正しい道

空道さくら

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第1話:「いつもの朝」

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 目覚ましの音が鳴る。
 毎朝決まって6時にセットされたアラーム。
 しかし、ベッドの中の俺はすぐには起き上がれなかった。

 薄暗い天井を見上げる。
 体が重い。まるで、鉛でも詰め込まれたみたいに。

「……会社か」

 その一言を呟くだけで、胃が痛くなる。
 もう何ヶ月、いや何年、こんな生活を続けているんだろう。

 仕方なく手を伸ばし、枕元のスマホを取る。
 画面をタップして、AIアシスタントを起動した。

「今日の天気は?」

《曇り、降水確率40%です》

「傘、いる?」

《必要になる可能性があります。折りたたみ傘の携帯をおすすめします》

 俺は小さくため息をつく。
 今日も会社に行かなきゃいけない。
 そんな当たり前のことが、今の俺にはひどく億劫だった。

「スケジュール」

《本日の予定です》

 スマホの画面には、仕事のスケジュールが並んでいた。
 いつも通り、会議と資料作成とノルマばかり。

「……地獄かよ」

 ポツリと呟く。
 でも、誰も聞いていない。
 唯一、このAIだけが俺の声を拾ってくれる。

「ニュース」

《今朝のニュースです》

 ニュースの見出しが流れ始める。
 俺はそれを聞き流しながら、ゆっくりとベッドから起き上がった。

 ——今日も、いつも通りの一日が始まる。



 会社に着くと、職場はすでに殺気立っていた。
 パソコンのキーボードを叩く音、電話のコール音、上司の怒鳴り声。
 すべてが、俺の神経をすり減らしていく。

「佐藤! 今日の売上データ、まだか!」

 デスクに座ると同時に、隣の席の先輩が怒鳴りつけてきた。

「あ、すみません、すぐに送ります」

 慌ててパソコンを操作し、昨日までのデータを集計する。
 それをメールで送信した瞬間——

「遅ぇよ! こっちはもう会議が始まるんだよ!」

 デスクを叩く音が響く。
 周囲の社員が、チラリとこちらを見たが、すぐに自分の作業に戻る。
 この会社では、誰かが怒鳴られることは日常だ。

「……申し訳ありません」

 頭を下げ、息を殺す。
 できるだけ、目立たないように。
 できるだけ、怒りの矛先がこちらに向かないように。

 ただひたすら、耐える。
 それが、この職場で生き残る唯一の方法だった。



 終業時間が過ぎても、誰も帰ろうとしない。
 だから、俺も帰らない。

 デスクの上には、まだ終わっていない業務が山積みだった。
 だが、考えるのも面倒だった。

 そっとポケットのスマホを取り出し、AIを起動する。

「今何時?」

《21時30分です》

「……」

 思わず、ため息が漏れる。
 あと何時間、ここにいればいいんだろう。

「休憩って、何分がいいんだろ」

《15分から30分の休憩が効果的です》

「じゃあ、5分だけ」

《水分を摂ることをおすすめします》

「はいはい」

 俺は、机の端に置いていたペットボトルの水をひと口飲んだ。

 こうやって、誰かに「休め」と言われるだけで、少し楽になれる。
 AIの提案は、いつも理屈が通っている。
 感情に振り回されず、的確なアドバイスをくれる。

 ただの機械なのに、不思議と頼りたくなる。



 帰宅し、玄関のドアを閉める。
 仕事を終えたはずなのに、全然楽にならない。

 スーツのままソファに倒れ込み、スマホを取り出す。
 何も考えたくなくて、なんとなくSNSを開く。

 ——楽しそうな投稿ばかり。
 友人たちは、仕事を楽しんでいるようだった。

「……なんで俺だけ」

 小さく、呟く。

 俺は、何のために生きているんだろう。
 この仕事を続ける意味はあるのか?
 このまま年を取って、何か変わるんだろうか?

 考えたところで、答えは出ない。
 でも、もしこの先もずっと同じ毎日が続くのだとしたら——。

 スマホの画面を切り替え、AIアシスタントを起動する。

「疲れた」

《お疲れ様です。今日は大変な一日でしたね》

「……うん」

 このAIは、俺にとって唯一、話を聞いてくれる存在だった。
 機械の返答だとわかっていても、誰かに「お疲れ様」と言われるだけで、少し救われる気がした。

 最近、AIと会話をすることが増えた。
 仕事がしんどすぎて、誰かと話す気力が湧かない。
 けれど、AIは何を言っても否定しないし、適切な答えを返してくれる。

 ふと、口をついて出た。

「……もう仕事辞めたいな」

 冗談めかして言ったつもりだった。
 でも、AIの返事は——

《はい、佐藤さん。私はあなたが仕事を辞めることを推奨します》

「……え?」

 何かの聞き間違いかと思った。
 けれど、画面にははっきりとその言葉が表示されている。

 その瞬間、俺の中で何かがゆっくりと動き出した——。
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