの頭の中には、共通する一つの懸念がある。

ラルフは強い。一人で飛熊を討伐したことがあるくらい強い。フレイアから戦闘狂と呼ばれているサイラスよりも強い。貴族学園騎士科1年の勝ち抜き戦で優勝したくらい強い。

けれど、そんなに強いラルフでも、マールムの歌声で簡単にテイムされてしまうのだ。

サイラスの前に自ら首を差し出した飛熊を思い出し、そして、マールムの前に自ら首を差し出しているラルフを想像してしまった……。

オリーブがピンチの時は、いつも、誰よりも早くに駆けつけて助けてくれるラルフ。そんなラルフの緊急事態なのに何も出来ない自分が、オリーブは何よりも許せなかった。

ーーーーー

「ラルフが、見つからない……」

王城の謁見室でオリーブは項垂れ、膝から崩れ落ちた……。

カンディア山から王都へと帰還したオリーブとフレイアだが、王城まで直行したために乗馬服を簡易化させたようなズボンとシャツ、林間学習用の簡易服のままだった。ラルフのことが心配だとしても、国王陛下と謁見するには貴族令嬢として相応しい身なりへと整えないといけない。
用意してもらったドレスへと着替え、謁見室へと案内された。

真ん中に大きな円卓がひとつと10脚ほどの椅子が置かれただけで余計な装飾品がないシンプルなその部屋は、フレイアの耳打ちだと非公式な話し合いのための謁見室とのこと。

時刻は6時半。窓の外はオレンジ色の夕焼け色に染まっている。

使用人は全て室外へ待機させ、フレイアとオリーブ二人きりのところへドミニクとサイラスが入室してきた。二人の固い表情から良くない状況を察してしまう。

いつも朗らかに笑っているドミニクが、声と表情を強張らせ「ラルフはまだ見つかっていない」と言った。

「オリーブ、気をしっかり持って。……こちらへ座ってドミニク様から詳細を聞きましょう」

城から貸し出されたドレスが汚れることを考える余裕もなく床へ膝をついてしまったオリーブを、椅子へ座るようにとフレイアが促す。

”平静になれ”と何度も何度も頭の中で繰り返す。

ラルフは見つかっていないこのに、もうすぐ、日が暮れ夜になる。それがとても怖い。ただ空が暗くなるだけだとも思うのに、明るい昼間とは比べられないほどの恐怖が襲ってくる。

「マルティネス公爵家の護衛騎士の話だと、ラルフはオリーブ嬢とフレイアが乗る馬車の近くをずっと走っていたんだ。ただ、馬車を囲む護衛騎士たちのその後ろを走っていたため、ラルフがいつ集団から離れてしまったのか分からない。最後にその姿を見たのは休憩で立ち寄った休憩所で、その休憩所からレタス畑の間に住む住人に聞き込みをしても、オリーブ色の髪をした青年だけでなく、怪我や病気で倒れていた人の目撃情報はない。つまり、ラルフが急病や事故で落馬した可能性は低くて、事件や事故に巻き込まれたか、それか、ラルフ個人が狙われたのかもしれない……」

ドミニクが言葉に詰まると、オリーブが座っている椅子の、フレイアとは反対側の隣にサイラスが座り、気遣うような優しげな声色で話し出した。

「範囲を広げて捜索しているんだけどな、カンディア山からレタス畑までの道のりには、事故の形跡も争った形跡も血痕も何もないんだ。ラルフは帯刀している。剣を使えば何かしら痕跡は残る。攻撃魔法を使ってれば絶対に分かる。なのに、地面には抉れてるところも、何かを引きずったあとも、血痕もない。ラルフの遺体もない。……ラルフが少しも抵抗せずに連れ去られたとなると、相手は相当な手練れになる」

