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15歳
35
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……どうする!?
オリーブがうろたえ戸惑っている一瞬の間に、マールムとサイラスは動いた。
3人の中で一番反応が早かったのはマールム。素早くスカートを捲し上げ、太もものレッグホルダーから小さな拳銃を取り出しオリーブへと照準を合わせ引き金を引いた。
次はサイラス。マールムから目線を外さずに銃口の先にいるオリーブへと飛びつき、オリーブを守るように抱きしめて床を転がり避けた。
完全に出遅れたオリーブは、転がりながら自分が立っていた場所を見る。マールムの拳銃から鏡台の前へとまっすぐ発光している。あの小さな拳銃は銃口から雷を放つ魔道具のようだ。
オリーブは近くにあった長椅子の陰に隠れ、サイラスはすぐに立ち上がり剣を構えている間も、マールムは何度も拳銃から雷を出し攻撃しながらオリーブたちがいる方へ走り近づいてくる。
「♪~~~~~」
そして、躊躇なく歌い出した。
何をするにも怯えて時間がかかる優柔不断なオリーブに対し、不測の事態が起きても素早く判断し行動に移す迅速果断なマールム。姿形は良く似た姉妹なのに、その性質は対極にあるようだ。
『オリーブ嬢、まだだ』
ドミニクに釘を刺されてしまう。オリーブのテイムは切り札となるためドミニクが許可するまで歌わないようにと言われているのだ。
長椅子の影にしゃがんで隠れているだけのオリーブを他所に、マールムから揺ら揺らと虹色のオーロラのような光が漏れ出す。
「♪~~~~~」
ーーー動くな、武器を捨てろ、何も考えるなーーー動くな、武器を捨てろ、何も考えるなーーー動くな、武器を捨てろ、何も考えるなーーー
「♪~~~~~」
歌詞に重なってマールムの命令が頭に直接響く。その命令は耳元で叫ばれているかのように煩く、マールムから発せられている虹色の光で視界が遮られ、脳が揺れているような感覚が気持ち悪い。囚われないようにとオリーブは身体全体に力をいれ耐えた。
サイラスはその場に立ち尽くし、足元へ剣を投げ捨ててしまった。
それによりマールムの攻撃の手が止まった。テイムが効いたサイラスの様子を見て、拳銃を持っていた手を下げたのだ。
その一瞬を見逃さなかったサイラスは、素早く剣を拾い上げマールムへと魔法を放つ。
虹色の光に慣れ視界が戻ってきたオリーブの目に入ってきたのは竃のような半円の岩の山。サイラスの剣から出てきた大量の岩がマールムを囲い固め、岩の中へと閉じ込めてしまったのだ。
まだ岩の中からマールムの歌声が聞こえてくるし、虹色の光は消えていない。それでも後はマールムに魔封じを付けるだけだとホッとした瞬間、胸元からフェリクスが叫んだ。
『ラルフの位置が動いた!』
と同時に岩山が崩れ、岩山の中から騎士服を着た誰かがサイラスへ飛びかかってきた。
「ラルフ!」
誰かではない。ラルフだ。
ラルフとサイラスは互いの剣を剣で受けとめ押し合う。
ラルフの金色の瞳に光はなく、オリーブの呼びかけにも反応しない。額にはモラレスの実と契約した証である花形の文様があり、マールムにテイムされていることを誇示している。
……いやだ、いやだ、いやだ!
