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過去編
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この世界には誰にでも与えられる「加護」というものがある。
___遠い昔、人がまだ精霊と共に支え合って生きていた頃、世界は闇に飲み込まれた。
闇は全てを破壊尽くさんとし、やがて悪しき魔物たちが魔界よりやってきた。
精霊は祝福の力を持つのみで、戦うすべを持たない。
その時、多くの人間が土地を、そして家族を守ろうと剣を持ち勇敢に立ち向かった。
戦いは長い間続き、多くの血が流れ___
そうしてついに勇者と呼ばれる一際強い若者の手によって魔王が討ち取られ、世界は平和を取り戻した。
精霊は人の勇敢さを称え、感謝を示し、世界が平和である限り全ての人に祝福を与え続けると約束した。
創世記の一部であり、この国では誰もが知っている程の言い伝えである。
「どこが祝福よ…まだなにもない方がマシだったわ」
創世記を読む度に思う。
というのもルカは本来祝福であるはずのこの加護のせいで、今まで散々苦労させられていた。
加護は生まれた時から決まっているもので、凡そ力が安定する5歳の洗礼時に知らされることが国によって定められている。
洗礼によって加護が変わるというものでもないが、自分の正確な加護を知っておくことで、将来何を学び、どの道に進むのか、に大いに関わってくるのだ。
例えば、剣聖の加護を与えられていれば間違いなく騎士コース一直線である。その子の意思に関係なく。
___確か、前の騎士団長様が剣聖の加護持ちだったはず。
加護の中でもかなりレアな部類である。
たとえその子が魔術師になりたいと言ったところで、まず間違いなく周りの大人たちが許さないだろう。
まあルカは前騎士団長と関わりはないので、実際はどうだか知らない訳だが。
つまり決められた加護は自分の意思でどうにかできるというものでもない。
祝福でもあり___ある意味では呪いでもある。
それはルカ・ヘルキャットにとって不運な事だった。
5歳の洗礼は今でもはっきり鮮烈に記憶に刻まれている。
その日、ルカはおねだりして新しく買ってもらった可愛いドレスを着ることが出来て朝からご機嫌だった。
「おかあさま!」
「まあ、ルカ。そんなにはしゃいでは行く前に疲れてしまうわよ」
侍女が扉を開けるなり飛んできた我が子を受け止め、伯爵夫人は目を丸くした。
ルカはちょっと口をとがらせる。
だって早くこのひらひらのドレスを見せたくて仕方なかったのだ。
くるりと一回転すると、蝶々みたいに裾がふわふわ舞い上がる。おかあさまは素敵ねと褒めてくれた。
「おいで。お父さまをお待たせしてはいけないわ」
母に差し出されて手を繋ぐ。
門のところには、馬車が用意されていてすぐ傍に父が立っている。ルカと母は父にエスコートされて馬車に乗り込んだ。
3人でお出かけだ。
ルカは嬉しくて仕方がない。
おとうさまもおかあさまも普段は仕事が忙しくてあまり家族揃って出かけることはないのだ。
おとうさまとおかあさまがいる。
それにお気に入りのドレスも。
間違いなくルカは幸福だった。
___そして一変する。
取り乱した母の声。
絶対に漏らすなと、父の厳しい指示が飛ぶ。
数多くの洗礼を行ってきた神官たちさえも驚いているようで教会全体がざわめいている。
ルカは何が起こっているのか分からなくてただそこで呆然と立ち尽くしていた。
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