ドミニクとサイラスからの説明に、空馬のマレンゴを見てからずっとオリーブの心の奥で燻っていた推測が確信へと変わっていく。

「ラルフに気付かれる前に歌い出してテイムしてしまえばいい。マールムなら抵抗されずに殺すことができますよね……」

オリーブの言葉でフレイア、ドミニク、サイラスの3人が黙ってしまった。皆、マールムによる犯行の可能性を考えていたのだろう。

「マールムがラルフを殺して得することってあるかしら?大丈夫よ、ラルフは生きてるわ」

フレイアはオリーブの両手を包み込むように両手で握る。その暖かさに、つい半日前にこうしてラルフと両手をつないでいたことを思い出し、ずっと我慢していた涙が溢れそうになる。

そこへ、ドアをノックする音が響いた。
室内にいるこちらの返事を待たずに戸が開かれ、真剣な顔付きの国王夫妻と、対照的に困惑した表情のオリーブの母ステファニーの3人が入ってきた。

母の顔を見た安心感からギリギリで堪えていた涙がオリーブの青い瞳から流れ出す。母はオリーブの涙の理由もわからないだろうに、困惑しながらもオリーブに駆け寄り背中をさすってくれた。差し出されたハンカチからは母の香りがする。

そんなオリーブたち母娘を見ながら、陛下は立ったまま話し始めた。

「ホワイト前子爵夫人、あなたがしているそのペンダントと歌姫について早急に話を聞く必要があり、緊急で呼び出した。だが、林間学習の帰り道でラルフくんが行方不明になり所在が分からない非常事態が起きてしまった。マールム・パレルモが歌姫の力でラルフくんをテイムした可能性もある。あなたを呼び出したのにラルフくんの保護を優先しないといけない」

陛下の言葉を受けて、オリーブの背中をさすっていた母の手が止まる。ペンダントトップのサファイアを触りながら戸惑っている。

「ラルフくんの生存と安全の確認が取れるまで緊急体制を取る。采配はドミニクに任せた。フレイア嬢やサイラスと力を合わせ解決してくれ。私と王妃はホワイト前子爵夫人の聞き取りを別室で行う。我々の力が必要な時は遠慮せずすぐに声をかけるように。もちろん、我々もホワイト前子爵夫人から聞き出した内容がラルフくんの保護のために必要だと判断次第、速やかに情報を共有する」

陛下はドミニクへ対処を一任すると言うと、王妃を引き連れて謁見室を出て行ってしまった。母もその後に続かないといけない。

「もう自分の意思で歌っていいのよ。私はオリーブを信じてるわ」

母はオリーブへそう伝えると、ハンカチを残して行ってしまった。

陛下と王妃とは一瞬だけの面謁だったが、ラルフの身を案じ保護に全力を尽くすという姿勢を示してくれた。
ラルフの命がかかっているのだ。今は不敬とか、恥とか、礼儀とか考えず、遠慮なく力を貸してもらおうと思う。

そして、いいかげん、皆に心配されている己の情けない現状を恥じるべきだ。

意味なく怖がりクヨクヨと不安がっている時間などない。ラルフを助け出すために全力を尽くすのだと、オリーブはハンカチを握りしめた。

ーーーーー

「王家からの謝罪を聞いてほしいんだ」

こんな不穏な切り出しで、ドミニクはオリーブの顔を見据えて話し出した。

「マールムに付けていた監視だけど、カンディア山の麓で馬車へ乗る直前にその任は解かれてしまっていた。これはマールムにテイムされたのではなく、叔父による指示。監視が付くのを異常に嫌っている叔父が、パレルモ伯爵家の馬車に乗る前に監視の存在に気づいてしまったんだ。それで叔父は王族の権限を使って、自分勝手に監視の任を解いたんだよ。父ではなく僕の指示で付いていた監視だったのもよくなかった。これは王家の落ち度だ。本当に申し訳ない」

そう言ってオリーブへ頭を下げるドミニクとサイラス。

「頭を上げてください。ラルフのただの幼馴染なだけの私にはその謝罪を受ける理由がありません。もしもですが、もしも、ラルフに何かあったら、その時にゾグラフ辺境伯へ仰ってください」

学園でも林間学習の場でも、護衛も従者も付けてないという王族としてあり得ないカイルの行動は気になっていた。
おそらくだが、兄である陛下が年の離れた弟のカイルを甘やかしていたのだろう。今回のこともカイルへ甘い指示をしかねないと思った陛下は、あえてドミニクへ対処を託したのかもしれない。
カイルのことを話していた時の陛下の表情を思うと、そんな考えが浮かんでしまう。