オリーブは叫び出したくなる衝動を抑えるのに必死だ。
「ドッペルゲンガーじゃない……ということは、オリーブ?」
見た人の容姿になる魔物、ドッペルゲンガーは声を発することがない。
マールムは瞳が赤いオリーブをドッペルゲンガーだと疑っていたのだ。
死が近い者の前に現れると言われ恐れられているドッペルゲンガー。マールムにとっても、オリーブにとっても、お互いの存在は正にドッペルゲンガーなのかもしれない……。
岩山の中から出てきたマールムは左手に巾着袋を持っている。
遠距離攻撃できる魔道具なのにわざわざ近くまでへ走ってきていたことへの違和感。それは、モラレスの実が入った巾着袋を鏡台の引き出しから回収するためだったのだ。
一貴族令嬢とは思えないマールムの土壇場での素早い決断力と行動力に、オリーブは素直に感服してしまう。
思えばマールムは少なくとも飛熊、黒妖犬、ヒポトリアをテイムしている。人里離れた辺鄙な土地へ赴き、野生で生きていた凶暴な魔獣と向き合ってきた経験がある。
これほどの胆力があって当然なのかもしれない。
「あなたの悪事はもうバレてる。テイムが効かない私たちがここへ潜入しているこの状況で、あなたなの劣勢は分かるはず。すぐにラルフのテイムを解いて、降伏して。……今ならまだ罪は軽い」
オリーブは立ち上がり、真っ直ぐにマールムと向き合った。
「せっかく姉妹の初対面なのに、挨拶もなしなんて寂しいな。初めまして。私のことは”あなた”じゃなくて”マールム様”って呼んでね。オリーブの方が爵位が低いんだし、姉なんだからちゃんとして貰わないと。……可愛い妹からお姉ちゃんに教えてあげる。テイムってとっても便利なんだよぉ。どんなやらかししても、歌えば、どうにでもできちゃうの」
マールムが大輪の花が咲いたかのように華やかに笑ったと同時、ラルフの剣から強い風が出てサイラスが後ろへと吹き飛んだ。
「サイラス殿下!」
オリーブとマールムも風にあてられよろけたが、マールムは体勢を整えながら巾着袋から新たにモラレスの実を取り出し、茎の部分にある突起を押した。
出てきたのは灰色の毛に覆われた馬車と変わらぬ大きさの大きなカバ。額にはラルフと同じ花形の文様がある。
「ゴォーーーーーー」
限界まで口を開き、地響きのような叫び声を上げるカバ。オレンジ色の大きくて鋭い2本の牙が露わになる。魔獣ヒポトリアだ……。
「♪~~~~~」
マールムがまた歌い出すが、今度はオリーブの頭に声が聞こえてこない。ヒポトリアとラルフへの命令しているのだろう。
ヒポトリアの鳴き声を聞きつけたパレルモ伯爵家の騎士たちが部屋に入ってきてしまった。
「狭すぎる!」
サイラスはオリーブを肩に背負い担ぎ上げ、剣で部屋の壁を壊して外へ飛び出した。
先ほどの風でカツラが飛んでしまったようで、サイラスの銀髪は露わになっている。銀髪は王族の証。パレルモ伯爵家の騎士たちが戸惑っている声も聞こえてくる。
オリーブが下されたのは先ほど忍び込んだ物品庫の前。元いた2階の部屋を見上げると、大きな穴が空いてしまっている。
「ラルフとは勝ち抜き戦のやり直しがしたかったから丁度いい。……もしも殺しちゃったら、オリーブは俺が娶ってやるからな」
『ラルフと戦闘になっても怪我なくテイムを解除できるって言ってたじゃない!本当最悪。特に”娶ってやる”って上から目線が嫌!』
『僕、絶対ラルフに言お。サイラスが生きてたらだけど!』
サイラスたちの冗談で場が和む暇もなく、崩れた壁からラルフとヒポトリアが、オリーブとサイラスの前へと飛び降りてきた。
パレルモ伯爵家の騎士たちは少し離れたところからこちらを観察しているが、おそらく、父からの指示待ちなのだろう。
マールムを横抱きにしているラルフの姿を見ただけで、性懲りも無くオリーブの心は傷つく。
サイラスの銀髪で王族の関与を悟り降伏してくれないかと期待するも、ラルフから地面に下されたマールムの顔は好戦的なまま。
「第二王子、ね。ふーん。昨晩もテイムされてなかったってことね。……それって、王族にはテイムは効かないってこと?」
サイラスは剣を構えて攻撃に備えたまま返事をしない。
「それって、カイル先生にもテイムは効かないってことよね!」
なぜか笑顔で喜んでいるマールム。
「つまり、カイル先生は昨晩の私を受け入れてくれてたのか」
『騎士たちをそちらに向かわせてるよ』
「……ふふふ。じゃぁ、ここでオリーブを始末したらお母様は婚約に反対しなくなるし、王子たちを殺せば解決じゃない?」
『様子を見て、少し離れた所から遠距離攻撃させる』
マールムが話しているのと同時に、胸元から声を潜めたドミニクにも話しかけられている。
「オリーブ、御誂え向きに来てくれてありがとうね……♪~~~~~」
『オリーブ嬢、歌ってヒポトリアとラルフのテイムを解除してくれ!』
ドミニクからオリーブへの指示はマールムに聞こえていないはずなのに、マールムはうっとりとしていた顔を一瞬で歪めてオリーブより先に歌い出した。
虹色の光がまた視界の邪魔をし始める。
テイムを解けばヒポトリアは暴れたままだろう。でも、サイラスと騎士達の遠距離攻撃がある。
……ラルフを取り戻して、マールムの戦力を削ぐ!
