忘れられた手紙

空道さくら

文字の大きさ
7 / 50

第7話:葛藤の中の光

しおりを挟む
 試験の結果が返された翌朝、結衣は母親との間に生じた距離を痛感していた。朝食のテーブルで、会話は途切れ途切れで、気まずい空気が漂っていた。母親の視線を避けるように、結衣は食事を急いで終えた。



 学校に行くと、結衣は親友の花音に心情を打ち明けた。休み時間、二人は校庭の隅に腰を下ろし、花音のやさしい目が結衣の不安を和らげた。

「花音、実は…昨日、お母さんにテストの結果を見せたら、すごく怒られて…」結衣の声は震えていた。

 花音は、優しい目を向けて言った。「それはきつかったね、結衣。お母さん、そんなに厳しかったの?」

 結衣は、唇を噛んで一瞬迷うようにした後、ぽつりぽつりと話し続けた。「うん。私の成績が思ったよりも悪かったのか、すごく期待してたみたいで…でも、勉強ばっかりじゃ息が詰まっちゃって…私、今、これでいいのか分からなくなってきちゃってるんだ。」

 花音は真剣にうなずきながら、柔らかな声で言った。「お母さんも心配で言ってるんだろうけど、やっぱり気持ちを伝えるのって簡単じゃないよね。」

「うん、私もそう思うけど…でもどうやって話せばいいのか、本当に分からないんだ。何をどう話しても、うまく伝わらない気がして…」結衣は苦笑いしながら、ため息をついた。

 花音は優しく彼女の肩に手を置き、結衣を励ますように言った。「結衣、きっとお母さんも、結衣の気持ちをちゃんと聞けば分かってくれると思うよ。だって、結衣は誰よりも真面目で、いろんなことを一生懸命やってるじゃない?お母さんだって、結衣の気持ちを知りたいって本当は思ってるはずだよ。」

 結衣は花音の顔を見つめる。「でも、私はまだ自分の気持ちもはっきりしてないのかもしれない。勉強も大事だって分かってるんだけど、それだけじゃなくて、私にはもっと友達と過ごす時間や、趣味のことだって大事なんだって伝えたくて。でも、そういうのを話すのがなんだか怖いんだ…」

 花音はしばらく考えるように沈黙した後、そっと微笑んだ。「ねえ、結衣。私ね、親に素直に自分の気持ちを伝えた時って、案外受け入れてくれるものだって、最近気づいたんだ。正直、何も言わないで我慢してる方がずっと辛くて、伝えてみたら心が少し軽くなったっていうのかな。結衣も、ほんの少しでいいから、素直な気持ちをそのまま伝えてみたらどうかな?」

 結衣は少し考え込むようにしてから、小さくうなずいた。「…そうだね。花音の言う通りかもしれない。たしかに、私はお母さんに期待に応えなきゃって思い込んでて、自分の気持ちを全部押し殺してたかも。でも、ほんの少しだけでも正直に話すことから始めてみたら、もしかしたら…」

 花音は嬉しそうにうなずいた。「そうそう、結衣ならきっとできるよ。お母さんもきっと、結衣が素直に話してくれたら、少しでも分かってくれると思う。だって結衣のことを愛してるからこそ、ちょっと厳しくなっちゃうんだろうしね。」

「…そうかもしれないね、花音。ありがとう、なんだかちょっとだけ勇気が湧いてきたよ。」結衣は少しだけ笑顔を見せ、花音の存在がどれだけ自分を支えてくれているかを改めて感じた。

 その後も二人はしばらく会話を続け、結衣の心は少しずつ穏やかに、そして前向きになっていった。花音の優しさと励ましに触れたことで、結衣の中にある母親への思いも、ほんの少しだけ柔らかくなったような気がしていた。



