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貴族学園

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すっかり日も暮れ、夕食の片付けも終わった今はそれぞれ仲の良い人で固まって広場の中心の大きな焚き火を囲んでいる。ペネロペは魔法科の友達と過ごしているため、オリーブとフレイアは二人きりだ。

「私、前世では自炊していたから飯盒炊爨には自信があったのよ。それなのに、ジャガイモの皮むき程度が出来なくて落ち込みそうだわ」

高原に着いてからは班員で協力してテント張りをし、夕食を作ったのだが、フレイアとオリーブは前世の記憶があるというのにまるで戦力にならなかった。パンは持ち込みで、ジャガイモ・人参・玉ねぎ・鶏肉が入ったスープだけ作ったのだが、令嬢三人の手つきが危なっかしいと、野営での調理経験がある男子生徒二人に包丁がわりのナイフを取り上げられてしまったのだ。
魔法科で実験をしているペネロペは、火の調整が上手く食材を順番に煮込む際は活躍していたが、フレイアとオリーブは盛り付けと皿洗い等の片付けしか貢献出来なかった。

「礼儀作法は完璧で、勉強はもちろん社会情勢の把握も漏れがないように常に努力し続けているフレイア様を私は尊敬しています。料理ができなくても問題ありません」

「まぁ!オリーブにそんな褒められると嬉しいわ!……もう少しやらせて貰えれば勘を取り戻していたはずなのよ。前世のOL時代は節約のために自分で作ったお弁当を職場に持って行っていたんだから」

野営だったため包丁ではなくナイフだったことも原因だろう。将来王妃となる公爵令嬢に怪我をさせられないと焦る男子生徒の気持ちもわかるために、フレイアは皮むきを続けることができなかったようだ。

「オリーブは前世で料理はしていた?」

「私はお手伝いさんが作ってくれたご飯をレンジでチンするだけで、料理はしたことがなかったです。実はジャガイモの皮をむいたのは前世含めて今日が初めてでした」

「お手伝いさんがいたなんて、オリーブは前世でもご令嬢だったのね。私は34歳になっても奨学金の返済が終わってないワーキングプアだったわ。それが今ではこーんな大きな宝石を沢山管理しないといけない公爵令嬢だもの。本当、不思議だわ」

そう言ってフレイアは両手でりんご位の大きな円を作っているが、そんな大きな宝石はあり得ないと思いつつも、マルティネス公爵家ではありえるかもしれないために本当の話か冗談なのかがわからずオリーブは反応に困ってしまう。

「オリーブ、私は『そんな大きな宝石ありえないだろ』ってツッコミ待ちよ。さすがにこんな大きな宝石は持っていないからね」

オリーブはフレイアと顔を合わせて笑う。暗く見えづらい中でも、周りの生徒たちも皆、仲良し同士で話しに花を咲かせているのがわかる。

「ゲームでのエミリアさんはこのキャンプファイヤー中に同じ班のヒロインを呼び出して嫌味を言うんだけど、そんな事もなく楽しんでいるみたいで安心したわ」

フレイアが指差す先には、仲の良い官吏科の令嬢と焚き火を見ながら笑顔で話しているエミリアがいる。

「……入学当初にエミリアさんに注意した時に聞いたんだけどね、彼女、サイラス殿下か私の兄か、どちらかと婚約できるように取り入れと言われてたのよ。その重圧で追い詰められて、下位貴族の令嬢に当たり散らしていたみたい。私が父に頼んでエミリアさんの父親のキャンベル侯爵と話をしてもらったの。キャンベル侯爵は自分の言葉で娘が精神的に押し潰されていると気づいていなかったみたい。家族関係が良くなったってエミリアさんにお礼を言われたわ。その後エミリアさんが穏やかな性格に戻って本当に良かった」