オリーブが歌うため口を開いた、その時、ヒポトリアがサイラスに向かって大きな口から砲弾のような魔力の塊を放ち、オリーブの目の前に剣を構えたラルフが飛びかかってきた……!
「ラルフ……?」
オリーブは驚きで歌うことを忘れてしまった。なぜなら、オリーブの目の前で、ラルフの剣が止まったからだ。
ラルフはオリーブを見つめたまま動かない……。
生気のない金色の瞳。
今日の昼にデイジーたちを睨んでいた瞳と似ているが、違う。デイジーたちを見ていた時はもっと威圧感があった。今、オリーブを見ているラルフの瞳には敵意を感じない。
剣を持つラルフの両手が震えている。オリーブは、剣を握りしめ震えているラルフの手の上に己の両手を重ねた……。
「オ、オリーブ」
ラルフに名を呼ばれたのはいつぶりだろうか。
ラルフの額にあった花形の文様がスゥッと消えていく……。もう、涙を我慢しなくてもいい。
「ラルフ。よかった……」
オリーブの頬にひとしずくの涙が流れた。
そんな、ラルフのテイムが解けた嬉しさで周りを見ていないオリーブを、ラルフはいきなり引っ張って強引に引き寄せる。
そのおかげでギリギリで避けることができた雷。マールムの拳銃型魔道具だ。
「何なのよ!なんで解けたの!?…………♪~~~~~」
ラルフのテイムが解けたことに怒り出したマールムが改めて歌い出すが、マールムの体から出ている虹色の光が薄れていく。
ずっと聞いていたいと思わせる不思議な歌声も、段々とその魅力がなくなっていき、下手とまで言わないが手放しで上手とは言えない歌声に聞こえてきた。
「マールムの胸元から出てた魔力が消えた……」
頭のすぐ上から聞こえたラルフの声に驚き顔を上げると、すごい近くで目が合う。
ラルフに引き寄せられ、抱きしめられていたことを思い出し、慌てて離れたが、顔が燃えるように熱い。チラッと確認したラルフの顔も、真っ赤になっている。
「おい!二人の世界に入るな!」
一人でヒポトリアと戦っているサイラスの叫びでハッとする。歌ってテイムを解除しろというドミニクからの命令を忘れてしまっていたが、ピポトリアの額からも既に花柄の文様は消えている。
ならば暴れるのを辞めるようにとテイムするべきだろう。
『オリーブ嬢、歌わなくていい』
オリーブの胸元からドミニクの声が聞こえ、ラルフが不思議そうな顔をしているので、ネックレスを服の外へ出してドミニクの声がするダイヤモンドを見せた。ビデオ通話の魔道具を見ていたラルフなら、これだけで、ダイヤモンドが遠方にいる人と会話ができる魔道具になっていると思い当たるだろう。
『マールムはもうテイムができないと判断し、騎士たちを突入させる』
すぐさま庭の奥から騎士たちが飛び出してきた。
先ほど一緒に騎乗でここまできた3人の騎士だけでなく総勢8人ほど。その中にはアラスターもいる。髪は茶色いままだが間違いない。
フェリクスのおかげでラルフの現在地が分かってすぐ、全速で飛ばして王都へと戻っているとは聞いていたが、王城ではなくこちらへと駆けつけていたようだ。
アラスターと騎士達はサイラスに加勢しヒポトリアの討伐を始めた。
