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 さて、此度、行く店の店主がとうとう身を固めたと聞いたので、久々に足を運び行くことにした。
 店には年に数回程度、無性に行きたくなる時があって行く。
 注文するモノは度々異なるが、美味しく、そして楽しかった。

 商人として大成功を修めた私は、最高の妻と子どもがいる。
 でも、決して手に入らない幸福があの店にはある。

「結婚祝いは少々量が多いのだが喜んでくれるだろうか。」

 本来ならワインやスピリッツなどの瓶に包まれた酒を持っていくが今回持っていくのはビールを樽ごと。
 魔法加工された樽の中に入れてある。
 この保存容器こそ、私が投資し大成するきっかけになった。

「あ、いらっしゃい。
 大きな荷物ですね。
 一緒にお持ちしますか?」

 悪魔のお嬢さんが私を出迎えてくれた。
 彼女が此処の奥さんか。

「いや、これは店主へのおみあげでね。
 結婚祝いに私からのささやかなプレゼントを贈らせてもらうと伝えておいてくれ。」

「あ、ありがとうございます。
 旦那に伝えておきますね。」

 深入りせずにそのまま席を離れる彼女。
 自己紹介もしないあたり、ここの流儀が解ってるね。
 女性客には流石に話しかけているのか、手を振られたりしているけど。
 雰囲気を壊さないように相手を見極める立ち回り、商人向きだね。

「お越しいただきありがとうございます。
 本日のお通しとしてコーヒーを一杯どうぞ。」

「ああ、結婚おめでとう。
 この店の雰囲気も変わるかと思ったけど、変わっていないようで何よりだ。」

「お褒めの言葉をいただき光栄に思いますよ。」

 余計な賛美は無く、私のセンスを褒めてくれる。
 店主は世間に疎いわけでは無い。
 むしろ私以上に情報を集めているだろう。
 純粋に成りあがる前までの幼少時の子どもを褒めるように会話してくれているし、思春期特有の考える時間をくれる。
 親だったらどれだけよかっただろうって思ったけど、結婚するとはね。

「ビールは好きな時に呑むと言い。
 しばらくは、忙しいだろうからね。」

「経験者がおっしゃると重みを感じますね。」

「むしろ今まで未経験なのにこのお店を作れた君に驚きだけどね。」

「苦労人の背中を見て育ったとだけ、お伝えさせていただきます。」

「さて、今日はそうだね。
 大人様ランチでもいただこうかな。」

「かしこまりました。」

 店主が過ぎ去っていくのを見ながら、店の雰囲気が変わっていないことに安堵しつつも、新婚の雰囲気は見てて楽しくもあると思った。
 もちろん仕事の間柄そう言った子どもの話もするけど店主は歴戦の子育て戦士のように子どもことを理解している。
 知恵を借すようなことはしないが、ただ悩みを詳しく聞いてくれる。
 それだけで楽になれた。
 妻の悩みもそうだけど聞き上手で、趣味に入りたいときはそれに集中させてくれる。

 ほんといいお店だよ。
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