 放課後、結衣は家に帰ると、重い足取りのまま自室に向かい、静かな部屋で一人きりになった。まるで自分の心情を映すかのような静寂が部屋を包み込み、結衣はベッドに腰を下ろしながら、ふと机に置かれた一通の古びた手紙を手に取った。
 
 それは図書室で偶然見つけた、誰かの心の奥底を綴った手紙だった。彼女はふたたびその手紙を読み返すため、そっと封を開ける。

そこには、結衣と同じように親との葛藤を抱えながらも、最終的には和解し、乗り越えた経験が丁寧に綴られていた。

ーーー

「今日は本当に心が折れそうだった。親と進路について話し合ったんだけど、どうしても意見が噛み合わなくて、お互いに感情をぶつけ合ってしまった。私がずっと追いかけていた夢を語ったとき、親はすぐに『もっと現実的な道を選ぶべきだ』と言って、聞き入れてくれなかったんだ。現実的な選択が大事なことはわかってるけど、それでもどうしても自分の気持ちを押し殺すことができなくて、気づけば泣きながら言い返してしまっていた。

 夜、部屋に戻ってベッドに倒れ込み、涙が止まらなくて、胸の奥にずっと刺さっているような痛みに苦しんでいた。どうしたらこの気持ちが通じるのか、どうやったらわかってもらえるのか、ずっと考えていたけれど、やっぱりこのままじゃだめだと思って、勇気を出して親に話しに行った。

 最初は言葉が喉につかえて出てこなかったけど、意を決して『本当に自分がやりたいことがあるんだ』と話し始めた。お互いに涙を流しながら、感情をぶつけ合って、それでも少しずつ心が通い合う感覚が生まれてきた。その中で、親が最後に言ってくれた言葉が今でも忘れられない。

『自分の気持ちを正直に話すことが何より大切なんだよ』。その言葉を聞いたとき、私の中でずっと押さえ込んでいた想いが少しずつ解き放たれるような気がした。私の夢をすべて理解してもらえたわけではないけれど、親との絆が深まったことを、今では以前よりも確かに感じている。」

ーーー

 結衣は手紙を読み終えた後も、しばらくその内容に思いを巡らせていた。手紙の中の人物が感じていた親への思いや、自分の気持ちを押し殺しながらも葛藤していた姿は、自分自身と驚くほど重なっていた。胸の奥に燻っていた不安や悩みが、手紙を通して鮮明になっていく。

 「どうしてこんなにも私と似ているんだろう…」そう呟きながら、彼女はその内容に強く心を揺さぶられていた。

 花音の言っていたことと同じだな…と、結衣はぼんやりと思った。自分の気持ちを伝えることは怖いけれど、だからこそその勇気が必要なんだと、手紙と花音の言葉が重なり合って響いてくる気がした。

 誰かの心の奥底にあるこの手紙が、まるで未来の自分からのメッセージであるかのような気がして、結衣は次第に自分の心の奥にある悩みがはっきりと形を持つように感じた。そして、その中で微かに灯り始めた希望が、彼女に新しい勇気を与えた。「私もちゃんと話せば、わかってもらえるかもしれない」。そんな思いが、彼女の心の中で静かにけれど確かに響き始めていた。

 結衣は手紙をそっと胸に抱きしめながら、深呼吸をして心を落ち着かせた。今まではずっと自分だけが悩みを抱えていると思い込んでいたけれど、同じように親とぶつかり、葛藤しながらも一歩前に進んだ人がいることを知り、胸の奥が少しだけ温かくなったような気がした。自分の気持ちを押さえ込むのではなく、勇気を持って伝えることが大切だという、手紙からの教訓が静かに結衣の中に根を下ろしていった。

 その夜、結衣は決意を胸に、母親と向き合うための準備を進めていくのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

哲子67歳★恋して焦げて乱れ咲き♪

obbligato
恋愛
67歳、二次元大好き独身女子のぶっとんだ恋愛劇。 ※哲子は至って真面目に恋愛しています。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...