アラスターの一撃でヒポトリアの2本ある牙のうちの1本が折れた。
あっという間に形勢は逆転してこちらが有利になりオリーブは安心するが、つまりは、マールムにとっての状況は悪くなったということになる。
マールムは走り出した。向かう先には厩舎がある。逃げようとしているのだ。
ラルフはオリーブを守るように周囲を警戒したまま動かない。
マールムのことはヒポトリアをアラスターへと任せたサイラスが追いかけている。
元々、戦闘になったらテイムの効かないサイラスがマールムを相手するようにとは決めていたが、ラルフはその作戦を知らない。ここはオリーブよりも王族のサイラスを守るべきだと思うが良いのだろうか……。
マールムは追いかけてきたサイラスへ拳銃の魔道具で反撃したものの簡単に捕まってしまった。
「お前、鍛えれば絶対に良い騎士になれたと思うぜ」
サイラスによって後ろ手に手錠型の魔封じを付けられたマールムは、サイラスから託された騎士によって口元に布を巻かれた……。
銀髪の王族と戦うマールムを、ヒポトリアと戦う王国騎士達を、少し離れたところから見ていたパレルモ伯爵家の騎士達。その中に青い顔をしている父を見つけた。
自分の娘がかつての娘と戦っていても、自分の娘が王国騎士に拘束されても、遠巻きに見ているだけ。
5年ぶりに会うかつての娘に声をかけることもない……。優柔不断で日和見で腰抜けなドクズ。
ジョナに言われるがままオリーブを殺すための毒を受け取っていたように、父はモラレスの実の盗難や、聖獣シウコアトルをパレルモ領へ拉致してきたことにも協力していたのだろうか……。
ふと、オリーブの心に一つの疑問が浮かんできた。
「フェリクス様、聞いても良いですか?」
『なーに?』
「フェリクスもいるのか?」
『ラルフの位置を特定したのは僕なんだから、感謝してよ』
……どうしよう。フェリクス様の答えによっては、今、こうしている間も、すごい危険な状態なのかもしれない。
「もしも、歌い終わった後も聖獣をテイムをし続けることができる魔道具があったとして、いきなりその魔道具が壊れたら、テイムしていた聖獣はどうなると思いますか?」
『作戦会議の時、魔封じだったらテイムされたままだよーって答えた質問の、魔道具が壊れた版だね。……うん、魔道具が壊れたなら、かかっていたテイムは解かれると、思う……。ヤバイね……』
フェリクスの答えを聞き、ラルフはオリーブの疑念に気づいたのだろう。声をかけることなくいきなりオリーブを肩に担ぎ上げた。
「ここはサイラス殿下に任せて行くぞ!オリーブのことは俺が守る!」
「ラルフ、マレンゴが抜け穴で待ってる!」
ラルフはオリーブを担ぎながら全速力で抜け穴の方へと走り出した。
『すぐに父上に言って王国騎士を動かす!転送ゲートも通れるようにしておくし、ホワイト前子爵夫人も騎士団長率いる王国騎士に護衛させ向かってもらう!ラルフ!オリーブ嬢を頼む!』
『マルティネス公爵家も動かすし、ゾグラフ辺境伯にも応援を頼むわ!』
ラルフはランタンなしで庭を走っているため、ドミニクとフレイアの声が真っ暗な庭へと響く。
……私が行くしかない。怖くない。大丈夫。だって、ラルフが一緒だもの!
