上 下
18 / 23
貴族学園

18

しおりを挟む
カンディア山の麓で馬車や馬から降りた生徒達は、山腹にある高原を目指し班別に分かれて歩く。
今夜はその高原で一泊する予定になっているため、騎士科の生徒が乗って来た馬の背に夕食の飯盒炊爨や野営に必要な荷物を載せている。オリーブはフレイアを始め班のメンバーとなだらかな山道を歩いているが、春の終わりで初夏の今は、暑すぎず寒すぎず天気も良く、森林独特の爽やかな香りがとても心地良い。

騎士であることが求められる我が国の貴族男性は、貴族学園の入学前に野営を経験している人が殆どだとラルフは言っていた。同じ班の騎士科の二人は荷物を載せた馬の世話をしながらも、運動し慣れないオリーブ達女生徒の歩く速さに合わせて気を回して歩いてくれているのがわかる。子爵令息と伯爵令息の二人は将来の王妃で公爵令嬢のフレイアがいるから気を利かせてくれているのだと思ったのだが、周りを見渡すと他の班でも同じように男子生徒が女子生徒を気遣って歩いているようだ。
オリーブは前世の記憶を持つせいか、同級生のことなのに皆んな大人になっているのだなと感心して眺めていた。

1時間ほど楽しんで歩いたオリーブ達は最初の休憩地点となっている公園に着いた。先に公園へ着いていた足の速い生徒はここでお弁当を食べているようだ。丁度よく誰も座っていない四阿を見つけたオリーブ達もこの公園でお昼ご飯にすることにした。

班の皆から離れて一人でお手洗いへ行ったオリーブは、四阿へ戻る前にカイルに話しかけられた。カイルは引率の教師として林間学習に参加している。今日も従者を付けずに一人行動のようだが、山道を等間隔で護衛騎士が守っているため、王族のカイルも一人行動が許されているのだろう。

「オリーブさん久しぶり。最近、魔法科で見かけないから寂しいなと思ってたんだよ」

ボサボサの銀髪とタレ目のせいか甘く優しく見える笑顔はいつも通りだが、今日は白衣ではなく飾り気のない軽装だ。カイルの目と同じ紺色のシャツをまくった腕に浮かび上がる血管になぜか惹きつけられ、その少し憂いを含んだ佇まいに周りの男子生徒と違って大人の男性なのだと改めて気づかされる。

「カイル先生、お久しぶりです。雑用が平等に振り分けられるようになったので頻繁に魔法科に行かなくなったんです」

「そっかぁ……オリーブさんばかりが雑用をしていたことがおかしかったんだとは思うけど、オリーブさんの顔を見れなくなるのは残念だなぁ」

そう言ってカイルはオリーブの頭に手を伸ばして来た。また頭を撫でてもらえると期待してしまうオリーブだが、カイルの後ろから急に現れたフレイアの登場によりカイルの手が止まった。

「カイル殿下お久しぶりです。最近は学園の寮に泊まり込みが多くて王城へ帰ってこないのだと太后陛下が寂しがっておりましたよ」

「フレイア嬢も久しぶり。次に母上にそう言われたら元気にしてるって言っておいて。……二人とも山道で転ばないように気をつけてね」

カイルは気怠げに手を振ると、オリーブ達が座っている四阿とは反対方向へ行ってしまった。

「オリーブ、危ないところだったわ。マールムの前でカイル殿下から頭ポンポンされないように気をつけてって言ったじゃない」

そう言ってフレイアが視線を動かした先には、こちらを睨みつけているマールムがいた。一人でお手洗いに来たのかマールムの周りに人はいない。

「あの子、あんな怖い顔もするのね。恋敵へ向ける顔ってことにしたらギリギリヒロインの品格を保っていると言えるかしら」

こちらを睨みつけた後ふいっと顔を背けたマールムは、オリーブへ話しかけることなくお手洗いへと消えて行った。

マールムに対して素っ気ない態度を取るカイルに笑顔で話しかけられたオリーブ。マールムがそんなオリーブのことを忌まわしげに思うのは自然なことだろう。貴族学園へ入学してからしか知らないが、いつ見かけても明るく輝くような笑顔ばかりだったマールムが見せた憎しみを隠すことない赤い瞳に、10歳の時に暗い廊下を走って追いかけて来た時のジョナの赤い瞳を思い出す。

マールムがいるということは同じ班のラルフも近くにいるのだろうとオリーブはあたりを見渡すと、女生徒達ばかりの人集りの中心に飛び出たオリーブ色の頭を見つけた。そのすぐそばにはサイラスと思われる銀色の頭と、おそらくもう一人の攻略対象魔法大臣の庶子のフェリクスだろうピンク色の頭も見える。

「気を抜いていて申し訳ございませんでした。……それにしてもあそこはすごい人だかりですね」

「婚約者の決まっていない第二王子と、学年最強の辺境伯嫡男と、ゲーム1番のビジュアルを誇るフェリクスの三人が集まってたらあの群れも仕方ないわね。官吏科の教室でも気になる男子生徒にお弁当を差し入れしたいって話題になっていたもの。何かあった時に疑われて家にまで影響が出るからと考えて食べ物を渡せない慎重な女子より、一か八か当たって砕けろって肉食系の女子が多いみたい」

寮の生徒は学食のお弁当を支給されるが、タウンハウスから通っている生徒は家からお弁当を持って来ている。オリーブはフレイアから班全員のお弁当を持ってくると事前に言われていたためお弁当は持って来ていないが、マレンゴに上げるためのバナナを一房だけこっそりと持って来た。

