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貴族学園

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「あんなに馬に乗るのを怖がってたのに、本当に乗れるようになったんだな」

「あの時ラルフがマレンゴに乗せてくれたおかげかな」

二人を乗せたマレンゴは学園の裏にある山道を走る。話が出来るくらいの、道の脇に咲く菜の花を見て楽しむことができるゆっくりとした速さだ。横乗りのためにラルフが視界に入って来るが、見上げないと顔が見えないくらいにラルフと身長差ができてしまったのだと実感する。

ポカポカと温かくスベスベな毛並みのマレンゴの身体に触れ、普段より高いところから山の自然を見下ろし風を切って走っていると、余計なことは考えずに穏やかな気持ちでいられる。

「俺と馬に二人乗りしてたって噂になったらどうするんだ」

「噂になって困るのは私より次期辺境伯爵様のラルフの方でしょ」

馬小屋に来てから馬丁とラルフとオリーブ以外の人は見当たらないし、そもそも二人乗りしないかと言ったのはラルフの方ではないか。

「ゾグラフ家は政略結婚しない代わりに自分で嫁を探してこいって方針だから俺は噂なんて気にしない。まぁ、父上と結婚したことで苦労した母上からは、相手のためにも釣り合いの取れる官吏科の令嬢から選べって口酸っぱく言われてるけどな。……万が一これが噂になって嫌がらせとかされたらすぐに俺に言うんだぞ」

オリーブは無言で頷く。とりあえず頷いてみせたものの、令嬢同士の諍いでラルフに頼るつもりはない。

ラルフの母は、結婚前は持参金が用意できない男爵家の三女だった。貴族との結婚は諦め、女騎士になるつもりで貴族学園では騎士科を選び、そこでラルフの父と出会って結婚したのだ。
社交界での繋がりは貴族学園時代から始まっているため、官吏科ではなく騎士科にいたラルフの母には社交界に知り合いがいなかったが、夫人の社交に関する問題は男性の辺境伯には解決できない。高位貴族の作法や暗黙の了解にも疎く困っていたラルフの母を助けたのはオリーブの母だった。タウンハウスが隣の縁で仲良くなり、知り合いを紹介し社交界での立ち回り等を教えたりと、お互い助け合っていたのだと聞いている。
社交界に慣れるまでに苦労したラルフの母だからこそ、辺境伯家に相応しい令嬢を希望しているのだろう。

ラルフはいつか私じゃない女の子とこうしてマレンゴに二人乗りするのかな……。

ふと、ラルフとマールムが二人乗りする姿を想い描いたオリーブは、穏やかな気持ちから急にチクチクとした不快感で胸がいっぱいになった。自分はカイルが好きなはずで、ラルフがオリーブ以外の令嬢を好きになっても構わないはずなのに、と自分勝手な思いに戸惑ってしまう。

「ねぇ、もしも5年前ジョナの計画が成功してお母様と私が流行り病で亡くなったことにされてたら、ラルフは悲しんでくれた?」

ジョナと父の未遂に終わった計画は、ラルフに手紙で詳細を伝えていた。オリーブが殺されていた乙女ゲームでのラルフの行動に引っかかるところがあり、オリーブはもしもの話として聞いてみた。

「悲しむ前にパレルモ伯爵と赤毛の侍女に復讐していただろうな。動物並みに勘が鋭い母上があの侍女は出会った頃から嫌な感じがしてたって言ってたんだ。少なくともパレルモ伯爵とあの侍女が再婚するまでに母上が犯行に勘付いたはずだ。ステファニー様と仲がいい母上や、アルバ伯爵とアルバ前伯爵と、皆で力を合わせて罪を捏造してでもパレルモ伯爵家を没落させるくらいのことはするだろうな」

「マールムには罪がないのに、優しい辺境伯夫人や伯父様、お祖父様が没落させるかな」

「元々は正妻に認知されてなかった庶子なんだ。パレルモ伯爵家が没落して平民になったとして、本来の身分に戻るだけ。奴らのそんな子供のことなんて皆気にしないだろ」

乙女ゲームの序盤はラルフが積極的に絡んでくるために油断するとすぐラルフルートになってしまうが、そんなラルフとハッピーエンドを迎えるのは難しいのだと、フレイアは言っていた。ラルフを自宅に招待すると強制的にパレルモ伯爵家の不正が発覚して没落する流れになりバッドエンドになってしまうらしい。タウンハウスが隣のラルフを自宅に招待しない会話の選択肢を選ぶのが難しく、前世のフレイアはネットで調べないと攻略出来なかったそうだ。

乙女ゲームの時間軸は貴族学園の入学式から始まり、途中でバッドエンドを迎えない限り、ドミニク達3年生の卒業パーティーで終わる。ラルフルートは、在校生として参加したその卒業パーティーでダンスを踊るとハッピーエンドで、両思いだと確かめ合ってキスをし、その後の二人がどうなるかまでは描かれていなかったらしい。

オリーブが知るラルフの性格を考えると、ゾグラフ辺境伯家嫡子のラルフが体裁も気にせずパレルモ伯爵家嫡子のマールムを熱心に口説くという乙女ゲームのシナリオが腑に落ちなかったのだが、乙女ゲームのラルフは、オリーブとオリーブの母の復讐のためにマールムに近づいていたと仮定すると、嫡子同士なことを気にしなかったことや、自宅に招くとパレルモ伯爵家が没落してバッドエンドを迎えることの説明が付く。

ラルフとハッピーエンドを迎えたとしても、ラルフを自宅に招待してしまえばパレルモ伯爵家が没落していたのではないかと、オリーブは思った。

これは全部オリーブの想像にすぎず、ゲームのラルフは純粋にマールムに恋をしたのかもしれない。

オリーブといっしょにいる時は眉間にしわを寄せて怒りっぽいし、油断するとからかったりしてくるけれど、ラルフは優しくて努力家で誠実だ。ゲームのラルフは、その誠実さを捨てて罪のないマールムを騙してまでオリーブのために復讐してくれたのかもしれない。

「私も、もしもラルフが殺されたら復讐せずにはいられないかも」

「ぷっ。そんなほっそい腕でしかも怖がりのお前がどうやって復讐するんだよ。俺はそんなこと望んでないから、お前は危険なことをする必要なんて無いんだ」

ラルフの顔を見上げると、珍しく眉間に皺を寄せずに笑っている。久しぶりのラルフの笑顔だ。夕日に照らされて笑っているラルフの金色の瞳は優しく温かい。

そんな希少なラルフの笑顔を見逃すまいとまじまじと見つめていると、ラルフは眉間に皺を寄せて目を逸らしてしまった。

「もう日も暮れそうだから帰るぞ。寮の夕飯に間に合わなくなる」

マレンゴは踵を返し来た道を引き返す。帰り道はお互い無言で、パッカパッカとマレンゴの軽快な足音だけが心地よく響いていた。寮に帰ったオリーブは、マレンゴの足音のリズムを思い出しながら、明るく楽しい歌を歌った。

カイルやマールムのことで悩んでいたことなどすっかり忘れていた。
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