目指すはパレルモ領。
テイムが切れたシウコアトルが暴れているかもしれない……。
オリーブがうろたえ戸惑っている一瞬の間に、マールムとサイラスは動いた。
3人の中で一番反応が早かったのはマールム。素早くスカートを捲し上げ、太もものレッグホルダーから小さな拳銃を取り出しオリーブへと照準を合わせ引き金を引いた。
次はサイラス。マールムから目線を外さずに銃口の先にいるオリーブへと飛びつき、オリーブを守るように抱きしめて床を転がり避けた。
完全に出遅れたオリーブは、転がりながら自分が立っていた場所を見る。マールムの拳銃から鏡台の前へとまっすぐ発光している。あの小さな拳銃は銃口から雷を放つ魔道具のようだ。
オリーブは近くにあった長椅子の陰に隠れ、サイラスはすぐに立ち上がり剣を構えている間も、マールムは何度も拳銃から雷を出し攻撃しながらオリーブたちがいる方へ走り近づいてくる。
「♪~~~~~」
そして、躊躇なく歌い出した。
何をするにも怯えて時間がかかる優柔不断なオリーブに対し、不測の事態が起きても素早く判断し行動に移す迅速果断なマールム。姿形は良く似た姉妹なのに、その性質は対極にあるようだ。
『オリーブ嬢、まだだ』
ドミニクに釘を刺されてしまう。オリーブのテイムは切り札となるためドミニクが許可するまで歌わないようにと言われているのだ。
長椅子の影にしゃがんで隠れているだけのオリーブを他所に、マールムから揺ら揺らと虹色のオーロラのような光が漏れ出す。
「♪~~~~~」
ーーー動くな、武器を捨てろ、何も考えるなーーー動くな、武器を捨てろ、何も考えるなーーー動くな、武器を捨てろ、何も考えるなーーー
「♪~~~~~」
歌詞に重なってマールムの命令が頭に直接響く。その命令は耳元で叫ばれているかのように煩く、マールムから発せられている虹色の光で視界が遮られ、脳が揺れているような感覚が気持ち悪い。囚われないようにとオリーブは身体全体に力をいれ耐えた。
サイラスはその場に立ち尽くし、足元へ剣を投げ捨ててしまった。
それによりマールムの攻撃の手が止まった。テイムが効いたサイラスの様子を見て、拳銃を持っていた手を下げたのだ。
その一瞬を見逃さなかったサイラスは、素早く剣を拾い上げマールムへと魔法を放つ。
虹色の光に慣れ視界が戻ってきたオリーブの目に入ってきたのは竃のような半円の岩の山。サイラスの剣から出てきた大量の岩がマールムを囲い固め、岩の中へと閉じ込めてしまったのだ。
まだ岩の中からマールムの歌声が聞こえてくるし、虹色の光は消えていない。それでも後はマールムに魔封じを付けるだけだとホッとした瞬間、胸元からフェリクスが叫んだ。
『ラルフの位置が動いた!』
と同時に岩山が崩れ、岩山の中から騎士服を着た誰かがサイラスへ飛びかかってきた。
「ラルフ!」
誰かではない。ラルフだ。
ラルフとサイラスは互いの剣を剣で受けとめ押し合う。
ラルフの金色の瞳に光はなく、オリーブの呼びかけにも反応しない。額にはモラレスの実と契約した証である花形の文様があり、マールムにテイムされていることを誇示している。
……いやだ、いやだ、いやだ!
