1 / 11
夜会にて
しおりを挟む*
「ごきげんよう」
ルカは社交界ですっかり板についた完璧な笑顔を浮かべて微笑んだ。
最悪だわ、と思ったことはおくびにも出さずに。
休憩をしようと飲み物を取りに行くところで強引に捕まってしまった。
出来るだけ優雅に挨拶をしながらなんとか記憶を引っ張り出す。茶髪に騎士服、この紋章。
___確か、ボルドー子爵家の次男よね…
えーと名前はなんだったかしら。
「ああ、さすがヘルキャットの黒薔薇と名高い貴方は今日もお美しい」
声を掛けてきた男はまるで王女にでもするように仰々しくルカの手を取って手の甲に顔を寄せた。
「あら、お上手。ボルドー卿のような素敵な殿方にお褒めいただけるなんて光栄ですわ」
___あー嫌だ。下心が見え見えだわ
いつまで経っても離されない手をさりげなく引き抜きながら、自分を律してなんとかニコリと笑いかける。
貴族たるもの猫は何枚でも被ってなんぼである。
豪華絢爛に飾り付けられた巨大なホールでは、選りすぐりの演奏家たちが雅な音楽を奏で、色鮮やかな紳士淑女たちがひしめき合っていた。
きっとデビュタントなのだろう初々しい少女や、にこやかに語り合いながらも商談の約束を取り付けているおじ様方、さらには一際高い場所に陛下や殿下たち、王族の顔も見える。
今夜は毎年行われている王家主催のパーティーである。
伯爵家の令嬢であるルカ・ヘルキャットもそこに当然招かれていた。
「…私に貴方と踊る名誉を下さいませんか?」
「ボルドー卿、申し訳ありません…実はわたくし、少し疲れてしまって」
「ああそれは大変だ。万が一のことがあってはいけない。私が休憩室まで付き添いましょう」
「…あ、いえ。そこまででは…」
「遠慮されなくても大丈夫ですよ」
腰に手が伸びてきたのでギョッとして後ずさる。
お断りの定番文句で「あなたとはお付き合い出来ません」と比較的分かりやすく断ったつもりだったが、どうも相手には通じなかったらしい。それでも一緒に、としつこい。
第一この男とはほぼ初対面のはずで、いきなりダンスの誘いをかけてくるのもかなり失礼な行為である。
まだ若い娘であるルカが、パートナーもなしで一人でいるので舐められたのかもしれない。
___行くわけないでしょ、休憩室なんかに行ったらそれこそ何されるかわからないわ。
ルカは内心で悪態をついた。
休憩室は男女の逢瀬に使われる定番の場所の一つだ。まず、気のない相手と行く所ではない。
しかし一緒に来たはずの父は娘のことは放ったらかしで上位貴族との付き合いに夢中だ。
置いていかれる前に良い結婚相手を捕まえてこい、とだけはよくよく念押しされたが、あの父にとっての良い相手というのは身分や血筋が高い相手で、この男は父にしてもお断りだろう。さっさと逃げたい。
全く面倒な相手に捕まってしまった。
いっその事、ワインをひっくり返して化粧室にでも逃げるか___いやでも醜聞になってはいけない…と思案していると、
「失礼」
横から誰かの声が掛かった。
ルカと男が声の主に振り向くと、そこには流れるような水色の髪、透き通るようなブルーアイを持った美しい青年が立っていた。顔立ちは作り物のように整いすぎていっそ冷たく見える。