林間学習でヒロインと同じ班になった令嬢は、ヒロインに嫌味を言ったりいじめたりするという描写がゲーム上であったらしいが、今日見ている限りではエミリアがマールムをいじめている様子は確認できない。マールムをいじめたり、呼び出して嫌味を言うことはしていないが、一緒に焚き火を見るほど仲良くはなっていないようだ。

パチパチと火が爆ぜる音、薪が燃える焦げたような匂い、ゆらゆらと揺れる仄かな灯りに照らされたフレイアや同級生たち、広い夜空に輝くたくさんの星。魔獣襲撃に備えていることも忘れ、ついつい落ち着いた気持ちになってしまう。

「ねぇ、オリーブはMAWATAのどんなところが好きだった?」

二人でぼんやりと焚き火を眺めていたところに、フレイアがオリーブへ問いかけた。オリーブの前世がMAWATAだったとフレイアに伝えていないため、フレイアはオリーブがMAWATAのファンだと思い込んでいるままなのだ。オリーブは前世の自分の良いところなどわからないため、適当に答えてしまう。

「……歌声ですかね」

「わかる!感情がこもってないって言われて人を選ぶんだけど、あの独特な無機質な歌声!私も好きだったわ!私はね『コットンキャンディ』を聞いた時にファンになったの。残念ながら世間の評価は低かったけど、MAWATAが唯一作詞した曲で、歌詞を含めて私は一番好き!いつも無機質な歌声なのにこの曲だけ少し感情的に感じるのよね。ポップで甘そうなタイトルなのに曲調は切ないし報われない片思いの歌詞だけど、私には恋愛じゃなくて家族愛の歌に感じるの。MAWATAって家族関係が複雑で物心つく前から一人暮らしだったって言われてたじゃない?その話が本当なら、やっぱりあの歌詞は家族への渇望って方がしっくりくるのよ……って早口でまくし立ててごめんなさい。前世の癖が出て恥ずかしいわ」

恋人どころか初恋もまだだった白崎真綿ことMAWATAは、ある日事務所の命令で恋愛の歌詞を書くことになった。困ったMAWATAは、幼い頃に離婚してそれぞれが新しい家族を持ち真綿を放置した両親への思いを恋愛の片思いに見立てて歌詞にしたのだ。

どうして幼い自分を一人残して出て行ってしまったのか、父や母の元で育った異母弟や異父妹と自分はどこが違うのか、愛想がなく無口な自分が悪かったのか、両親が迎えにきてくれるのを一人で膝を抱えてじっと待っている幼い自分がいつまでたっても心の奥から消えてくれないのはなぜのか。
まだ両親が離婚する前、三人家族だった頃に手を繋いで行ったお祭りで買ってもらった大きくてふわふわの綿菓子がしぼんでいく、そんなイメージで書いた歌詞を思い出す。

MAWATAが歌詞を提出した時、事務所からはありきたりな片思いの歌詞だと呆れられたのを覚えている。自分なりに思いを込めて歌ったのに売り上げはいつもよりも悪かった。それでも『コットンキャンディ』はMAWATAにとって一番思い入れの強い曲だ。フレイアがMAWATAの思いを正しく汲み取り好きだと言ってくれたことで、オリーブの中のMAWATAが喜んでいるのがわかる。

オリーブはフレイアに気づかれないように目尻に浮かんできた涙を拭った。

「おい、フレイア、なんで変装したアラスターがいるんだ」

突然、背後から声がかかりオリーブとフレイアは驚き背後を振り返ると、そこには予想通り焚き火によって銀髪をオレンジ色に煌めかせたサイラスと、いつも通り眉間にしわを寄せてオリーブを見ているラルフが立っていた。

「少しここから離れましょうか」

周りの生徒がこちらに注目しているのがわかり、なるべくアラスターの名前を聞かれたくないフレイアは焚き火から少し離れ、4人で広場の人が少ないところへ移動した。生徒たちが貼ったテントを囲むように灯篭の魔道具が置かれているため、周囲はうっすらと明るい。