オリーブは叫び出したくなる衝動を抑えるのに必死だ。
「ドッペルゲンガーじゃない……ということは、オリーブ?」
見た人の容姿になる魔物、ドッペルゲンガーは声を発することがない。
マールムは瞳が赤いオリーブをドッペルゲンガーだと疑っていたのだ。
死が近い者の前に現れると言われ恐れられているドッペルゲンガー。マールムにとっても、オリーブにとっても、お互いの存在は正にドッペルゲンガーなのかもしれない……。
岩山の中から出てきたマールムは左手に巾着袋を持っている。
遠距離攻撃できる魔道具なのにわざわざ近くまでへ走ってきていたことへの違和感。それは、モラレスの実が入った巾着袋を鏡台の引き出しから回収するためだったのだ。
一貴族令嬢とは思えないマールムの土壇場での素早い決断力と行動力に、オリーブは素直に感服してしまう。
思えばマールムは少なくとも飛熊、黒妖犬、ヒポトリアをテイムしている。人里離れた辺鄙な土地へ赴き、野生で生きていた凶暴な魔獣と向き合ってきた経験がある。
これほどの胆力があって当然なのかもしれない。
「あなたの悪事はもうバレてる。テイムが効かない私たちがここへ潜入しているこの状況で、あなたなの劣勢は分かるはず。すぐにラルフのテイムを解いて、降伏して。……今ならまだ罪は軽い」
オリーブは立ち上がり、真っ直ぐにマールムと向き合った。
「せっかく姉妹の初対面なのに、挨拶もなしなんて寂しいな。初めまして。私のことは”あなた”じゃなくて”マールム様”って呼んでね。オリーブの方が爵位が低いんだし、姉なんだからちゃんとして貰わないと。……可愛い妹からお姉ちゃんに教えてあげる。テイムってとっても便利なんだよぉ。どんなやらかししても、歌えば、どうにでもできちゃうの」
マールムが大輪の花が咲いたかのように華やかに笑ったと同時、ラルフの剣から強い風が出てサイラスが後ろへと吹き飛んだ。
「サイラス殿下!」
オリーブとマールムも風にあてられよろけたが、マールムは体勢を整えながら巾着袋から新たにモラレスの実を取り出し、茎の部分にある突起を押した。
出てきたのは灰色の毛に覆われた馬車と変わらぬ大きさの大きなカバ。額にはラルフと同じ花形の文様がある。
「ゴォーーーーーー」
限界まで口を開き、地響きのような叫び声を上げるカバ。オレンジ色の大きくて鋭い2本の牙が露わになる。魔獣ヒポトリアだ……。
「♪~~~~~」
マールムがまた歌い出すが、今度はオリーブの頭に声が聞こえてこない。ヒポトリアとラルフへの命令しているのだろう。
ヒポトリアの鳴き声を聞きつけたパレルモ伯爵家の騎士たちが部屋に入ってきてしまった。
「狭すぎる!」
サイラスはオリーブを肩に背負い担ぎ上げ、剣で部屋の壁を壊して外へ飛び出した。
先ほどの風でカツラが飛んでしまったようで、サイラスの銀髪は露わになっている。銀髪は王族の証。パレルモ伯爵家の騎士たちが戸惑っている声も聞こえてくる。
オリーブが下されたのは先ほど忍び込んだ物品庫の前。元いた2階の部屋を見上げると、大きな穴が空いてしまっている。
「ラルフとは勝ち抜き戦のやり直しがしたかったから丁度いい。……もしも殺しちゃったら、オリーブは俺が娶ってやるからな」
『ラルフと戦闘になっても怪我なくテイムを解除できるって言ってたじゃない!本当最悪。特に”娶ってやる”って上から目線が嫌!』
『僕、絶対ラルフに言お。サイラスが生きてたらだけど!』
サイラスたちの冗談で場が和む暇もなく、崩れた壁からラルフとヒポトリアが、オリーブとサイラスの前へと飛び降りてきた。
パレルモ伯爵家の騎士たちは少し離れたところからこちらを観察しているが、おそらく、父からの指示待ちなのだろう。
マールムを横抱きにしているラルフの姿を見ただけで、性懲りも無くオリーブの心は傷つく。
サイラスの銀髪で王族の関与を悟り降伏してくれないかと期待するも、ラルフから地面に下されたマールムの顔は好戦的なまま。
