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制限時間の知らせ
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「そういえば…」
たった今思い出したように男が話し始める。
ここには自分と相手の二人しかいない。自分に言っているのだろうそれに無視して俯いている訳にもいかず、そっと顔を上げる。嫌でもルカとおなじアメジストの瞳に視線がぶつかった。
厳しい表情がルカを見てさらに顰められる。
こげ茶色の髪には最近白いものが混じってきているヘルキャット伯爵___父である。
ルカは父の執務室に書類を届けに来ていた。
典型的な上流貴族である父は出来損ないの娘を嫌ってはいるが、そこまで蔑ろにすることもない。
こんな父だが、母一筋で愛人を持たなかったので、この家の子供は兄とルカの二人だけだ。伯爵家直系の血を引いている娘は出来損ないとは言えどもまだ使い道があると思われているのだ。
それに風精霊の加護を持つ兄は魔術師で、王宮に勤めているため基本的に忙しく、ルカは時折家の仕事を言いつけられて手伝うこともあった。
いつもならまるで空気のように素通りされるので、今日も出来るだけ静かにしていたのだが。
「アシュリー公爵と親しくしているらしいな」
はい?
と思わず声を上げそうになった。
予想外すぎる角度の話に固まってしまう。
なんだそのデマは。一体どこ情報だろうか。
この前の夜会でほんの少し話しただけなんだけど。
父の耳に入る程、噂が広がっていることを思うと冷や汗が出てくる。
「いえ、」
「閣下のような立派な方がお前のようなものを受け入れるはずがないが、そういう話が出ている。分かっていると思うが、こちらに迷惑だけはかけるな。」
急いで否定しようとしたルカの言葉を遮って伯爵はぴしゃりとはねつけた。
それから、と
「……プライム伯爵がお前の加護を知っても欲しいそうだ。今シーズンの内に然るべき相手が決まらなければ、お前はプライム伯爵へと嫁がせる。」
「…」
なるほど、それが言いたかったのか。
まだ報告があるだけ良心的と言えるだろう。
プライム伯爵、といえば同じ伯爵家でも序列でいえば下の方だったのだが、最近急激に力をつけてきた家だ。
ゴシップ好きのご婦人方に聞いた話によると、当主は派手好きで、平民の美女たちを呼び寄せて侍らせたり、毎夜遊び歩いているとの噂で、あまりいい話は聞かない。
そんなプライム伯爵は一度夜会で挨拶をしてから、何故かルカにいたくご執心である。そこそこ女性受けのする顔をしているが、舐めるような視線を感じるので正直気持ち悪い。
___貴族たるもの政略結婚は当たり前だが、正直あれに嫁ぐくらいなら、逃げ出して貧乏でも何でもいいから平民になった方がマシだわ。
あいつはヤバいとルカの勘が告げている。
何しろあまり旨味がないと判断したのだろう父が断った後も何度も話を持ちかけているみたいだった。
…ついこの前まではあれはダメだと言っていたのにいつの間に心変わりをしたのだろうか。
少しだけ不思議に思う。
でも猶予が与えられたのはラッキーだった。
もう少しまともな人を探せるチャンスが残っているということだ。
「かしこまりました。」
「…以上だ。」
ルカが返事をすると伯爵はもうこちらに興味をなくしたように書類仕事を再開させた。
用事は済ませたので、物音を立てないように執務室から出る。
「あーあと一ヶ月とちょっとか…あんまり時間ないな」
もういっそあれ以外なら誰でもいいかもしれない。
優しくされたい、愛されたいと望んでいる訳ではない。
食べ物と安心して住むところがあれば十分。こっちに興味がなくて放っておいてくれればもっと嬉しい。
その為にはルカの加護を知っても気にしない物好きで、しかも言いふらさない口が固いお相手を探さなければならないという難点がある。
そしてこれがルカが散々苦労させられている最難関だが、身分の高い人ほど選民意識が高く選ばれし加護しか受け入れないというのに、無駄にプライドの高い父が伯爵位以上しか認めないということである。
しかし、ルカに後はない。
「よし」
なんとしても自由のある生活を手に入れるために頑張ろう、とルカは気合を入れた。
「そういえば…」
たった今思い出したように男が話し始める。
ここには自分と相手の二人しかいない。自分に言っているのだろうそれに無視して俯いている訳にもいかず、そっと顔を上げる。嫌でもルカとおなじアメジストの瞳に視線がぶつかった。
厳しい表情がルカを見てさらに顰められる。
こげ茶色の髪には最近白いものが混じってきているヘルキャット伯爵___父である。
ルカは父の執務室に書類を届けに来ていた。
典型的な上流貴族である父は出来損ないの娘を嫌ってはいるが、そこまで蔑ろにすることもない。
こんな父だが、母一筋で愛人を持たなかったので、この家の子供は兄とルカの二人だけだ。伯爵家直系の血を引いている娘は出来損ないとは言えどもまだ使い道があると思われているのだ。
それに風精霊の加護を持つ兄は魔術師で、王宮に勤めているため基本的に忙しく、ルカは時折家の仕事を言いつけられて手伝うこともあった。
いつもならまるで空気のように素通りされるので、今日も出来るだけ静かにしていたのだが。
「アシュリー公爵と親しくしているらしいな」
はい?