「ラルフはサイラス殿下が持ってくるお弁当を貰えることになってるって言ってました。王家のお弁当をすごい楽しみにしていたようなんですが、あの女生徒達のお弁当が無駄にならないといいんですが……」

「一人でも受け取ったら収集つかなくなるから受け取らないでしょうね。きっと断られたら自分たちの班の男子生徒に上げるだろうから心配しなくても大丈夫よ」

フレイアとオリーブは四阿へ戻り、マルティネス公爵家の用意してくれたお弁当を食べた。オリーブだけでなく班の皆んなが公爵家の繊細で美味しい料理にしみじみと感動している。

「フレイア様、こんなに美味しいお料理を頂きありがとうございます。私、自分は食に興味がないと思っていたんですが、美味しいものを知らなかっただけだって今わかりました」

魔法科の女生徒ペネロペが黒目がちな瞳を輝かせながらフレイアにお礼を言っている。彼女は数代前に叙爵した歴史の浅い新興貴族モラレス男爵家の令嬢で、モラレス家の特産品”モラレスの実”の研究のために魔法科に入ったらしい。

「ペットのリスにもご飯をあげたいのですがここで出しても大丈夫でしょうか?」

「まぁ!ペネロペさんのペットということはもしかしてモラレスの実に入れてるのかしら。むしろ見たいわ。皆も大丈夫?」

フレイアに聞かれ、オリーブを始め班の全員が頭を縦に振り肯定する。

モラレスの実とは数代前のモラレス男爵家が発明し、それによって叙爵することになった魔道具のこと。手懐けて従順になった動物であればどんな大きな動物でも手のひらサイズのモラレスの実に収納することができるのだ。主に魔獣退治の際に馬を持ち運ぶために使われていて、原材料になっている特殊な木の実がモラレス男爵領の限られた場所でしか採れないために量産ができず高価になっている。

知識では知っていたが実物を見たことがなかったオリーブは、モラレスの実から動物が出てくるところが見れると期待で胸が高鳴る。もちろんモラレスの実と関係なくリスも楽しみだ。

フレイアを始め班の全員が子供のように目を輝かせて注目する中でペネロペはクルミを一回り大きくしたような形のモラレスの実を取り出し、茎の部分にある突起を押した。

「かわいい!ペネロペさんにそっくりだわ!」

小さな実から出て来たのは焦げ茶色の体毛につぶらな黒い目をしたエゾリスで、小柄で焦げ茶色の髪に黒目がちな黒い瞳のペネロペにそっくりというフレイアの言葉に思わず納得してしまう。

ペネロペの手ずからアーモンドを食べているエゾリスの額には花形の文様が入っている。この文様はモラレスの実と契約した証らしい。対象の動物から好かれないとモラレスの実は使えないものらしく、このエゾリスとペネロペが仲が良いのだとわかる。

モラレスの実は理論上は人間も入ってしまうのだが、市販されているものは人間は入らないように作られているし、人間を収納するために改造した時点で罪になり騎士団に捕まってしまう。実に入っている間は生命活動は緩やかになりずっと眠っていて、入れっぱなしで長期間放置するとそのまま眠りから覚めない事故が稀にあるらしい。ペネロペはその事故をなくすことと、原材料の実の量産、動物以外の無機物の収納について魔法科で研究している、そんな説明でペネロペの話は終わった。

エゾリスのように小さくて可愛いペネロペは、一緒に山道を歩いていた時はオリーブに負けないくらい無口で大人しい令嬢なのだと思っていたのだが、好きなことには夢中になって饒舌になるようだ。ペネロペは魔法科の人間の悪いところが出て喋りすぎたと謝っているが、フレイアや騎士の二人はもっと話を聞きたいと、その後も魔道具の話で盛り上がっている。

アーモンドを食べるエゾリスを見てマレンゴのためにバナナを持って来ていたことを思い出したオリーブは、一房に4本付いていた中から2本のバナナを千切り同じ班の男子生徒に馬に与えて欲しいと渡した。残り2本のバナナを手に、オリーブは一人で四阿から離れてマレンゴを探した。

綺麗な白い芦毛のマレンゴはすぐに見つけることができたが、無意識のうちにマレンゴだけでなくその近くでお昼をとっているラルフまで目に入って来た。
笑顔で何かを話しているマールムを、ラルフはじっと真剣な目で見つめている。隣にいるサイラスやフェリクスが何の気なしにマールムを見ているのとは明らかに異なり、ラルフだけ穴が空きそうなほどにマールムを見つめている。オリーブの心臓がドキドキとうるさく音を立てている。

嫌だ。

オリーブは吐きそうになるほどの不快感に戸惑い、踵を返してフレイア達のいる四阿へ戻った。マレンゴにバナナを上げることは出来なかった。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

婚約破棄されましたが、幼馴染の彼は諦めませんでした。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:3,251pt お気に入り:281

貴方と何故こうなった

03
恋愛 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:62

グラティールの公爵令嬢

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:14,613pt お気に入り:3,343

腹黒上司が実は激甘だった件について。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:140

その学園にご用心

BL / 完結 24h.ポイント:92pt お気に入り:571

悪女と呼ばれた死に戻り令嬢、二度目の人生は婚約破棄から始まる

恋愛 / 完結 24h.ポイント:5,325pt お気に入り:2,476

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:21,797pt お気に入り:1,965

処理中です...