「第二王子、ね。ふーん。昨晩もテイムされてなかったってことね。……それって、王族にはテイムは効かないってこと?」
サイラスは剣を構えて攻撃に備えたまま返事をしない。
「それって、カイル先生にもテイムは効かないってことよね!」
なぜか笑顔で喜んでいるマールム。
「つまり、カイル先生は昨晩の私を受け入れてくれてたのか」
『騎士たちをそちらに向かわせてるよ』
「……ふふふ。じゃぁ、ここでオリーブを始末したらお母様は婚約に反対しなくなるし、王子たちを殺せば解決じゃない?」
『様子を見て、少し離れた所から遠距離攻撃させる』
マールムが話しているのと同時に、胸元から声を潜めたドミニクにも話しかけられている。
「オリーブ、御誂え向きに来てくれてありがとうね……♪~~~~~」
『オリーブ嬢、歌ってヒポトリアとラルフのテイムを解除してくれ!』
ドミニクからオリーブへの指示はマールムに聞こえていないはずなのに、マールムはうっとりとしていた顔を一瞬で歪めてオリーブより先に歌い出した。
虹色の光がまた視界の邪魔をし始める。
テイムを解けばヒポトリアは暴れたままだろう。でも、サイラスと騎士達の遠距離攻撃がある。
……ラルフを取り戻して、マールムの戦力を削ぐ!
オリーブが歌うため口を開いた、その時、ヒポトリアがサイラスに向かって大きな口から砲弾のような魔力の塊を放ち、オリーブの目の前に剣を構えたラルフが飛びかかってきた……!
「ラルフ……?」
オリーブは驚きで歌うことを忘れてしまった。なぜなら、オリーブの目の前で、ラルフの剣が止まったからだ。
ラルフはオリーブを見つめたまま動かない……。
生気のない金色の瞳。
今日の昼にデイジーたちを睨んでいた瞳と似ているが、違う。デイジーたちを見ていた時はもっと威圧感があった。今、オリーブを見ているラルフの瞳には敵意を感じない。
剣を持つラルフの両手が震えている。オリーブは、剣を握りしめ震えているラルフの手の上に己の両手を重ねた……。
「オ、オリーブ」
ラルフに名を呼ばれたのはいつぶりだろうか。
ラルフの額にあった花形の文様がスゥッと消えていく……。もう、涙を我慢しなくてもいい。
「ラルフ。よかった……」
オリーブの頬にひとしずくの涙が流れた。
そんな、ラルフのテイムが解けた嬉しさで周りを見ていないオリーブを、ラルフはいきなり引っ張って強引に引き寄せる。
そのおかげでギリギリで避けることができた雷。マールムの拳銃型魔道具だ。
「何なのよ!なんで解けたの!?…………♪~~~~~」
ラルフのテイムが解けたことに怒り出したマールムが改めて歌い出すが、マールムの体から出ている虹色の光が薄れていく。
ずっと聞いていたいと思わせる不思議な歌声も、段々とその魅力がなくなっていき、下手とまで言わないが手放しで上手とは言えない歌声に聞こえてきた。
「マールムの胸元から出てた魔力が消えた……」
頭のすぐ上から聞こえたラルフの声に驚き顔を上げると、すごい近くで目が合う。
ラルフに引き寄せられ、抱きしめられていたことを思い出し、慌てて離れたが、顔が燃えるように熱い。チラッと確認したラルフの顔も、真っ赤になっている。
「おい!二人の世界に入るな!」
一人でヒポトリアと戦っているサイラスの叫びでハッとする。歌ってテイムを解除しろというドミニクからの命令を忘れてしまっていたが、ピポトリアの額からも既に花柄の文様は消えている。
ならば暴れるのを辞めるようにとテイムするべきだろう。
『オリーブ嬢、歌わなくていい』
オリーブの胸元からドミニクの声が聞こえ、ラルフが不思議そうな顔をしているので、ネックレスを服の外へ出してドミニクの声がするダイヤモンドを見せた。ビデオ通話の魔道具を見ていたラルフなら、これだけで、ダイヤモンドが遠方にいる人と会話ができる魔道具になっていると思い当たるだろう。
『マールムはもうテイムができないと判断し、騎士たちを突入させる』