と思わず声を上げそうになった。
予想外すぎる角度の話に固まってしまう。
なんだそのデマは。一体どこ情報だろうか。
この前の夜会でほんの少し話しただけなんだけど。
父の耳に入る程、噂が広がっていることを思うと冷や汗が出てくる。
「いえ、」
「閣下のような立派な方がお前のようなものを受け入れるはずがないが、そういう話が出ている。分かっていると思うが、こちらに迷惑だけはかけるな。」
急いで否定しようとしたルカの言葉を遮って伯爵はぴしゃりとはねつけた。
それから、と
「……プライム伯爵がお前の加護を知っても欲しいそうだ。今シーズンの内に然るべき相手が決まらなければ、お前はプライム伯爵へと嫁がせる。」
「…」
なるほど、それが言いたかったのか。
まだ報告があるだけ良心的と言えるだろう。
プライム伯爵、といえば同じ伯爵家でも序列でいえば下の方だったのだが、最近急激に力をつけてきた家だ。
ゴシップ好きのご婦人方に聞いた話によると、当主は派手好きで、平民の美女たちを呼び寄せて侍らせたり、毎夜遊び歩いているとの噂で、あまりいい話は聞かない。
そんなプライム伯爵は一度夜会で挨拶をしてから、何故かルカにいたくご執心である。そこそこ女性受けのする顔をしているが、舐めるような視線を感じるので正直気持ち悪い。
___貴族たるもの政略結婚は当たり前だが、正直あれに嫁ぐくらいなら、逃げ出して貧乏でも何でもいいから平民になった方がマシだわ。
あいつはヤバいとルカの勘が告げている。
何しろあまり旨味がないと判断したのだろう父が断った後も何度も話を持ちかけているみたいだった。
…ついこの前まではあれはダメだと言っていたのにいつの間に心変わりをしたのだろうか。
少しだけ不思議に思う。
でも猶予が与えられたのはラッキーだった。
もう少しまともな人を探せるチャンスが残っているということだ。
「かしこまりました。」
「…以上だ。」
ルカが返事をすると伯爵はもうこちらに興味をなくしたように書類仕事を再開させた。
用事は済ませたので、物音を立てないように執務室から出る。
「あーあと一ヶ月とちょっとか…あんまり時間ないな」
もういっそあれ以外なら誰でもいいかもしれない。
優しくされたい、愛されたいと望んでいる訳ではない。
食べ物と安心して住むところがあれば十分。こっちに興味がなくて放っておいてくれればもっと嬉しい。
その為にはルカの加護を知っても気にしない物好きで、しかも言いふらさない口が固いお相手を探さなければならないという難点がある。
そしてこれがルカが散々苦労させられている最難関だが、身分の高い人ほど選民意識が高く選ばれし加護しか受け入れないというのに、無駄にプライドの高い父が伯爵位以上しか認めないということである。
しかし、ルカに後はない。
「よし」
なんとしても自由のある生活を手に入れるために頑張ろう、とルカは気合を入れた。
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