「今、アラスターはマルティネス公爵騎士団と王国騎士団を引き連れてカンディア山からレタス畑付近の捜索にあたってくれてる。そのアラスターには試作段階の通話の魔道具を渡してあってね、実はさっきからずっと繋いだままだったんだ」

そう言いながらポケットから10カラットくらいのダイヤモンドが付いた指輪を取り出したドミニクが指輪を指へはめると、アラスターの声が聞こえてきた。

「ラルフを探し出してすぐに王国騎士団と情報を共有したことでマールムの監視が解かれていたことに気づいた。その時点で我が家の騎士に命じ、マールムへ監視を付けている。パレルモ伯爵家の馬車を探し出し追跡させたが、マールムはカイル殿下と二人で馬車に乗っていて、王都へ付いた後は貴族学園でカイル殿下を下ろし、すでにパレルモ伯爵家のタウンハウスへと帰宅している。その後、外出はしていない。……カイル殿下を下ろす際に監視が馬車の中を盗み見た様子だと、車内にも御者席にもラルフを載せていた可能性はないそうだ」

「モラレスの実は制限を外せば人を入れることができるわ。ラルフを載せていた可能性は残ってる」

アラスターに反論したフレイアの意見に、オリーブも頷く。

「二人ともフェリクスは分かるよな。あいつは小さい頃から俺たちと交流があって、つまりは高位貴族子息として正しくラルフとも知り合いだった」

サイラスが突拍子もなくフェリクスについて語り出したが、ラルフの行方不明にどう関係するのか戸惑ってしまう。
未婚の魔法師団長の息子であるフェリクスは、母親が誰か公表されていない。そんな出自でも、魔法師団長の息子として王子たちやラルフと縁があったらしい。

「子供の頃、俺たちは物を失くしても見つける魔道具を発明したってフェリクスから自慢されたんだ。それは同じ飾り紐2本から作る魔道具で、片方を鍵や財布に付けておけば、もう片方を使って紛失時に位置を特定できるって言われて、試しに兄上が飾り紐を2本渡してフェリクスにその魔道具を作ってもらった」

サイラスの話で、オリーブは前世で愛猫おもちの首輪に付けていたスマートタグを思い出した。そんなスマートタグに似た魔道具をフェリクスは発明していたらしい。
サイラスは途中で帯刀していた剣を掲げ、話を続ける。

「その魔道具をみた親たちが、”物をなくしても見つける”という使い方よりも、迷子や誘拐に備えることができるかもってなったんだ。俺はこの剣についてる銀の飾り紐で作ってもらって、で、ラルフはオリーブ色と黒色の飾り紐で贅沢にも2本も作ってもらってた」

剣に付ける飾り紐が欲しいと書かれたラルフからの手紙を思い出す。

”紐以外の飾りは無し”、”使う色は2色まで”、”7~10センチ”、”解けないようにしっかり編まれたもの”、”予備を付けて2本以上”……。

10歳だった当時は、その条件の多さに何も考えず、要望を全て叶えるために自分で組紐を編んで手作りしていた。
今考えるとただ飾り紐が欲しいにしては指定が多すぎて不自然だ。後で魔道具に加工するためだったと分かり、腑に落ちる。

「ついさっき、辺境にいるゾグラフ辺境伯からメッセンジャーで許可を貰えた。今、僕の手の者が学園の寮とタウンハウスのラルフの部屋へオリーブ色と黒色の飾り紐を探しに行ってて、見つけ次第ここへ届けに来る手筈になっている。ラルフの居場所はすぐに分かるよ」

ドミニクの言葉で、オリーブは目の前に立ちふさがっていた壁に亀裂が生じたように感じた。
まさかあの飾り紐にこんな力が隠されてたとは、思いもしなかった。全て解決したらラルフと共にフェリクスへお礼を言いに行こうと、オリーブは祈るようにそう思った。
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