すぐさま庭の奥から騎士たちが飛び出してきた。
先ほど一緒に騎乗でここまできた3人の騎士だけでなく総勢8人ほど。その中にはアラスターもいる。髪は茶色いままだが間違いない。
フェリクスのおかげでラルフの現在地が分かってすぐ、全速で飛ばして王都へと戻っているとは聞いていたが、王城ではなくこちらへと駆けつけていたようだ。
アラスターと騎士達はサイラスに加勢しヒポトリアの討伐を始めた。
アラスターの一撃でヒポトリアの2本ある牙のうちの1本が折れた。
あっという間に形勢は逆転してこちらが有利になりオリーブは安心するが、つまりは、マールムにとっての状況は悪くなったということになる。
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ラルフはオリーブを守るように周囲を警戒したまま動かない。
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元々、戦闘になったらテイムの効かないサイラスがマールムを相手するようにとは決めていたが、ラルフはその作戦を知らない。ここはオリーブよりも王族のサイラスを守るべきだと思うが良いのだろうか……。
マールムは追いかけてきたサイラスへ拳銃の魔道具で反撃したものの簡単に捕まってしまった。
「お前、鍛えれば絶対に良い騎士になれたと思うぜ」
サイラスによって後ろ手に手錠型の魔封じを付けられたマールムは、サイラスから託された騎士によって口元に布を巻かれた……。
銀髪の王族と戦うマールムを、ヒポトリアと戦う王国騎士達を、少し離れたところから見ていたパレルモ伯爵家の騎士達。その中に青い顔をしている父を見つけた。
自分の娘がかつての娘と戦っていても、自分の娘が王国騎士に拘束されても、遠巻きに見ているだけ。
5年ぶりに会うかつての娘に声をかけることもない……。優柔不断で日和見で腰抜けなドクズ。
ジョナに言われるがままオリーブを殺すための毒を受け取っていたように、父はモラレスの実の盗難や、聖獣シウコアトルをパレルモ領へ拉致してきたことにも協力していたのだろうか……。
ふと、オリーブの心に一つの疑問が浮かんできた。
「フェリクス様、聞いても良いですか?」
『なーに?』
「フェリクスもいるのか?」
『ラルフの位置を特定したのは僕なんだから、感謝してよ』
……どうしよう。フェリクス様の答えによっては、今、こうしている間も、すごい危険な状態なのかもしれない。
「もしも、歌い終わった後も聖獣をテイムをし続けることができる魔道具があったとして、いきなりその魔道具が壊れたら、テイムしていた聖獣はどうなると思いますか?」
『作戦会議の時、魔封じだったらテイムされたままだよーって答えた質問の、魔道具が壊れた版だね。……うん、魔道具が壊れたなら、かかっていたテイムは解かれると、思う……。ヤバイね……』
フェリクスの答えを聞き、ラルフはオリーブの疑念に気づいたのだろう。声をかけることなくいきなりオリーブを肩に担ぎ上げた。
「ここはサイラス殿下に任せて行くぞ!オリーブのことは俺が守る!」
「ラルフ、マレンゴが抜け穴で待ってる!」
ラルフはオリーブを担ぎながら全速力で抜け穴の方へと走り出した。
『すぐに父上に言って王国騎士を動かす!転送ゲートも通れるようにしておくし、ホワイト前子爵夫人も騎士団長率いる王国騎士に護衛させ向かってもらう!ラルフ!オリーブ嬢を頼む!』
『マルティネス公爵家も動かすし、ゾグラフ辺境伯にも応援を頼むわ!』
ラルフはランタンなしで庭を走っているため、ドミニクとフレイアの声が真っ暗な庭へと響く。
……私が行くしかない。怖くない。大丈夫。だって、ラルフが一緒だもの!
目指すはパレルモ領。
テイムが切れたシウコアトルが暴れているかもしれない……。
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