纏っている紺色の燕尾服も最先端のデザインの上等なもので上位貴族だということが一目で見てとれる。
ルカは驚きのあまり出たー!と叫びそうになった。
この美しい男は見るだけなら目の保養になるのだが、近寄ると少し…いやかなり厄介なのである。
「あ、あアシュリー公爵!?」
「ボルドー卿でしたか。…お邪魔をして申し訳ありません。実は彼女と先約がありまして」
「…あっいや、先約があったのなら仕方がない…はは、私はこれで…」
ルカの行く手を阻んでいたやたらとしつこいボルドーなんとか(名前はついに思い出せなかった)は美しい青年___アシュリー公爵の視線を受けて逃げるように去っていった。
ああ出来れば私も逃げたかった。
ルカからすれば雲の上の存在で、会話をするだけでも不興を買わないかとひやひやである。
___約束?そんな覚えは…
いや、たぶん助けてくれたのよね…
「あの、ありがとうございます。助かりました」
ルカが恐る恐る礼を言うと、アシュリー公爵は無表情だった顔を何故かしかめっ面にした。
___えっ私なんかやらかした!?
美形が怒ると迫力があって怖い。
「なんでこんな所で一人でいるんだ。君みたいな子がウロウロしていたら危ないだろう」
「す、すみません…?」
反射的に謝罪が口を出る。
___私みたいな?いやパーティーにはそこそこ慣れているつもりなんだけどな…
どういう意味ですか?とはさすがに聞けなかった。
アシュリー公爵はやはり助けてくれただけだったらしく、その後しばらく当たり障りのない話をして去っていった。
ようやくほっと胸を撫で下ろす。
いつも怖い顔をしていて何考えてるのかわからないけど、優しい人なのだろう。たぶん。
そして美形の公爵様とあって周りの視線がビシバシ痛かった。
気がつくとパーティーも終盤に差し掛かっていて、チラホラと帰り始める人々が見受けられる。
ということは今日も収穫はなしか…
良い人にはついに出会えなかった。
この結婚相手探しの道のりが遠く遠く思えて、ルカはため息をついた。
0
あなたにおすすめの小説
妻が通う邸の中に
月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。
【完結】一途すぎる公爵様は眠り姫を溺愛している
月(ユエ)/久瀬まりか
恋愛
リュシエンヌ・ソワイエは16歳の子爵令嬢。皆が憧れるマルセル・クレイン伯爵令息に婚約を申し込まれたばかりで幸せいっぱいだ。
しかしある日を境にリュシエンヌは眠りから覚めなくなった。本人は自覚が無いまま12年の月日が過ぎ、目覚めた時には父母は亡くなり兄は結婚して子供がおり、さらにマルセルはリュシエンヌの親友アラベルと結婚していた。
突然のことに狼狽えるリュシエンヌ。しかも兄嫁はリュシエンヌを厄介者扱いしていて実家にはいられそうもない。
そんな彼女に手を差し伸べたのは、若きヴォルテーヌ公爵レオンだった……。
『残念な顔だとバカにされていた私が隣国の王子様に見初められました』『結婚前日に友人と入れ替わってしまった……!』に出てくる魔法大臣ゼインシリーズです。
表紙は「簡単表紙メーカー2」で作成しました。
政略結婚で蔑ろにされていた私の前に開けた新たな人生
拓海のり
恋愛
政略結婚の夫には愛人がいて、私は離れに追い払われ蔑ろにされていた。ある日母親の死亡通知の手紙が来て――。5000字足らずのショートショートです。他サイトにも投稿しています。
狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。
汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。
元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。
与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。
本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。
人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。
そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。
「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」
戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。
誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。
やわらかな人肌と、眠れない心。
静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。
[こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
好きすぎます!※殿下ではなく、殿下の騎獣が
和島逆
恋愛
「ずっと……お慕い申し上げておりました」
エヴェリーナは伯爵令嬢でありながら、飛空騎士団の騎獣世話係を目指す。たとえ思いが叶わずとも、大好きな相手の側にいるために。
けれど騎士団長であり王弟でもあるジェラルドは、自他ともに認める女嫌い。エヴェリーナの告白を冷たく切り捨てる。
「エヴェリーナ嬢。あいにくだが」
「心よりお慕いしております。大好きなのです。殿下の騎獣──……ライオネル様のことが!」
──エヴェリーナのお目当ては、ジェラルドではなく獅子の騎獣ライオネルだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる