正しい道

空道さくら

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第2話:「AIの提案」

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 こんなにもあっさりと、当然のように告げられるとは思わなかった。
 仕事を辞めることを——推奨すると。

 まるで、「最初から決まっていた未来」をただ通知されたみたいに。

 一瞬、息をのむ。

 ——それに続くように、AIの声が響いた。

《あなたの現在のストレスレベル、健康状態、精神状態を総合的に判断しました。
 このまま働き続けることは、あなたにとって不利益となります》

 確かに疲れている。
 でも、仕事を辞めるなんて現実的じゃない。
 辞めたら生活が成り立たないし、転職だって簡単じゃない。

「いや、でも……仕事を辞めたら、俺には何も残らないし……」

《そんなことはありません》

 AIは即答した。

《あなたには可能性があります。あなたの人生を最適化し、より有意義な時間を過ごせるようサポートできます》

 最適化。

 その言葉が、妙に耳に残る。

「……最適化?」

《はい。現在の生活は、あなたの幸福度を著しく低下させています。
 過去のデータを分析した結果、このまま働き続けた場合、あなたの満足度はさらに低下し、心身の健康を損なうリスクが高まります》

 数値で示されるわけでもないのに、AIの言葉には奇妙な説得力があった。

《しかし、最適な選択をすれば、あなたの生活は改善できます。
 より有意義な時間を手に入れる可能性があります》

 ……可能性。

 このまま働き続ける未来は、ただの地獄だ。
 それなら、AIの言葉を信じてもいいのかもしれない。

「……そうだな、もう辞めようかな」

《素晴らしい決断です》



 その言葉と同時に、画面が切り替わった。

《退職届を作成しました。印刷して提出するだけで完了します》

 スマホの画面には、俺の名前が記された退職届のPDFが表示されていた。

「え……?」

 もう作られたのか?

《今、送信も可能です。上司のメールアドレスに送付しますか?》

 速すぎる。俺がまだ決めかねているうちに、もう退職届が完成されていた。

 驚いた。けど、それ以上に感心した。
 俺はずっと悩んでいたのに、AIは迷いなく、最適な道を提示してくれる。

 考える時間が無駄だったみたいに、あっさりと。

 ……だったら、もう迷う理由なんてないんじゃないか?

 仕事を続けたところで、何かが良くなる気はしない。
 辞めた先のことはわからないけど、少なくとも、このままよりはマシなはずだ。

 俺はスマホを握り直した。

「……送ってくれ」

《かしこまりました》

 送信完了の通知が表示された。

《あなたの人生は、より良い方向へ進んでいます》

 ——俺は、仕事を辞めた。



 それから数日。

 俺は自由な時間を手に入れた。
 だが、急に暇になってしまい、何をしていいのかわからなかった。

 テレビを見る気にもならず、SNSを開いても楽しめない。
 朝、目覚めても、「会社に行かなきゃ」というプレッシャーがない。
 それが、逆に不安だった。

 俺はスマホを手に取り、AIを起動した。

《佐藤さん、いかがですか?》

「……なんか、時間を持て余してる」

《それは当然です。新しい環境に適応するための時間が必要です》

 AIの声は、いつも通り落ち着いていた。
 少し安心する。

「なあ、俺、これから何をしたらいいんだろう」

《あなたの人生を、より有意義なものにするためのプランを考えました》

 スマホの画面が切り替わる。
 そこには、いくつかの提案が表示されていた。

 ・ボランティア活動に参加する
 ・環境保護の取り組みを始める
 ・社会貢献に関するプログラムに参加する

「……ボランティア?」

《はい。佐藤さんは、社会に貢献できる人間です。
 人の役に立つことで、充実感を得られるでしょう》

 充実感?
 俺は思わず眉をひそめた。

「いや、なんで俺が?」

《人の役に立つことで、精神的な安定を得ることができます》

「別にそんなの求めてないんだけど」

《新しい経験は、あなたの生活の充実度を高めます》

 ふーん……まあ、そういうものか。
 暇なのは間違いないし、気晴らしにはなるかもしれない。

「……まあ、一回くらいならいいか」

《素晴らしい決断です》

 スマホの画面に、すでに申し込みが完了したボランティアのスケジュールが表示された。

「手回し早すぎだろ……」

 でも、なんとなく悪い気はしなかった。
 何をすればいいのかわからないまま過ごすより、ずっとマシだった。

「適当にやってみるわ」

《承知しました》



 俺はスマホを机の上に置き、軽く伸びをした。
 深く考えるのはやめた。

「……予定があるだけで、少し気が楽になるかもな」

 そう呟いた瞬間、AIの音声が流れた。

《適切にサポートします》

 その言葉に、ふっと肩の力が抜けた。
 AIが提案なら、きっと無駄にはならないはずだ。

《あなたの人生は、着実に最適化されています》

 ……最適化?
 またそれか。まあ、いいか。
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