「兄は私のことが心配なようです」

フレイアの説明にサイラスは納得いかないのか反論する。

「嘘だな。あの剣のことしか頭にない朴念仁に妹を心配する心があるわけないだろう」

「サイラス殿下、朴念仁はさすがに言い過ぎです」

「このカンディア山は我がマルティネス公爵家の領地。俺はマルティネス公爵家の騎士団の監査として参加している。……ラルフ、俺は朴念仁と言われても気にしない」

フレイア、サイラス、ラルフとオリーブの4人だと思っていたところへアラスターの声が響いた。オリーブは驚いて声をあげそうになったが、第二王子と公爵家の二人がいる場で情けない姿を晒せないとなんとか我慢した。他の3人はさすが高位貴族というべきか、狼狽えることなくいつの間にかフレイアの隣に立っているアラスターを見つめている。

「お兄様、気配を殺して近づかないでといつもいっているではありませんか。それと、サイラス殿下は王族です。敬語を使ってください」

フレイアの注意も無表情で聞き流しているアラスターは、オリーブと目が合うとオリーブへ向かって頷く。なぜアラスターがオリーブへ頷いているのかは分からないが、すぐにラルフがオリーブとアラスターの間に立ったため、オリーブからはラルフの背中に邪魔されてアラスターが見えなくなってしまった。

「そもそも兄上が王国騎士団を派遣している事も引っかかっていたんだ。この林間学習、何かあるんだろう?」

「さすが戦闘民族。思惟は苦手なくせに勘がいいのがやっかいなのよ」

フレイアが小声で呟いたが、オリーブに聞こえたのでここにいる全員に聞こえただろう。

「昔からお前ら兄妹は俺を敬う気が一切ないな!」

やはり戦闘民族と言われたサイラス本人にも聞こえていた。

「俺は皆が問題なく帰れるようにここにいる。サイラスに伝えないと決めたのは王妃様だ。城に帰ってから王妃様へ聞いてくれ」

「……俺が母上から聞き出すのが無理だとわかって言ってるだろ!」

サイラスは下唇を噛みながらアラスターを睨んでいる。いつも陛下の横で淑やかに微笑んでいる王妃様だが、フレイアに戦闘民族と言われるほど鍛えているサイラスに恐れられているようだ。

「……せっかくだし夜目での戦闘訓練をするか?」

幼子のように悔しがっているサイラスを憐れんだのかアラスターがそう声を掛けると、アラスターの言葉を聞くや否やサイラスは目を輝かせながらアラスターとラルフを連れて暗闇に消えてしまった。今から3人で暗闇の中を打ち合い稽古をするらしい。サイラスだけでなくラルフまで目を輝かせて期待していたのをオリーブは見逃さなかった。

オリーブとフレイアが焚き火へ戻った頃にはキャンプファイヤーも終わり、自分たちで貼ったテントでの就寝時間となった。見張りは騎士達が交代でしてくれるため、生徒は全員就寝できる。オリーブはフレイアとペネロペとペネロペのエゾリス、3人と1匹のテントで寝袋に入った。
寝袋で寝れるのか不安だったオリーブだが、朝早くから馬車に乗り、半日山道を歩いていたためか、いつの間にか寝入っていた。

夢を見る事なく熟睡しているオリーブの頭を誰かが突いている。頭を突かれ煩わしさを感じオリーブはゆっくりと目を開けると、ペネロペのエゾリスがオリーブの頭を叩いていた。一瞬、自分はまだ寝ぼけてるのかと思ったが、エゾリスの確かな感触に夢ではないと分かり、オリーブは起き上がった。

エゾリスは起き上がったオリーブを見るとテントの外へ出て行ってしまった。モラレスの実に入るほどペネロペと信頼関係があるエゾリスが勝手にペネロペのそばを離れるなどありえないはず。オリーブはペネロペを起こそうか迷ったが、昼に見たエゾリスとの違いに思うところがありペネロペもフレイアも起こさず一人でエゾリスを追いかけてテントの外へ出た。
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