赤いりんごは虫食いりんご 〜りんごが堕ちるのは木のすぐ下〜

くびのほきょう

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15歳

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ーーー歌姫のテイムとは、歌を聞いた対象の意識を支配し思考と行動を操ること。歌姫に操られ命令を追行している動物は周囲を警戒しないため隙だらけになり、命令を完了するかテイムが解除されるか命が尽きるまで指定された行動を続ける。歌姫の祖先である人魚は、未来の行動を指定することで歌っていない時でも対象を操ることができていたと記された過去の文献が発見された。そのため、テイム力が強い歌姫は歌い終わった後も暗示を続けることができる可能性が高い。ーーー

学園の図書室で歌姫のテイムについて調べた時の文章を思い出す。自分が歌姫だと薄々自覚していたオリーブは周囲の目を盗み歌姫について調べていた。もしもフレイアにそれがバレていたとしても、マールムが歌姫かもしれないから調べているのだと思われているだろう。

オリーブがパレルモ伯爵令嬢だった最後の晩、追いかけてくるジョナを振り切り灯の無い暗い庭へ逃げ込んだ時のことを思い出す。庭の暗闇への恐怖を紛らわすためにオリーブが歌った時、都合よく周囲を照らしてくれた妖精の目つきと、テントから出てこちらを見ているエゾリスの目つきが重なる。あの時のオリーブは無自覚に妖精をテイムしていたのだと今なら分かる。

オリーブとの距離を10m程で保ちながら目的地へ誘導するように逃げるエゾリスを追いかける。生徒達のテントを囲むように灯の魔道具が置かれているために真っ暗ではないが、それでも昼とは違う暗い雰囲気に怖気付いてしまう。テントを出る際に持ち出した小さなランタンだけでは心細い。

灯の魔道具で囲まれたこの高原のすぐ脇は、どこまでも静かで一切の明かりがない暗い山が広がり、月と星だけが輝いている。
15歳になったというのにいまだおばけが怖いオリーブは、テントへ戻りペネロペを起こそうかと迷う。あの狭いテントでペネロペを起こせば、その隣で寝ているフレイアも起きてしまうだろう。公爵令嬢で未来の王妃のフレイアを危険なことに巻き込むことはできないと考え、オリーブよりも小柄なペネロペだって巻き込んではいけないと思い直す。

恐る恐る周囲を見渡せば、寝ずに警備している騎士の姿が確認できた。数人の騎士と目が合い、人がいることへの安心感で恐怖心が薄れる。

エゾリスはマルティネス公爵家がこの林間学習のためだけに高原に新築した建物に入っていった。シャワー室や洗面、お手洗いなど水回り専用の建物で、怪我や体調不良の人が出た時に備えて数名分の宿泊設備も整っている。シャワーやトイレはこの建物を利用しているため本当の野営とは言えないが、貴族令嬢を含めて野営を経験するためにはこれくらいの甘やかしは仕方ない。

就寝時間に一人でテントを抜け出したオリーブだが、この建物へ入っていくならば騎士からはお手洗いを利用しにきたように見えているだろう。その用意周到さにこのエゾリスは人間、つまりマールムにテイムされているのだと確信する。歌っていない時にもテイムが続いていることからマールムのテイム力が高いことも分かる。


実際に歌っていない時も操られている動物を見てしまうと、これはとても恐ろしい力なのだとわかるわ。妖精をテイムできた私もこれくらいできてしまう気がする。……もしもこの力が周りに知られてしまったら、きっと今まで通りの生活はできなくなる……魔封じ、いや、魔封じならまだいい。最悪は幽閉されてしまうかもしれない……。


夜の暗がりを一人でいるためか恐怖でいつも以上に弱気になっているオリーブは、まるで胸に黒いモヤが膨らむようにどんどんと悪い方に考えてしまう。

エゾリスが誘導した先にはマールムが待っていて、カイルとのことについてオリーブとキャットファイトするだけならば問題はない。ただ、オリーブはペネロペがモラレスの実を見せてくれた時から嫌な予感がしていた。テイムされているだろうエゾリスを見たことで頭の隅をよぎった疑惑が深まっていく。

ひょっとして、ゲームのヒロインはモラレスの実を使って自作自演したのではないか。

信頼関係を結んだ動物を入れることができるモラレスの実。ペネロペがモラレスの実からエゾリスを出したのを見た時、歌姫ならテイムした動物を入れることができるのではないかと気づいてしまったのだ。もしもゲームのヒロインが王族と婚約したいと思ったら、魔獣をテイムしてモラレスの実に入れ、人が注目する場で放ち、その魔獣をテイムすることで強力な歌姫の力を誇示すれば良いだろう。

