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貴族学園

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オリーブ達の班は公園を後にし目的地の高原に向けて山道を歩く。

「オリーブ、元気がないけど大丈夫?具合が悪いの?」

ラルフがマールムを見つめていたことが頭から離れず息苦しい気分になっていたオリーブは、林間学習を楽しんでいる班の空気を悪くしないようにと平静を装っていたつもりだったが、フレイアには見抜かれていたようだ。

「心配をおかけして申し訳ございません。大丈夫、何ともありません」

オリーブはフレイアの問いかけに、先ほど見たラルフのことが気になると相談することもできず、思わずはぐらかしてしまった。
自分はカイルが好きなのだから、ラルフのことが気になるのはおかしい。それにラルフはオリーブの婚約者ではない。ただの幼馴染のオリーブにはラルフの恋路に口を出す権利は無い。そう思うからこそフレイアに打ち明けることができない。

お昼前は風の香りや鳥のさえずりまで楽しんでいた山道なのに、今は何も感じない。気分が晴れない時は思いっきり大きな声で歌って嫌な気分を吹き飛ばすのが前世からのオリーブの気分転換方法なのだが、もちろん今ここで歌うことは出来ない。

フレイアに心配かけないようにとしているのに、無意識のうちに段々と頭が下がってうつむき掛けていた時、オリーブは誰かに肩を叩かれた。フレイアかペネロペが何かを見つけたのだろうかとオリーブは深く考えることなく後ろを振り向いた。

「うわっ!」

「ぶっはははは」

振り返ったオリーブの視界一杯に入って来たのはマレンゴの顔だ。オリーブの肩を叩いたのはマレンゴの顎で、そんなマレンゴの手綱を引いているラルフは、驚いて大声を上げてしまったオリーブを見て大きく口を開けて笑っている。

「バナナ持ってくるって約束してたのに来なかったせいだからな。マレンゴが怒ってお前ところに来たんだ」

ひとしきり笑った後に、ラルフがオリーブへそう言うと、ペネロペや近くを歩いていた他の班の女生徒が驚いてラルフを見ている。武に重きを置く我が国の中でもその強さで有名なゾグラフ辺境伯家の令息のラルフは、黙っていると周囲から恐れられて距離を取られてしまうため、普段は爽やかな好青年を演じている。そんなラルフが令嬢に対して”お前”と言い、粗暴な態度を取っているのが珍しいのだろう。

オリーブは周りを見渡したがサイラスやマールムはいない。バナナをもらいたいマレンゴが勝手にオリーブのところへ来てしまったようだ。
1週間前にマレンゴに会いに馬小屋へ行った時、オリーブはマレンゴとラルフに林間学習でバナナを持ってくると約束していた。マレンゴは母の実家アルバ伯爵領特産のバナナが大好物なのだ。マレンゴはバシッと音が出るほどに尻尾を体に叩きつけ、オリーブを見る目はいつもより厳しい気がする。

オリーブは鞄から先ほど渡せなかったバナナ2本を取り出してマレンゴに差し出す。10才の頃は手ずからマレンゴにバナナを上げることが怖かったがもう怖くない。マレンゴはすぐにいつもの優しい瞳に戻ってバナナを食べている。

「護衛なのにサイラス殿下から離れてもいいの?」

「林間学習は俺も一生徒として楽しむようにって言われてるんだ。それなのにサイラス殿下とはくじで同じ班になっちゃったけどな」

オリーブの顔をじっと見ながら話すラルフ。なぜか食い入るようにオリーブの顔を見ているラルフの目つきは、こっそり見てしまったラルフがマールムを見つめていた目つきと同じだ。

「……どうかした?」

「やっぱり青だよな。……いや、実はパレルモ嬢がステファニー様のペンダントにそっくりなペンダントをしてたんだ。チラチラ見えるのが気になって、もしかしてあの赤毛の侍女がステファニー様から盗んだのかと思ったんだけど、お前の目の色を見たらステファニー様のペンダントは違う色だったって思い出した」

オリーブの母はいつも涙型にカットされた大粒のサファイアのペンダントをしている。

「お母様と最後に会ったのは学園に入学する直前だけど、確かその時もペンダントを付けてたからジョナが盗む事は出来ないと思うし、毎日付けているから盗まれたら気づくと思うよ。マールムはたまたま同じデザインのを付けてるんじゃないかな……」

ラルフはフレイア達や周囲の生徒達にも聞こえる声でマールムの母の盗難を疑いパレルモ伯爵家を嫌悪しているかのように話している。注意しようか迷ったが、ラルフのことだから周囲が聞いている事を承知の上で話しているのだろう。

「大きさといい、デザインといい、本当にそっくりだったから気になっただけなんだ。ステファニー様のはお前の目の色と同じサファイアで、パレルモ嬢のペンダントは薄い水色だったからアクアマリンか水晶だろうな……って、あれ?」