ゲームでのヒポトリア出現をヒロインの自作自演と仮定すれば、本来ならこの林間学習で行く予定だったセッラ山で魔獣討伐しても出てこないヒポトリアが、都合よく王族ルートの林間学習の時だけ出てくる説明がついてしまう。

オリーブの父、パレルモ伯爵と再婚するためだけにオリーブと母を殺そうとしたジョナ。マールムはそんなジョナの娘。マールムも我欲のために恐ろしい事をするかもしれないと思ってしまうのは、幼い頃にジョナに家族を壊された恨みがあるせいだろうか。

そんな考えに囚われつつも、オリーブは建物に入る直前に立ち止まりシグナルを起動した。カンディア山へ到着した時、アラスターから「少しでも気になることがあったらこれで知らせてほしい」と言われて手渡されたシグナルは、フレイアとアラスターの目と同じ紫色をした小鳥になり羽ばたいて行った。これでアラスター、もしくはアラスターの指示を受けた騎士がオリーブを気にかけてくれるはず。

エゾリスは建物の中から、立ち止まったオリーブをじっと見つめている。お昼ご飯の時にトイレの前で睨んできたマールムの鋭い赤い目を思い出してしまう。

シグナルを起動するオリーブを警備の騎士が見ていたことを確認できた。オリーブはこのまま建物へ入って行っても大丈夫だろうと判断し、意を決して建物へ入り、エゾリスを追いかけた。

エゾリスは廊下を進んで行く。お手洗いも通り過ぎ、不自然に開いたままの裏口のドアから裏庭に出た。建物に入ったのは、やはりお手洗いを使うために建物に入ったと護衛騎士の目を誤魔化すためだったようだ。裏庭には狭いながらも平地になっていた、垣根なくすぐ隣が真っ暗な山地となっている。ここには灯の魔道具が置かれていないため、オリーブが手に持つランタンの周りだけがほのかに明るく、オリーブはエゾリスの姿を探すが暗いために確認できない。

「マロン?」

マロンとはペネロペが名付けたエゾリスの名前だ。

「ガサッ」

山辺の木の隙間から何かが動く音がしたが、ここは水辺の近くではないから水辺に住むヒポトリアが出る心配はない。マールムの可能性が高いと思いつつ、マールムがいるとわかっていることは不自然だと思い直しもう一度エゾリスの名前を呼ぼうとした時、

「えっ?」

オリーブは体を掴まれて宙に浮いていた。予想外の出来事に驚き悲鳴をあげることもできずされるがままになってしまう。手に持つランタンによってオリーブを抱き上げた人物が照らされていく。オリーブ色の頭が動いて、まるで夜空に輝く星のように綺麗な金色の瞳と目が合った。

「アラスター殿!すぐに騎士を召集してください!」

オリーブを横抱きにしたラルフが叫ぶと同時に頭上へ花火のような光が弾けた。おそらく召集のための魔道具が起動されたのだろう。その激しい光により裏庭が照らされると、先ほどまでオリーブが立っていただろう場所の地面は数本の抉れた跡があり、魔道具を持ったアラスターとサイラスの二人と、その目の前に馬車よりも大きい、背中に羽の生えた熊が立っていた。魔獣、飛熊だ。

飛熊の額にモラレスの実と契約した証の花形の模様が見えた気がする。ちゃんと確かめようと見直す間もなく召集魔道具の光が消えてしまった。

召集の光が消えると、アラスターとオリーブが手に持つランタンの光だけになり周囲は薄暗く戻る。と同時に、サイラスの手から熊に向けて光が放たれた。その光で飛熊の額を確認したが、花の模様はない。

見間違いではないはず。たしかペネロペはモラレスの実が壊れない限り花形の模様は消えないと言っていた。この一瞬の隙にモラレスの実が壊されたとしたらタイミングが良すぎる。マールムはこの近くに隠れて伺っているかもしれない。

オリーブは周囲を見渡すが、それらしい影は見当たらなかった。

「あれは対魔獣追跡用の魔道具。これであの飛熊を討伐するまで位置が分かるから逃がす心配はない」

ラルフはオリーブを地面に下ろし、オリーブと飛熊の間に立って剣を持ち臨戦態勢を取りながら説明する。怖がりなオリーブのために話しかけてくれてるのだろう。オリーブはラルフのシャツを掴みラルフの背中に隠れ、二人で飛熊を警戒する。

飛熊は光を当てたサイラスに向かって大きく爪を振りかぶったが、サイラスは軽い身のこなしで避け、その脇からアラスターが剣で飛熊に切り掛かった。飛熊は空に飛んで避けたためにアラスターの攻撃は当たっていない。飛熊は飛ぶことができるが、体の重さ故か長時間の飛行ができず、短距離しか飛べないという図鑑の説明文を思い出す。

この短い時間で騎士たちが集い始め、騎士達が持ってきた灯の魔道具で周囲が明るく照らされていく。サイラスとアラスターを守るように飛熊の近くまで来ているのはおそらく小隊の隊長たちだ。

「ここは私が指揮をとる。王国騎士団から2小隊と、マルティネス1番隊と2番隊の合計4小隊で飛熊を討伐。残りの王国騎士団はサイラス殿下・カイル殿下・フレイアを警固。残りのマルティネス騎士団は生徒たちのテントを囲み警固すること。討伐が終わるまでは生徒のトイレはテント付近に野営用の簡易トイレを用意して警備外に誰も出さないように」

アラスターの命令を受けて騎士達はすぐに動き出し、今は4小隊の合計20名ほどで飛熊を囲んでいる。

飛熊は縄張り意識が激しく、繁殖期を除き単独行動をする魔獣。今は繁殖期ではないのでこの1頭を倒せさえすれば良いと、マールムの自作自演だと気づいていない皆はそう思っているはず。ゾグラフ辺境騎士団にいた頃のラルフからの手紙に”以前父上達と10人がかりで討伐した飛熊を運良く一人で倒した”と書いてあったことを思い出す。ここには騎士団長と互角と言われるゾグラフ辺境伯はいないが、飛熊を倒したことがあるラルフと国内の精鋭が集う王国騎士と国一番の公爵家の騎士達が20人もいる。

オリーブとラルフとサイラスはテントの方へ誘導されているのだが、サイラスは騎士をすり抜けて、討伐組に加わり剣を取り出して勝手に飛熊への攻撃に加わっている。

「サイラス!もしもお前が怪我したらここにいる騎士達が罰せられることくらいわかるだろう!我慢してテントに戻れ!」

アラスターは騎士達に攻撃を指示しながらもサイラスに怒鳴っている。アラスターがオリーブのシグナルを受けた時、王族のサイラスと行動を共にする事などありえない。きっとサイラスとラルフがこっそりとアラスターを追跡してきたのだろう。

「アラスターくん、サイラスに何かあっても私が兄上に説明するから大丈夫。サイラスも飛熊討伐の一戦力として加えてくれ」

オリーブの後ろから聞こえた声に驚き振り向くと、ボサボサの銀色の髪を搔きながら和かに立っているカイルがいた。騎士の召集魔道具の光を見てここへ来たのだろうか。サイラスと違い討伐に加わることはないものの、なぜかカイルまでこの場を離れない。

「そこにいる騎士はそのまま残ってカイル殿下の護衛をしてくれ……」

アラスターはカイルの登場により、自分よりも身分の高い王族二人に危険を説き伏せる事を諦めてしまった。それ以上は何も言わず、集団で飛熊への攻撃することに集中しだした。しかもサイラスを戦闘員の一人として数えている。

ラルフとオリーブをテントに案内するはずだった騎士がこの場に残りカイルを護衛することになった。

ラルフは強い。騎士が付いていなくてもラルフとオリーブの二人でテントに戻ることもできるのだが、ラルフはオリーブを守るために攻撃に加わらないだけで、本当はサイラスのように討伐に加わりたいとうずうずしていることにも気づいている。それに、オリーブもこの場に残りたい。万が一討伐に失敗したり、誰かが大怪我を負いそうになった場合、オリーブは歌って飛熊をテイムすることができる、はず。
そのため、オリーブはラルフにテントに戻ろうと提案せず、二人でこのままこの場に留まっている。


この飛熊はマールムが放った可能性が高いわ。きっとマールムはカイル先生と結婚するためにこんなことをしでかしたはず。マールムが出てきて歌いだす前に、先に歌って飛熊をテイムすれば私が王族のカイル先生と婚約することができる……………でも、歌姫だと知られたくないと思うのはどうしてなのかしら。自分の心が分からない。


オリーブはラルフのシャツを掴む手に力を込めた。
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