ラルフは何かに気づき、山道の崖側をじっと真剣な顔つきで見つめている。
ラルフが見つめている方向を確認すると、一人の黒髪の騎士が周囲を警戒していた。あれはカンディア山の麓へ着いた時に、きっちりとセットされていた前髪を崩してなるべく目を隠し、綺麗だった騎士服を砂で汚して、なるべく胸を張って歩かないようにとフレイアから指示されたアラスターだ。
オリーブが馬車の窓から見た時よりも普段のアラスターの姿から変わってはいるものの、アラスターと親交のあるラルフの目を誤魔化すことは難しそうだ。

「あれは、アラス「ゾグラフ様!その飾り紐とっても素敵だわ!オリーブ色はゾグラフ様の髪色だと思うけど、黒色は何の色なの?」ター殿じゃ……」

ラルフが言い切る前にフレイアが無理やり割り込んできた。驚いた顔でフレイアを見るラルフだが、この無作法でアラスターだと指摘して欲しくないという思いは伝わったはずだ。

そして、フレイアが指差しているラルフが腰につけている剣の柄には、オリーブ色と黒色の2本の飾り紐が付いている。少しくたびれて見える年季の入ったそれらはオリーブが10才の時に作った飾り紐に違いない。学園内では帯剣しているラルフを見たことがなかったオリーブは、その飾り紐を付けているところを見るのは初めてだった。

先ほどまでオリーブの胸を巣食っていたモヤモヤが吹き飛んで、喜びに満たされていくのが分かる。

ラルフは顔を赤くし眉間にしわを寄せ、オリーブから貰った飾り紐だとは言わずにもごもごと黒色に意味はないと言っている。気まずくなったのか、ラルフはバナナを食べ終えたマレンゴを連れてサイラス達の元へ戻って行った。

ラルフの姿が見えなくなったのを確認したフレイアは、ペネロペら他の班員に聞かれないように、こっそりと小声でオリーブへ話しかけてくる。

「ラルフにお兄様のことがバレてしまったわね。ラルフからお兄様がいることを聞いたサイラス殿下が理由を聞きに来そうなのがめんどくさいわ。お兄様は私のことが心配で変装して護衛しているって誤魔化すしかないけど、サイラス殿下はお兄様がシスコンじゃないことを知っているから納得しないでしょうね」

「サイラス殿下にはお話されてないんですか?」

「私やオリーブが転生者だってことや前世の乙女ゲームについて知ってるのはドミニク様と国王夫妻とうちの両親と兄だけよ。サイラス殿下はマールムが力のある歌姫かもしれないと知ったら、マールムに強い魔獣をテイムさせて戦闘訓練をしたくなるに決まってるからって、教えないことにしようって王妃様が判断したの。ゲームのサイラスがヒロインとくっついたのもこれが理由じゃないかって王妃様がため息を付きながら言っていたわ……」

サイラスルートについての王妃殿下の見解に思わず苦笑いが出てしまう。ラルフルートもオリーブの復讐のためにヒロインへ近づいたと仮定できてしまったあたり、ロマンチックとは程遠いゲームの裏側がどんどんと判明していく。

「ねぇ、ラルフが言っていたペンダントってもしかしてどんぐりくらいの大粒で涙型の宝石が付いていたりする?」

「はい。私はマールムのペンダントを見てませんが、それにそっくりとラルフが言った母のペンダントは涙型の大粒のサファイヤが付いています」

「マールムがしているペンダントは”人魚姫の涙”っていう名前でゲームに登場しているのよ。ゲーム上では好感度が上がる度に透明になっていくただの高感度メーターで特別な力はなかったわ。オープニングムービーの中でヒロインの母親から渡されるんだけど、オリーブの母が同じデザインのペンダントを持っているのはどういうことなのかしら……気になるわね」

”人魚”というワードにドキリとしてしまう。オリーブと母、二人の目の色と同じ青いサファイアのペンダントは、母の母、つまり祖母から受け継いだものだと聞いている。

この林間学習が終わった翌月は、学園は2ヶ月弱の長い夏季休暇に入る。

「母は私がこの世界と違う記憶があると勘付いていると思うんです。夏季休暇でホワイト領に帰省するので、母に前世とゲームの話を含めてペンダントについて聞いてみます」

幼い頃からオリーブは母の前で前世の歌を歌ってきた。母はオリーブの歌を聴いてどこでその歌を覚えたのかと聞いてこなかったが、奇妙だと思っていたはずだ。
オリーブはフレイアにペンダントの謎について調べてくると約束し、内緒話を終わらせた。

ラルフがマールムのことを女の子として気になっていたわけではないとわかっただけで、自然あふれる山道が美しく思えてくる。
その後はペネロペに頼んでモラレスの実からエゾリスを出してもらい、馬やエゾリスのことも愛でながら高原までの道のりを班の皆で楽しく和気あいあいと歩いたのだった。
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